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アレクサンドル・クロムウェル

帰還とお引越し / sideセルジュ2

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 お毒味をするべきだった、と萎れる僕に、パフォス様は、僕のせいじゃ無い、って慰めてくれた。

「皇宮の貴賓室に入られた方に、陛下直々のお声掛りの侍従が、この様な暴挙を犯すとは、誰も思いますまい」
「ですが、こんなの酷すぎます。レン様が可哀想です」
「レン様とお話しさせて頂いたが、何でも彼方では、ストレスというもので、味覚がおかしくなる事が有るそうだ。そのせいでレン様は、ご自分の味覚がおかしくなった、と思われて、ラドクリフの事は、全く疑っておられなかった」
「レン様はお優しい方だから」
「その通り。そして、レン様の体調管理を任された私が、何も気付かなかったことの方が、罪は重い」
 
 パフォス様はモノクルを外して、辛そうに目頭を摘んでいる。

「ラドクリフをどうにか出来ませんか?」
「それは、陛下に御報告してからになるな」
「そんな・・・」
「なに、先ずはレン様にしっかり食べて頂くことが大切だ。セルジュとローガンは、出来るだけレン様に、ラドクリフを近づけないように気を付けて、お茶の時間の軽食を増やすようにしなさい。良いか?」
「でも、他のお食事は、どうするのですか?」
「急に食事を変えたら、ラドクリフの尻尾を掴めないやもしれんからな。後は、陛下から指示があるまでは、そのままの方がいいだろう」
「・・・はい」

 納得はできないけど、正論だとは思う。

「今から、レン様に手紙を書くのでな、少し待て」
「あの、レン様にはなんと?」
「ああ、無理に食べようとすると、かえって負担になるから、食べられる物だけ食せば良いとな」
「それなら、レン様も安心なさいますね?」
「そうだと良いがの」

 その後、パフォス様はレン様の残した物は、下げずとも良いと仰られたから、きっと陛下に証拠として確認して頂くのだと思う。

 そして、ローガンさんにパフォス様との話を報告したら、僕以上に怒っていたし、毒味の件も反省されていた。

 でも、僕がいくら怒ったって、ラドクリフの方が、位階も皇宮内での力関係も上だ。
 レン様の為に何もして差し上げられない事が、悔しくて堪らない。

「何も出来ないわけでは有りませんよ。陛下からのご指示が有るまでは、お茶の時間の果物とお菓子を沢山用意して差し上げましょう」
「はい」
「それと、今以上に、レン様の話し相手をするようにして、ラドクリフが近づかないように目を光らせましょう」

 やっぱり、ローガンさんは頼りになる。
 僕は、自分の不甲斐なさを悔やんでばかりだったけど、ローガンさんは、やるべきことがしっかり分かってるんだ。

 やっぱりラドクリフなんかより、ローガンさんの方が、ずうっとかっこいいや。

 決意を新たにした僕だけど、事が動くまで、あっという間だった。

 パフォス様と話した翌日、僕達はお茶の時間にラドクリフをそれとなく追い出して、レン様がお好きな果物と、出来るだけ柔らかい軽食を山盛り用意した。

 レン様も、とても喜んで下さって、いつもより沢山召し上がってくれた。

 これで一安心だと胸を撫で下ろした僕は、ホクホクしながら食器を下げたのだけれど、その時、侍従の休憩室から、ラドクリフの声が聞こえて、僕はこっそり近づいて話を盗み聞きした。

