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アレクサンドル・クロムウェル
神託の愛し子 / おしゃべり雀
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床に転がったまま、俺は額に手を当てた。
もう仕事を辞めようか。
引退後の計画を、本気で立てるべきでは?
レンに急かされて立ち上がり、風呂の使い方と、着替えの場所を教えたが、用意されていた服は、どれもレンには大きすぎた。
だが、夜着なら多少引きずっても問題無いと、レンは気にしていないようだ。
追い出されるようにして、貴賓室を出た俺だが、皇帝の執務室に向かう途中、雑嚢の中に、レンの衣を入れたことを思い出した。
遠回りだが取ってこよう。
俺に与えられた執務室に入り、荷物は何処かと視線をめぐらせると、侍従に預けた荷物は、俺の執務机の上に、キッチリと揃えて置かれていた。
レンの佩いていた剣を手に取ると、俺の剣と比べて、かなり刀身が細く軽い。
だが、小柄なレンにはこのくらいがちょうど良いのだろう。
どんな作りになっているの興味が湧いて、鞘から抜くと、俺達が使う諸刃ではなく、反りのある、片刃の優美な姿をしていた。
初めて見る作りだが
とても良い剣だな。
この様な剣を持ち、貴賓室でひっくり返されたことを思い返すと。
レンは、かなりの手練れなのか?
だめだ想像できない。
あの小さな体で、剣を振る姿を想像すると、どうしても剣を握ったばかりの、へっぴり腰の子供しか思い浮かばない。
身の危険より、ほのぼのとした気分のほうが強い。
体調が戻ったら、練武場に誘ってみるか。
雑嚢とレンの剣を持って、席についた俺に、皇帝は片眉を上げ、声に出さず。
“それ何?” と聞いてきた。
俺は同じように、ジロリと睨み返し
“後にしろ”と返した。
無駄に時間の掛かった会議は、
夜半を過ぎて、漸く解散となった。
グッタリと椅子に沈み込む、ウィリアムの前にレンの衣を差し出した。
「なあに~?お疲れ様とか言ってくれないの?」
「俺も会議に出てただろ」
「そうだけどさあ」と起き上がったウィリアムがレンの衣を手に取った。
「これ、どうしたの?」
興味津々で、衣を広げて見ている。
「招来の時、レンが着ていた物だ。今用意されている服は、どれもデカ過ぎてな。取り急ぎ、これと同じ物を何着か作りたい」
異界の物と分かって、ウィリアムの目は好奇心で輝いた。
「すごいね。どれも上等だよ?」と、衣を次々と手に取り、検分している。
「そうだろ?俺も最初は驚いた」
「ほんと凄いな。すべすべだ」
衣を撫で回す手付きが不快で、段々腹が立ってきた。
「それは、レンの衣だぞ」と声を下げると、ウィリアムは、慌てて手を離した。
「ねえ。服も嫉妬の対象なの?」
「うるさい」
「あ~。ヤダヤダ。獣人って面倒臭い」
そうぼやくウィリアムの顔は、隈が浮かんで、かなり疲れて見えた。
「朝一で、テーラーを呼ぶ様に言っとくよ」
「では、布は俺が選ぶ。最上級のメイジアクネを用意させてくれ」
ウィリアムは、理解できな物でも見る様に、俺にジッと視線を合わせた。
「なんだ?何か変なことを言ったか?」
すると、ウィリアムは、目じりに皺を寄せ「アレクが布選びねぇ。おにいちゃん、ビックリ」と揶揄われた。
「それで、その剣もレンちゃんの?」
「ああ。そうだ」
「随分細いけど、でも本当に、あのレンちゃんが振り回せるの?」
「どうだろうな。だが祖父に鍛えられたと言っていたからな、実は手練れかも知れんぞ?」
「えぇ~?全然想像できない」
確かにな。と2人で笑い合った。
「俺はしばらく休みだ。何かあったら貴賓室に人を寄越せ」
「貴賓室って、なに?一緒に寝る気?」
「そうだが?」
「いやいやいやいや!ダメだよアレク!ちょっとは我慢して!!」
「なぜ?婚約は済ませた。サインしたのはお前だぞ」
「だから、怖い顔しないの!モーガンの話し聞いたでしょ?今我慢しなかったら、困るのはレンちゃんだよ?レンちゃんが悪く言われるんだよ?」
クソッ!
