獣人騎士団長の愛は、重くて甘い

こむぎダック

文字の大きさ
上 下
85 / 575
アレクサンドル・クロムウェル

帰還とお引越し / 単騎討伐

しおりを挟む
 ブルーベルを駆り、ホレポ山の中腹に駆け上がった眼前に、荒涼とした景色が広がっていた。

 白骨の様に立ち枯れた木々、下草一本なく、剥き出しの岩肌が風雨に削られ石塊となり、ブルーベルから降りた軍靴の下でジャリジャリと鳴った。

 遮る物もなく、巡る風が岩の隙間を通って、笛の様な音を立てている。
 
 命を失った死の世界、そんな言葉が似合う場所だった。

 そんな寂寞たる光景と不釣り合いな、青々とした木が、数本点在しているのが見えた。
ドレインツリーだ。

 目視できる場所のドレインツリーは6体。
 7体目は、火竜が捕食している最中だった。

 火竜が牙を立てるたび、ドレインツリーの耳障りな叫びと、幹から漏れ出る魔力が、シュウシュウと音を立て、破れた火竜の翼が再生していく。

 時間を掛けなくて正解だった。
 ここまで快復されたら、いつ逃げられてもおかしくない。

「閣下!」
「おい!なんのつもりだ?!」

 おれを呼ぶ声に振り向くと、ゲオルグとマーク、ミュラー、それと皇都からザンドまで、オレの早駆けについて来れた数名の部下の姿が見えた。
 麓から立ち上る砂埃は、出遅れて跡を追ってくる者達だろう。

「セルゲイ。お前の戦い方はぬるい」
「はあ?!」
「今から、単騎での戦い方を見せてやる。やるなら徹底的にだ。よく見ておけよ」
「何言ってんだよ。俺も一緒に」
「ゲオルグ団長!貴方死にたいんですか?!」
「だから!」
「防護結界!!急げっ!!」

 俺の腕に集まる魔力を目にしたマークと部下達が、結界を張る波動で背中がヒリヒリする。

「アーチャー!防護結界なら、クロムウェルに張れよ。なんでこっちなんだよ?!」
「いいから。大人しくしてください!!」

 そろそろ、良さそうだな。

 ゴウッッ!!
 俺の右腕から放たれた劫火が、六体のドレインツリー全てを飲み込み、灰燼と化し、灼熱の炎が岩肌を紅く鋳熔かして行く。

 同属性の火竜には、痛くも痒くもない攻撃だが、驚いて舞い上がった火竜の翼に、続け様に左腕から雷撃を飛ばした。

 バリバリッと耳を劈く雷鳴が轟き。
 1匹の翼を撃ち抜いた雷撃が、そのまま隣の山の山頂を吹き飛ばし、宙に舞った山の残骸も、無数の雷に打たれ砂塵となった。


 翼を撃ち抜かれた火竜が、バランスを崩し、螺旋を描いて落ちてくる。

「ハアッ!!」

 地面に激突した火竜に駆け寄り、腰の剣を引き抜いて気合いを込め、その首を刎ね飛ばした。
 火竜の血が、首を落とした断面から吹き出し、灼熱の血を防いだマントが燃え上がったが、その炎は魔力を巡らせ消し去った。

 残るはあと1匹。

 残りの1匹は、雷撃で羽を撃ち抜かれることは回避した様だが、感電して鋳熔かされ、紅く染まった岩の上でヒクヒクと痙攣している。

 ザリッ、ザリッ。
 一歩づつ火竜に近づくごとに、軍靴の下で石塊が音を立てる。

 火竜まであと十数歩。

 その時、火竜の目がギョロリと俺に向けられた。

 グルゴアァァーーー!!
 叫び声と共に、火竜がブレスを吐いた。
 俺は防護結界を張り、火竜の猛火をやり過ごした。

 結界に切り裂かれた猛火が、二つの紅蓮の濁流となり、立ち枯れた木々を呑み込んで行く。
 
 ブレスは続けて放つことは出来ない。
 俺がまた一歩近づくと、ブレスを吐けない火竜は、今度は次々と火球を飛ばしてきた。
 
 火球一つは、俺が一抱えする程度の大きさだ。
 この程度の火球なら、子供の玉遊びと変わらない。
 左手に身体強化と結界を張り、飛んで来る火球の全てを拳で弾き飛ばす。
 飛び散った火の粉が団服の袖を焦がしたが、体へのダメージは全くない。

 後ろの方から
「うわぁ!!」
「ギャアア!!」
 という声が聞こえてきた。

 どうやら弾き飛ばした火球が、部下達の方へ飛んで行ってしまったらしい。

 だが、この程度の火球、うちの団員なら一々騒いだりはしない。騒いでいるのは第4の連中だろう。

 火竜も火球を永遠に吐き続けられるものではないが、魔力切れになるのを待つのも面倒だ。
 それにドレインツリーら溢れた魔力を取り込まれたら厄介だ。だから、俺が先に溢れた魔力を利用してやる事にした。

 辺りに漂う魔力を凝縮し、俺の周りに氷の剣を創り出しす。

 俺の周りに無数に浮いた氷の剣は、その切先が全て火竜に向いている。
 温度が下がり、急激に冷やされた岩が、ガララと音を立てて崩れた。

 火竜の目が怯えを見せたが、情けをかける謂れは無い。
 
 握った剣を横薙ぎに振るうと、氷の剣が一斉に火竜目掛けて飛んでいった。

 ザシュ!ザシュ!ザシュ!・・・・・。
 グギャウ!!