 盗み聞きなんて、侍従として恥ずべき行為だけどラドクリフの奴が、また何か企んでいるかもしれないって、心配になったんだ。

 ラドクリフ達の話を聞いた僕は耳を疑った。
 愛し子のレン様をあんなふうに貶めるなんて。

「なあ、リック。貴賓室の方を放っておいて良いのか?」
「何の問題もないね。ケダモノ大公のところの田舎者が面倒を見ているさ」
「おいおい。彼の方は大層高貴な方の様だぞ?本当に良いのか?」
「何が高貴だ。あんな子供、大公がどこぞで拾ってきただけの、穢らわしいガキだ」
「そんな言い方よせよ。陛下も大層気に入られてる様じゃないか」
「はっ!笑わせるな。いいか?あのガキは高貴な方なら、知っていて当然の事も何も知らない。私が話すことも、ただポカンと聞いてるだけだ。それにただ椅子にボーッと座って、一刻以上何もないところを見てるだけなんだぞ?本当に薄気味悪いったら」
「いや、それでもなあ」
「おまけに、字も書けない。今頃になって、幼児用の教材で字の練習をしてるんだ、話し方も変だしな。どこが高貴なのかさっぱりだ」
「だがなあ、彼の方は大公の番らしいじゃないか」
「だから?ケダモノの血塗れ大公に拾われて、散々大公の物を咥え込んだ、穢らわしいガキが、大公がいなくなった途端、恐れ多くも、陛下の色を身に付けて誘ってるんだぞ?あのガキは番じゃなくて、ただの男娼だよ」

 許せない!!

 コイツはレン様が愛し子だって聞いてないのか?

 いや、聞いてなくたって、陛下から高貴な方だと言われたんじゃないのか?

 レン様は、異界からいらしたんだ、こちらの事を知らなくたって、当たり前じゃないか!
 字の練習だってそうだ。異国の言葉をお覚えるのは大変なんだぞ!
 
 レン様が、何もないところを見つめているのは「アウラ様から、いろんなことを教えてもらってるの」ってレン様は仰ってた。

 レン様が纏われているのは、閣下の色だ!     
 ちゃんと見れば分かるじゃないか!!

 それに・・・それに、何だよ男娼って!!

 レン様は閣下の婚約紋が刻まれたままだ。
 何方とも情を交わしたことなんてない!


 僕は悔しくて、泣きながらパフォス様のもとへ走った。

 パフォス様は、涙と鼻水でベチョベチョになった僕の顔を見て、物凄く驚いていたけど、黙って僕の顔を拭いてくれて、何があったのかを聞いてくれた。

 泣いて気持ちが昂った僕の話は、支離滅裂で、分かりにくかったと思う。
 でもパフォス様は、ちゃんと僕の話を最後まで聞いてくれたんだ。

 その後、お茶を出してくれたパフォス様は、どこかに使いを出していて、やって来たのは第3騎士団の団長、モーガン様だった。
 
 今、近衛と第1騎士団を統括している団長さんは、どこかに行っているらしくて、代わりに話を聞きに来た、って言っていた。

 僕はつっかえつっかえ、同じ話を繰り返して、僕の話を聞いたモーガン様は、僕の頭を撫でて出て行かれた。

 貴賓室の控室に戻った僕は、ローガンさんにも同じ話を繰り返した。
 ローガンさんは、黙って聞いてくれたけど、物凄く怒っていたと思う。
 
 ローガンさんは僕と違って獣人だから、魔力を持っている。

 話をしているうちに、部屋がどんどん暑くなっていったから、きっとローガンさんの魔力が漏れていたんじゃないかな。

 それでも最後まで話を聞いてくれたローガンさんは「分かりました。その顔ではレン様が心配なさいます。今日はもう部屋に帰って休みなさい」と落ち着いた声を出していた。

 侍従の鏡って、こう言う人の事を言うんだと思った。

 翌朝、泣き腫らした顔の僕を見て、レン様は驚いていたけれど「具合が悪いのなら、休んでも良いのよ?」って言いながら、治癒魔法を掛けてくれた。

「まだ練習を始めたばかりだから、ちゃんと効かなかったら、ごめんね」って言ってくれた。

 レン様の治癒魔法は暖かくて、効果だってちゃんとあった。
 パンパンに腫れていた僕の顔は、いつもより綺麗なんじゃないか、って思うくらい腫れが引いて、スッキリしてたんだ。

 ローガンさんからは、ラドクリフは不敬罪で拘束された。レン様には奴は皇宮を辞めたと話してあると言われた。
 僕の話を聞いたモーガン様が、あの後直ぐにラドクリフを捕まえたらしい。

 レン様は、こんな話知らなくていい。

 これからは、僕達が一生懸命お仕えして、毎日笑って頂ける様にしていけば良いんだ。

 だって、レン様は天使なんだから。




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