おしゃべり雀どもめ!!
全員、舌を引っこ抜いてやろうか!!
「アレク~~。落ち着こうね~~」
ウィリアムが両手の平を、ドウドウと上下させている。
俺は獣か?!
「噂の火消しは、僕たちがキッチリやっとくからさ。夜以外は、好きなだけレンちゃんと一緒に居ていいんだよ~~」
とまだ両手を上下させている。
「チッ!!早くしろよ」
踵を返した背中に聞こえた「もう、獣人って、ほんとめんどくさい」と言う、ウィリアムの声は、どこか嬉しそうだった。
番恋しさに、眠れぬ夜を過ごした俺は、夜明けと共に身支度を済ませ、レンの元へと向かった。
本来、愛し子のレンには、専属の護衛と、侍従を数名づつ付けるべきだ。
だが、レンが俺達と異なる性を持つことがわかった段階で、皇宮を守る近衛や皇都を守護する第1から選ぶ事が難しくなった。
第1や近衛の騎士達を、信用していない訳では無いが、レンが俺の番で有ることも合わせ、より俺と近しい、第2から選ぶ事となった。
ただ、副団長のマーク、副官のミュラーが不在の為、今回の遠征部隊の帰還を待っての選定となる。
よりレンの近くに侍る侍従に関しては、長く俺に支えてきた、大公領の者を呼び寄せる事となった。
レンの性の秘密を守るためには、俺の目が行き届く範囲の人間を当てるべきだろう、とウィリアムからの提案だ。
一週間の安静を言い渡されたレンだが、その間は、俺が直接護衛として侍ればいい。
俺の立てた計画では、護衛を兼ねて、一日中レンと共に居られる筈だった。
だが、お喋り雀の、余計な噂話のせいで、俺の計画は水の泡だ。
今となっては遅すぎるが、グリーンヒルに、"黙らせるか"と聞かれた時に、雀達の汚い舌を、切り落として仕舞えばよかった。
後悔先に立たず、とはよく言ったものだ。
と反省したつもりが、番を迎えた事で、浮かれて、本能に流された俺は、この後何度も、自分の見通しの甘さを悔やむ事になったのだった。
もう仕事を辞めようか。
引退後の計画を、本気で立てるべきでは?
レンに急かされて立ち上がり、風呂の使い方と、着替えの場所を教えたが、用意されていた服は、どれもレンには大きすぎた。
だが、夜着なら多少引きずっても問題無いと、レンは気にしていないようだ。
追い出されるようにして、貴賓室を出た俺だが、皇帝の執務室に向かう途中、雑嚢の中に、レンの衣を入れたことを思い出した。
遠回りだが取ってこよう。
俺に与えられた執務室に入り、荷物は何処かと視線をめぐらせると、侍従に預けた荷物は、俺の執務机の上に、キッチリと揃えて置かれていた。
レンの佩いていた剣を手に取ると、俺の剣と比べて、かなり刀身が細く軽い。
だが、小柄なレンにはこのくらいがちょうど良いのだろう。
どんな作りになっているの興味が湧いて、鞘から抜くと、俺達が使う諸刃ではなく、反りのある、片刃の優美な姿をしていた。
初めて見る作りだが
とても良い剣だな。
この様な剣を持ち、貴賓室でひっくり返されたことを思い返すと。
レンは、かなりの手練れなのか?
