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アレクサンドル・クロムウェル
神託の愛し子 / 生地選び
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外宮の受付を済ませ、案内された部屋に入ると、待機していたテーラーは、俺のことを見て、怯えを見せた顔を、腰を折って隠した。
商人にしては上出来だな。
「挨拶はいい。すぐに始めてくれ」
恐る恐る顔を上げたテーラーはその途中で、レンを見たのだろう、怯えていた顔が、蜜を含んだ様に溶けた。
「本日は皇帝陛下の御下命により、特別なお召し物をと承りました。ボッカサローネのルナコルタと申します」
「シトウです」
ルナコルタの挨拶に、レンはペコリと頭を下げ、家名を名乗った。
「お預かりした衣類の、ご説明を頂けますでしょうか」
「私が説明しますね」とレンが声を掛けると、テーラーの目元が、益々溶けて下がった。
「アレクさん。説明しにくいので、降ろしてください」
「むっ?」
降ろしたくないのだが?
「あの、だから、おろして?」
俺は渋々、レンを下に降ろしたのだが、人の気も知らず、レンはパタパタと、ルナコルタのそばに寄り「よろしくお願いします」と優しく微笑みかけた。
クソッ!
レンの笑顔は、俺のものなのに!
「本日ご用意するのは、シトウ様の衣類という事でよろしいですか?」
「はい。では説明しますね」
一番丈の短いものが肌着で、汗を吸いやすく通気性が良い布で。
単・狩衣・・・と耳慣れない名称を告げながら、畳まれていた衣を、一枚一枚広げて並べながら、レンは丁寧に説明していった。
ルナコルタが型を取るために、元の衣を解いても良いかと聞くと、レンは問題ないと答えた。
「ただ思い出の有る、大切な着物なので、できれば縫い直してほしいです。あと、ここの破れている所を、繕って貰えますか?」
そう問われたルナコルタは、「お任せください」と胸を叩いた。
あんなに可愛くおねだりされたら
誰だって言うことを聞いてしまうだろう。
クソッ!クソッ!
俺だって、おねだりされたい!!
最後に、この飾り紐は何かと問われ
「あぁ。これは刀を吊るす剣帯です。でも今は刀を持っていないので」
「いや。有るぞ」
「有るんですか?」
「さっき部屋まで持って行ったんだが、すっかり忘れていた」
すまん。と謝ると気にするなと笑ってくれた。
「こちらの剣帯は、大変、手の込んだ作りになっておりますので、少々お時間を頂けますか?」
「ゆっくりで大丈夫ですよ」と微笑まれたルナコルテの緩んだ顔は、今にも溶けて流れそうだ。
次に生地選びに取り掛かった。
俺は団員達から、“伴侶の服選びは、時間が掛かって大変ですよ”と、聞いていたのだが・・・。
モサンの糸で織られた生地は有るか?と聞いた後は、全く戸惑いが無く、衣の種類ごとに、次々と布の山を作り、そこから気に入らない物を除いていく。
という、一見大雑把にも見える選び方で、あっという間に終わってしまった。
「もっとゆっくり、選んでも良いのだぞ?」
要らない布を、2人でルナコルテが最初に積んでいた山に戻しながら、レンは言う。
「最近気づいたんですけど、お買い物って、直感が大事なんですよ?最初に目に入った物って、お気に入りになり易くて、よく使いますが、どうしようか悩んだ物は、結局使わないことの方が多いんです」
「なるほど」
「それに、迷った挙句、着てあげなかったら、この子達が可哀想でしょう?」
「布切れが可哀想?」
レンの言うことが理解できなくて、首を捻った。
「この子達だって、服として着て貰えるのを、ワクワクしながら待っているかもしれませんよ?でも、せっかく服になったのに、着て貰えなかったら悲しいですよね?」
「そうなのか?」
「う~ん。分かりませんか?」
どう伝えたものかと、レンは頬に片手を当てて考え込んだ。
「あッ、じゃあ。私が選ばなかった子は、別の誰かが、大事に着てくれるかもしれないですよね?そうしたら、この子達も、服の持ち主も幸せだと思いませんか?」
これなら分かるでしょう?と言いた気に、ニッコリするレンに、俺は驚いた。
この人は、どれだけ俺を驚かせるんだ?
人でも、生き物ですらない、ただの布切れに、まるで心が有るかの様に、情けを掛けるとは・・・・・。
この慈愛の深さは何なんだ?
この人は天使なのか?
神なのか?
「ずずっ」
鼻をすする音に気付いて目を向けると、ルナコルテが滂沱の涙を流していた。
良い歳をした大人が、手放しで泣いている。
「どうしました?ルナコルテさん。大丈夫ですか?お腹痛いですか?」
とレンはオタオタしている。
するとルナコルテは、ハンカチを取り出して、さらに激しく泣き始めた。
「アレクさん。どうしましょう。パフォスさん呼んだ方がいいでしょうか?」
「気にするな」
オロオロ、オタオタするレンの頭を撫でて落ち着かせる。
「気にするなって言われても・・・・」
その時、感極まったルナコルテが、ガバリとレンの手を掴んだ。
「私今、“猛烈に”感動致しております!!」
「は、はあ」
「これまで私は、誠心誠意、心を込めて、服作りに励んでまいりました」
「頑張ったんですね?」
「はい!!しかしシトウ様の様に、服を愛して下さる方に、お目に掛かったことが有りません」
「そうなんですか?」
「不肖ルナコルテ!シトウ様ご注文のお品を、全身全霊を掛け、不眠不休で作らさせていただきます!!」
「えッ、やっ、あの、そこはちゃんと寝ましょうね?」
するとルナコルテは
「私のような卑賤な者への心遣いまで!」
と更に号泣する始末だ。
これでは、いつまで経っても終わらんな。
商人にしては上出来だな。
「挨拶はいい。すぐに始めてくれ」
恐る恐る顔を上げたテーラーはその途中で、レンを見たのだろう、怯えていた顔が、蜜を含んだ様に溶けた。
「本日は皇帝陛下の御下命により、特別なお召し物をと承りました。ボッカサローネのルナコルタと申します」
「シトウです」
ルナコルタの挨拶に、レンはペコリと頭を下げ、家名を名乗った。
「お預かりした衣類の、ご説明を頂けますでしょうか」
「私が説明しますね」とレンが声を掛けると、テーラーの目元が、益々溶けて下がった。
「アレクさん。説明しにくいので、降ろしてください」
「むっ?」
降ろしたくないのだが?
