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アレクサンドル・クロムウェル

討伐とお留守番/ 出発

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 感動に打ち震える俺とは逆に、レンは落ち着かないのか、もじもじと両手を弄っている。

「どうした?」
「あの・・怒らないで欲しいんですけど」
「怒る?俺が?君に?」

 そんな事は有り得んな。

「アレクさんから、魔法は使っちゃダメって言われてたけど・・・でも、どうしても心配で・・・」

 おずおずと差し出されたのは、綺麗に畳まれた厚手の紙だった。

「これは?」
「スクロールって言います。使い捨てで、魔力を流しながらこれを破ると、一回だけ、どこに居ても、この部屋に帰って来られます」

 討伐が決まってから、何かコソコソやっていたのはこれか。

「転移陣?」
 渡された紙には、紫色のインクで魔法陣が描かれていた。

「どこにでも行ける訳じゃなくて、指定したところに一回だけです。あの・・・もし、怪我とか危険なことがあったら、これを使えば、この部屋に帰って来られので・・・」
 レンは叱られると思ったのか、声が段々小さくなった。

 叱ったりしないのに。

 しかし、この"すくろーる"と言う紙は、魔力を流すだけで、誰でも簡単に転移が出来る、のか?

 これは魔法と言うより、錬金術の類いだろうが、画期的過ぎて、もうなんと言えばいいのか。

「あの、怒ってます?」
「怒る訳ないだろう?」

 不安そうに瞳を揺らすレンを抱き上げ、頬にキスをすると、レンは擽ったそうに微笑んだ。

 少しは慣れてくれたのか?

「俺を心配して、作ってくれたのだろう?ありがとう、嬉しいよ」
「・・・怪我しないでくださいね」
「俺は強いからな。心配するな」
 細い腕でしがみつく、レンの背中をそっとなでた。

 そのままレンを片腕に抱いて、出発の準備を終えた団員が集まる、第2騎士団の練武場前に向かった。

「いいか。ウィリアム、パフォス、モーガンこの3人が、連れてきた者以外は絶対に部屋に入れないこと。ラドクリフに、気を使う必要はないからな。さっき言った3人と一緒なら部屋から出ても良いが、その時は必ず、近衛を連れて、この刀を身につけること。帯刀してるだけでも、牽制になるからな?それから・・ぶッ」

 心配すぎて、くどくど注意する俺の口を、レンが掌で塞いだ。

「もう何度も聞きました。もっと他に言う事はないんですか?」

 ウンザリした顔も可愛いな。

 口を塞いだレンの手の平を、ペロッと舐めるとレンは「もう!」と顔を赤らめて手を引っ込めてしまった。

 レンの体はどこも甘い。
 もう少し舐めて、俺の匂いを付けたかったな。

「愛している、すぐに帰るから待ってて」
 耳元で囁くとレンは「ヴッ!」と呻いて胸を押さえた。

「・・・・おい。俺、今、何を見た」
「幻覚?・・・おれ死ぬのか?」
「団長が笑ってるぞ」
「なんだよ、あのちっちゃくて可愛い子」
「嘘だろ、あれが団長の婚約者?」
「有りえねー!天使と悪魔だ」

 ざわつくむさ苦しい集団を睥睨すると、「全っ然、態度が違うじゃん」と言うぼやきを最後に静かになった。

 出発の時間に合わせ、迎えに来たパフォスにレンを預け、団員に向けて今回の討伐の目的を伝え、檄をとばす。

「「「ウォーーーッ!!」」」

 士気が上がった事に満足した俺は、レンを振り返って「行ってくる」と頷くと、「いってらっしゃい、気を付けて」と手を振ってくれた。

 引き出されたブルーベルに跨ると「うそ。パラサウロロフス?」と言う、レンの呪文めいた謎の呟きが聞こえたが、初めて見るエンラに驚いたのだろう。

「出発!!」

 もう一度レンと視線を合わせ、頷き合って、俺は皇都を後にした。

 皇都を発って3日後、ザンド村で合流したマーク達は、一様に疲れた顔をしていた。

「どんな様子だ?」
「どんなもこんなも・・・滅茶苦茶ですよ」
 吐き出すように答えるミュラーに、マークも「閣下も貧乏くじでしたね」と苦笑を浮かべている。
「ゲオルグか?」
「彼が4割、魔獣6割ですかね」
「4割で済んでいるなら、少しは大人しくなったようだな」

 第4騎士団、団長、セルゲイ・ゲオルグ。
 歳はレンの一つ下の24。平民出身だが、その実力で、異例の出世を遂げた偉才だ。階級が上がるに付け、爵位が無いと何かとやり難いと言う理由で、没落間際の子爵家の養子に入り、団長職迄のし上がった。

 第4の管轄地域は、下級貴族の領地が散在し、商業、工業に携わる者が多い。
 その土地柄から、騎士団も地域密着型の任務が多く、団員の編成も平民、下級貴族、獣人、となんでも有りの実力主義だ。

 それに関しては、適材適所でも有り、なんの問題もないのだが、団の気風として、絶対強者主義とでも言うのか、とにかく強い者を盲信するところが有る。
 その分、団の結束が硬いのは良い事だが、それを纏める団長が、戦闘狂バトルジャンキーでは、下に付く者もそれに倣うと言うものだ。
 細かい作戦は二の次で、力でゴリ押しする戦闘スタイルでは、いつか破綻する日が来る。
 今が正にそれだろう。

 その時、ドヤドヤと騒がしくなったと思えば、ゲオルグ本人がやって来た。

「どうして、アンタがここに居るっ!?」
「煩い。俺だって好きで来た訳じゃない」
「だったら、ささっと帰れよ!人の手柄を横取りする気か?!」

 バキバキ!!
 音を立て俺の放った土魔法が、ゲオルグの足先から口までを土塊で固めて黙らせた。
 その鼻先に皇帝の命令書を突き付ける。

「口の利き方に気を付けろ?いいか。セルゲイよ~く聞け?俺は今、非常に機嫌が悪い。何故なら、俺は愛しい番と出会い、今は休暇の筈だった。それをお前が、好き勝手に暴れ回るだけで、非常事態だと認識もせず、討伐が後手に回ったせいで、俺は番との楽しい時間を奪われた。その意味が分かるか?」

「ヴ~~ヴ~~」

「陛下からは、お前に指揮の取り方を教えるよう言われたが、俺はお前に懇切丁寧に、仕事を教えてやるつもりは、欠片も無い。お前が俺を見て、何を学ぶかは知らんが。俺の邪魔をしたら、お前ら全員魔獣の餌にしてやる。・・・理解できたか?」

「ウ~ブブ~ヴ~」

「何を言ってるか、判らんな」
 指を振って、口の部分の土だけを消してやる。

「ブハッ!なんだよ、アンタに番って!!俺だってまだなのに!!」

 ヒュッ!ゴツ!!
「グハッ!」
 土の塊を、ゲオルグの頭目掛けて飛ばして黙らせた。
「・・・閣下、気を失っているようですが」
「そうか、静かになって何よりだ」
 
 ゲオルグを固めた土塊を消し、代わりに蔦で体をぐるぐる巻きにして「躾けだ。俺がいいと言うまで、どこかに吊るしておけ」
と騒ぎを聞き付け、見物に来た第4の団員に命じると、そいつは顔を真っ青にして頷き、自分達の団長を引きずっていった。



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