獣人騎士団長の愛は、重くて甘い

こむぎダック

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アレクサンドル・クロムウェル

帰還とお引越し / 帰還

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 視界が歪み、身の内外が引っ掻き回される強い感覚に強く目を瞑った。
 やがて地に足のついた感覚と、懐かしい花の香りが鼻腔を擽り、俺はゆっくり瞼を開いた。

 目に映ったのは、ティーテーブルに肘をつき、物思いに耽る愛しい番の横顔だった。

 本当に帰ってきた。
 寂寞たる岩山から、ほんの一瞬で帰って来れた。

「レン?」
「?」
 窓の外に向けられていた瞳が、俺を振り返り驚きに見開かれていく。
「レン。戻った」
「アレクさん?!」
 弾かれたように駆け寄ってくる、番に俺も大股で近寄り、腕の中に小さな体を抱き留めて、旋毛に口付けを落とした。

 レンの香りだ。
 本当に帰って来たんだ。

「レン。会いたかった。顔を見せて?」
 素直に顔を上げたレンが、スン、と鼻を鳴らして、眉を顰めた。
「ん?・・・焦げ臭い?」
 と、俺の腹に手をついて、ガバッと身を離したレンが、俺の体中をペタペタと触り始めた。

「どうした?」
「怪我・怪我は?・・あっ!袖が焦げてます!・・・火傷は?やだっ!こっちも穴が開いてる!マントボロボロ?どうしよう!ローガンさ~ん!!」
「落ち着け。レン、俺は大丈夫だから。なっ?」
「レン様っ!どうしま・・・閣下?」
「あれ?閣下?なんで?」
「あっ!ローガンさん、セルジュさん。どうしよう。アレクさん、ボロボロです!」
「いや、あの、だからな?」
「薬?薬持って来て!・・・それよりパフォスさん呼んで下さい!」
「・・・レン様。落ち着いて。閣下はご無事ですよ?」
「無事じゃ無いです!こげこげのボロボロです!!・・やっぱり私が治癒魔法で・・・」

 白く輝き出した小さな手をとり、手の平に口付けた。

「レン?俺はなんともないぞ?大丈夫だから」
 なっ?と、柔らかな頬を両手で挟んで、顔を覗き込むと、黒曜石の瞳から、大粒の涙がポロリと溢れた。

「・・・・怪我してない?」
「してない。俺は頑丈だからな」
「・・・びっくりした~!」
 レンは俺の腹に抱きつくと、声をあげて泣き出してしまった。

 ローガン達は、そんなレンに微笑ましそうな視線をむけ、「お茶と、閣下の着替えを用意いたします」と、静かに部屋から出ていった。

 エグエグとしゃくあげるレンを抱き上げ、首筋の婚約紋に顔を埋めると、レンと俺の匂いが混ざった独特な香りに、この可愛らしい人が自分のものなのだと、安心することが出来た。

「目が腫れてしまうから、擦ったらダメだぞ」
 と溢れる涙を唇で吸い取り、頬の涙を舐めとると、レンは擽ったいような、恥ずかしがっているような、だが、嬉しがっているような、なんとも複雑な顔になった。

「どうして、俺が怪我をしていると思ったんだ?」
「・・・服が焦げて、ボロボロだったし、スクロールを渡すときに、怪我したり危険なときに使って下さいって・・・・」
「あ~。そうだったな」

 緊急避難用に渡された“すくろーる”を、レン会いたさに使ってしまったからな。
 これは、誤解されても仕方がない。

「驚かせてすまなかった。討伐が済んで、一刻も早くレンに会いたくな」
「・・・みんなを置いて来ちゃたんですか?」
「いや、まぁ、そうだが。マークも居るし、俺も頑張ったんだぞ?」
「アレクさんが乗ってた恐竜も?」
「きょうりゅう?・・・・エンラの事か?」
「エンラって言うだ。・・・後でみんなに謝らなきゃ駄目ですよ?」
「ああ。そうだな」
「・・・お帰りなさい。無事でよかった」
「ただいま」

 愛しい。
 涙で潤んだ瞳も
 泣いて紅くなった目元も。
 全てが愛しい。
 こんなに愛しくて。
 俺はどうしたらいいんだ。

「んっ・・・んん」

 今は、レンを感じたい。
 唇を喰み、甘い舌を味わって・・・。
 熱い吐息を感じたい。

 コンコン。
「閣下。レン様。宜しいでしょうか?」

 ローガンめ。邪魔するなよ。

「んっうう~」
 ローガンの訪いを聞いたレンが、俺の胸をポカポカ叩いてくる。
 侍従なんて、幾らでも待たせれば良いのに。
「んんん・・・んちゅっ・・」
「もうちょっと」
「ダメ・・おあずけ」

 久しぶりの“おあずけ”だな。

 舌打ちを飲み込んで、今は我慢することにした。こういう時我を通すと、また床に転がされそうだからな。

「ローガンさん、どうぞ入って?」
 
 ローガンは、膝の上にレンを抱える俺を見て、ギョッとした顔になったが、目を伏せて穏やかな笑みを浮かべて見せた。
 流石ベテラン侍従だ。

「閣下のお召替えです。先にご入浴されて下さい。レン様のお世話は、私にお任せを」
「む?」
「閣下そのままでは、レン様のお衣装を汚してしまいます」

 たしかにローガンのいう言う通りだ。
 戦闘直後で、焦げだらけで埃まみれだ。
 体の方も、洗浄魔法を使っていたとは言え、遠征中は川で汗を流す程度で、マトモに風呂に入っていなかった。

「入浴はセルジュがお手伝いいたします」
「いや。1人でいい」
「閣下もお疲れでしょう?本日はセルジュにお任せください」
「さあ、閣下しっかり磨いて、レン様にかっこいいお姿を、お見せしましょうね」
「あっ?おい」
 俺は半ば強引に、風呂に押し込まれてしまった。
「ゆっくりして下さいね」
 と言うレンは、ローガンがいそいそと冷やしタオルを目に乗せて、慣れたように世話をされている。

 それも俺がやりたかったのに。
 
 ローガン達は気の利く使用人だが、俺の楽しみは取っておいて欲しい。
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