 幸い魔力は幾らでも補充出来る。
 苦鳴を上げのたうち回る火竜に、剣の雨を降らせ続けた。

 全身を氷の剣で貫かれた火竜は、最後に一度、ブルリと身震いしたのちに息絶えた。

「「「「ウオーーー!!」」」

 歓声を上げる部下達の元へ向かう軍靴の下で、カツカツと硬質な音が響くのに気付いて足元を見ると、俺の劫火と火竜のブレスで、熔けた岩がガラス化していた。

「閣下!ご無事ですか?」
「すまんなミュラー、手元を誤った。被害はないか?」
「火球が何発か飛んできましたが、問題ありません」
「閣下、やりすぎです」
 マークが苦い顔で笑っている。
「そうか?手加減したつもりなんだが」
「地形を変えたらいけませんよ」
「山頂だけなら問題ないだろ?」
「山頂だけじゃないのですけど?」

 渋い顔をするマークの肩を叩き、後始末の指示を出した。

「素材の回収が終わったら、第二騎士団は全員皇都に帰還。後始末は第4に頼んでいいな?」

 俺の単騎での戦いを、初めて見たゲオルグは、声が出ないのか、アグアグと口を動かしている。

「セルゲイ。返事!」
「ハッはいッ!!」
「・・・1人で出来る事には限りがある。徹底的に叩き潰せないなら、もっと仲間を頼れ。いいな?」
「はいっ!」

 ゲオルグの返事に満足した俺は、マークへ向き直った。

「マーク。一足先に俺は帰る。ブルーベルを頼む」
「はい?エンラ無しでどうやって?」
「こうやってだ」

 俺は不思議そうな顔のマークにニヤリと笑い。上着の隠しから取り出した“すくろーる”を引き裂いた。

 嗚呼、これでやっとレンに会える。
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

離婚した彼女は死ぬことにした

まとば 蒼
恋愛
2日に1回更新(希望)です。 ----------------- 事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。 ----------------- とあるコンテストに応募するためにひっそり書いていた作品ですが、最近ダレてきたので公開してみることにしました。 まだまだ荒くて調整が必要な話ですが、どんなに些細な内容でも反応を頂けると大変励みになります。 書きながら色々修正していくので、読み返したら若干展開が変わってたりするかもしれません。 作風が好みじゃない場合は回れ右をして自衛をお願いいたします。

働かなくていいなんて最高!貴族夫人の自由気ままな生活

ゆる
恋愛
前世では、仕事に追われる日々を送り、恋愛とは無縁のまま亡くなった私。 「今度こそ、のんびり優雅に暮らしたい!」 そう願って転生した先は、なんと貴族令嬢! そして迎えた結婚式――そこで前世の記憶が蘇る。 「ちょっと待って、前世で恋人もできなかった私が結婚!?!??」 しかも相手は名門貴族の旦那様。 「君は何もしなくていい。すべて自由に過ごせばいい」と言われ、夢の“働かなくていい貴族夫人ライフ”を満喫するつもりだったのに――。 ◆メイドの待遇改善を提案したら、旦那様が即採用! ◆夫の仕事を手伝ったら、持ち前の簿記と珠算スキルで屋敷の経理が超効率化! ◆商人たちに簿記を教えていたら、商業界で話題になりギルドの顧問に!? 「あれ? なんで私、働いてるの!?!??」 そんな中、旦那様から突然の告白―― 「実は、君を妻にしたのは政略結婚のためではない。ずっと、君を想い続けていた」 えっ、旦那様、まさかの溺愛系でした!? 「自由を与えることでそばにいてもらう」つもりだった旦那様と、 「働かない貴族夫人」になりたかったはずの私。 お互いの本当の気持ちに気づいたとき、 気づけば 最強夫婦 になっていました――! のんびり暮らすつもりが、商業界のキーパーソンになってしまった貴族夫人の、成長と溺愛の物語!

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

地味令嬢を馬鹿にした婚約者が、私の正体を知って土下座してきました

アイアイ
恋愛
 王都の社交界で、ひとつの事件が起こった。  貴族令嬢たちが集う華やかな夜会の最中、私――セシリア・エヴァンストンは、婚約者であるエドワード・グラハム侯爵に、皆の前で婚約破棄を告げられたのだ。 「セシリア、お前との婚約は破棄する。お前のような地味でつまらない女と結婚するのはごめんだ」  会場がざわめく。貴族たちは興味深そうにこちらを見ていた。私が普段から控えめな性格だったせいか、同情する者は少ない。むしろ、面白がっている者ばかりだった。

出生の秘密は墓場まで

しゃーりん
恋愛
20歳で公爵になったエスメラルダには13歳離れた弟ザフィーロがいる。 だが実はザフィーロはエスメラルダが産んだ子。この事実を知っている者は墓場まで口を噤むことになっている。 ザフィーロに跡を継がせるつもりだったが、特殊な性癖があるのではないかという恐れから、もう一人子供を産むためにエスメラルダは25歳で結婚する。 3年後、出産したばかりのエスメラルダに自分の出生についてザフィーロが確認するというお話です。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

【完結】何回も告白されて断っていますが、(周りが応援?) 私婚約者がいますの。

BBやっこ
恋愛
ある日、学園のカフェでのんびりお茶と本を読みながら過ごしていると。 男性が近づいてきました。突然、私にプロポーズしてくる知らない男。 いえ、知った顔ではありました。学園の制服を着ています。 私はドレスですが、同級生の平民でした。 困ります。

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

処理中です...