「あの、だから、おろして?」
俺は渋々、レンを下に降ろしたのだが、人の気も知らず、レンはパタパタと、ルナコルタのそばに寄り「よろしくお願いします」と優しく微笑みかけた。
クソッ!
レンの笑顔は、俺のものなのに!
「本日ご用意するのは、シトウ様の衣類という事でよろしいですか?」
「はい。では説明しますね」
一番丈の短いものが肌着で、汗を吸いやすく通気性が良い布で。
単・狩衣・・・と耳慣れない名称を告げながら、畳まれていた衣を、一枚一枚広げて並べながら、レンは丁寧に説明していった。
ルナコルタが型を取るために、元の衣を解いても良いかと聞くと、レンは問題ないと答えた。
「ただ思い出の有る、大切な着物なので、できれば縫い直してほしいです。あと、ここの破れている所を、繕って貰えますか?」
そう問われたルナコルタは、「お任せください」と胸を叩いた。
あんなに可愛くおねだりされたら
誰だって言うことを聞いてしまうだろう。
クソッ!クソッ!
俺だって、おねだりされたい!!
最後に、この飾り紐は何かと問われ
「あぁ。これは刀を吊るす剣帯です。でも今は刀を持っていないので」
「いや。有るぞ」
「有るんですか?」
「さっき部屋まで持って行ったんだが、すっかり忘れていた」
すまん。と謝ると気にするなと笑ってくれた。
「こちらの剣帯は、大変、手の込んだ作りになっておりますので、少々お時間を頂けますか?」
「ゆっくりで大丈夫ですよ」と微笑まれたルナコルテの緩んだ顔は、今にも溶けて流れそうだ。
次に生地選びに取り掛かった。
俺は団員達から、“伴侶の服選びは、時間が掛かって大変ですよ”と、聞いていたのだが・・・。
モサンの糸で織られた生地は有るか?と聞いた後は、全く戸惑いが無く、衣の種類ごとに、次々と布の山を作り、そこから気に入らない物を除いていく。
という、一見大雑把にも見える選び方で、あっという間に終わってしまった。
「もっとゆっくり、選んでも良いのだぞ?」
要らない布を、2人でルナコルテが最初に積んでいた山に戻しながら、レンは言う。
「最近気づいたんですけど、お買い物って、直感が大事なんですよ?最初に目に入った物って、お気に入りになり易くて、よく使いますが、どうしようか悩んだ物は、結局使わないことの方が多いんです」
「なるほど」
「それに、迷った挙句、着てあげなかったら、この子達が可哀想でしょう?」
「布切れが可哀想?」
レンの言うことが理解できなくて、首を捻った。
「この子達だって、服として着て貰えるのを、ワクワクしながら待っているかもしれませんよ?でも、せっかく服になったのに、着て貰えなかったら悲しいですよね?」
「そうなのか?」
「う~ん。分かりませんか?」
どう伝えたものかと、レンは頬に片手を当てて考え込んだ。
「あッ、じゃあ。私が選ばなかった子は、別の誰かが、大事に着てくれるかもしれないですよね?そうしたら、この子達も、服の持ち主も幸せだと思いませんか?」
これなら分かるでしょう?と言いた気に、ニッコリするレンに、俺は驚いた。
この人は、どれだけ俺を驚かせるんだ?
人でも、生き物ですらない、ただの布切れに、まるで心が有るかの様に、情けを掛けるとは・・・・・。
この慈愛の深さは何なんだ?
この人は天使なのか?
神なのか?
「ずずっ」
鼻をすする音に気付いて目を向けると、ルナコルテが滂沱の涙を流していた。
良い歳をした大人が、手放しで泣いている。
「どうしました?ルナコルテさん。大丈夫ですか?お腹痛いですか?」
とレンはオタオタしている。
するとルナコルテは、ハンカチを取り出して、さらに激しく泣き始めた。
「アレクさん。どうしましょう。パフォスさん呼んだ方がいいでしょうか?」
「気にするな」
オロオロ、オタオタするレンの頭を撫でて落ち着かせる。
「気にするなって言われても・・・・」
その時、感極まったルナコルテが、ガバリとレンの手を掴んだ。
「私今、“猛烈に”感動致しております!!」
「は、はあ」
「これまで私は、誠心誠意、心を込めて、服作りに励んでまいりました」
「頑張ったんですね?」
「はい!!しかしシトウ様の様に、服を愛して下さる方に、お目に掛かったことが有りません」
「そうなんですか?」
「不肖ルナコルテ!シトウ様ご注文のお品を、全身全霊を掛け、不眠不休で作らさせていただきます!!」
「えッ、やっ、あの、そこはちゃんと寝ましょうね?」
するとルナコルテは
「私のような卑賤な者への心遣いまで!」
と更に号泣する始末だ。
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