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アレクサンドル・クロムウェル

神託の愛し子 / 愚か者

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「おい。気持ちは分かるが、いい加減泣きやめ」

 ルナコルテはハッとして
「お見苦しい所を・・・大変申し訳ございません」と、鼻をすすりながら頭を下げた。

「レン?生地は今選んだ物だけでいいのか?」
「出来れば、モサンの生地で、此れとこれを、二着作りたいです」
 と招来の時に、レンが着ていた、内着と下穿きを指差した。
「モサン?騎士服に使う生地だぞ?」
「お稽古用の道着に、丁度いいかなって」

 お稽古?
 あぁ。剣の鍛錬の事か。

「ルナコルテ、今言った二着も追加だ」
「ゔぅ・・承りました」

 こいつ、まだ泣いてるのか?
 ・・・・鼻水くらい拭けよ!

「あの、お支払いはどうしたら良いでしょう?」
「ん?あぁ、金の心配ならしなくて良い。俺は、それなりに高給取りだ。それに、陛下がレンの為の予算を組む筈だ」
「良いんでしょうか」
 遠慮と困惑が混ざった顔をするレンに、身を屈め、耳元で
「甘やかすと言っただろ?」
 と囁くと、レンは湯気が出そうなほど赤くなった。

「も・・もしや、お二人のご関係は・・」
 と聞くルナコルテの顔には、“信じたくない”と書かれている。

「近々、婚約を発表する」

 ルナコルテは一度ガックリと肩を落としたが、長い息を吐いて、顔を上げた時には、狡猾な商人の顔に戻っていた。

「では、お式の衣装も、私に作らせて頂けませんか?」
「今回の出来次第だな」
「お任せ下さい。必ずやご期待以上の品を作らせていただきます」

 深く腰を折るルナコルテを残し、外宮を出た。


 予想外の短時間で、生地選びが終わってしまい、“午餐までの時間をどう潰そうか”と考え、レンに庭園を見に行くのはどうか、と聞いてみた。

 しかし、レンの表情は硬く、少し怒っている様にも見える。
「今は・・部屋に帰りたいです」
 と俺の上着をキュッと掴んでくる。

 外宮へ向かう時には、気にならなかったが、今はそこ此処で、俺たちの目を盗む様に、こちらに視線を向けては、ヒソヒソと耳打ちし合う様子は、どう見ても悪意がある様にしか見えない。

 俺にとっては、日常の風景で慣れた物だが、レンは違う、謂れのない悪意に晒されては気分が悪くなるのも当然だ。

 1人で来るべきだった。
 噂の火消しも終わっていない状況で、レンを表に出すべきじゃなかった。

「そうだな。今日はモーガンも会いに来るしな。レンも疲れただろう?」

 コクリと頷く頭を一つ撫で、歩き出した。

 その後も、レンに魅了される者、俺に蔑みの目を向ける者、その存在は大凡半々くらいだったが、注目を集めていることに変わりはない。

 皇弟である俺が、何故これ程、恐れられ、蔑まれるのか、一度レンには話さなければならないだろう。

 それに、今皇宮内で流れている噂の事も、レンに話すべきなのだろう。だが、招来されたばかりで、戸惑うことの方が多いレンに、あんな穢らわしい話を、聞かせたくない。

 レンは俺に対して悪意の目を向ける者について、何も聞いてこない。そんなレンに俺も言い訳染みた、説明をする事もできない。

 お互いが気づいている事に、気付かないふりをするのは、骨が折れる。
 レンは俺を気遣ってくれているのか、言葉少なではあるが、行きに気付かなかった物の説明を求めたりと、2人の会話が途切れることは無かった。

 人通りの減る、内宮の居住区画迄あと少し、と言う所で、一番会いたくない相手に声を掛けられた。

 位階で言えば、俺の上には、ウィリアムと先帝。その配偶者のロイド殿下。そして末子で唯一継承権を持つ、アーノルド殿下の4人のみ。

 皇宮内で俺に先に話しかけて良いのは、この4人だけだ。

 よって、今俺に声を掛けた行為自体が不敬に当たる。
 普段なら無視して通り過ぎる所だが、今は取り巻きたちを引き連れ、俺の道をわざと塞ぐ様に現れた。

 待ち伏せしてたな。
 暇なことだ。

「これはこれは。クロムウェル閣下、そんなに急いで、どちらに行かれる?」
「・・・・・・・」

 この嫌味ったらしい奴は、メリオネス侯爵家嫡男のアルケリス。
 俺より年下だが、子供の頃から、俺に対する対抗心と悪意を向けてくる、迷惑者な愚か者だ。

 コイツは侯爵の嫡男だが、自身の爵位は男爵に過ぎない、俺が声を掛けてやる必要は無い。

「閣下は、相変わらず無口でいらっしゃる」
 役者の様にわざとらしく、両手を広げ、肩を竦めて見せているが、全く似合っていない。
 その後ろで、クスクスと見下したように笑っているのは、確かアーバイン子爵と、マローン男爵の嫡男だったか?

 この2人には皇宮内への立ち入りは許可されていない。大方アルケリスにくっついて紛れ込んだのだろう。
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