だめだ想像できない。
あの小さな体で、剣を振る姿を想像すると、どうしても剣を握ったばかりの、へっぴり腰の子供しか思い浮かばない。
身の危険より、ほのぼのとした気分のほうが強い。
体調が戻ったら、練武場に誘ってみるか。
雑嚢とレンの剣を持って、席についた俺に、皇帝は片眉を上げ、声に出さず。
“それ何?” と聞いてきた。
俺は同じように、ジロリと睨み返し
“後にしろ”と返した。
無駄に時間の掛かった会議は、
夜半を過ぎて、漸く解散となった。
グッタリと椅子に沈み込む、ウィリアムの前にレンの衣を差し出した。
「なあに~?お疲れ様とか言ってくれないの?」
「俺も会議に出てただろ」
「そうだけどさあ」と起き上がったウィリアムがレンの衣を手に取った。
「これ、どうしたの?」
興味津々で、衣を広げて見ている。
「招来の時、レンが着ていた物だ。今用意されている服は、どれもデカ過ぎてな。取り急ぎ、これと同じ物を何着か作りたい」
異界の物と分かって、ウィリアムの目は好奇心で輝いた。
「すごいね。どれも上等だよ?」と、衣を次々と手に取り、検分している。
「そうだろ?俺も最初は驚いた」
「ほんと凄いな。すべすべだ」
衣を撫で回す手付きが不快で、段々腹が立ってきた。
「それは、レンの衣だぞ」と声を下げると、ウィリアムは、慌てて手を離した。
「ねえ。服も嫉妬の対象なの?」
「うるさい」
「あ~。ヤダヤダ。獣人って面倒臭い」
そうぼやくウィリアムの顔は、隈が浮かんで、かなり疲れて見えた。
「朝一で、テーラーを呼ぶ様に言っとくよ」
「では、布は俺が選ぶ。最上級のメイジアクネを用意させてくれ」
ウィリアムは、理解できな物でも見る様に、俺にジッと視線を合わせた。
「なんだ?何か変なことを言ったか?」
すると、ウィリアムは、目じりに皺を寄せ「アレクが布選びねぇ。おにいちゃん、ビックリ」と揶揄われた。
「それで、その剣もレンちゃんの?」
「ああ。そうだ」
「随分細いけど、でも本当に、あのレンちゃんが振り回せるの?」
「どうだろうな。だが祖父に鍛えられたと言っていたからな、実は手練れかも知れんぞ?」
「えぇ~?全然想像できない」
確かにな。と2人で笑い合った。
「俺はしばらく休みだ。何かあったら貴賓室に人を寄越せ」
「貴賓室って、なに?一緒に寝る気?」
「そうだが?」
「いやいやいやいや!ダメだよアレク!ちょっとは我慢して!!」
「なぜ?婚約は済ませた。サインしたのはお前だぞ」
「だから、怖い顔しないの!モーガンの話し聞いたでしょ?今我慢しなかったら、困るのはレンちゃんだよ?レンちゃんが悪く言われるんだよ?」
クソッ!
おしゃべり雀どもめ!!
全員、舌を引っこ抜いてやろうか!!
「アレク~~。落ち着こうね~~」
ウィリアムが両手の平を、ドウドウと上下させている。
俺は獣か?!
「噂の火消しは、僕たちがキッチリやっとくからさ。夜以外は、好きなだけレンちゃんと一緒に居ていいんだよ~~」
とまだ両手を上下させている。
「チッ!!早くしろよ」
踵を返した背中に聞こえた「もう、獣人って、ほんとめんどくさい」と言う、ウィリアムの声は、どこか嬉しそうだった。
番恋しさに、眠れぬ夜を過ごした俺は、夜明けと共に身支度を済ませ、レンの元へと向かった。
本来、愛し子のレンには、専属の護衛と、侍従を数名づつ付けるべきだ。
だが、レンが俺達と異なる性を持つことがわかった段階で、皇宮を守る近衛や皇都を守護する第1から選ぶ事が難しくなった。
第1や近衛の騎士達を、信用していない訳では無いが、レンが俺の番で有ることも合わせ、より俺と近しい、第2から選ぶ事となった。
ただ、副団長のマーク、副官のミュラーが不在の為、今回の遠征部隊の帰還を待っての選定となる。
よりレンの近くに侍る侍従に関しては、長く俺に支えてきた、大公領の者を呼び寄せる事となった。
レンの性の秘密を守るためには、俺の目が行き届く範囲の人間を当てるべきだろう、とウィリアムからの提案だ。
一週間の安静を言い渡されたレンだが、その間は、俺が直接護衛として侍ればいい。
俺の立てた計画では、護衛を兼ねて、一日中レンと共に居られる筈だった。
だが、お喋り雀の、余計な噂話のせいで、俺の計画は水の泡だ。
今となっては遅すぎるが、グリーンヒルに、"黙らせるか"と聞かれた時に、雀達の汚い舌を、切り落として仕舞えばよかった。
後悔先に立たず、とはよく言ったものだ。
と反省したつもりが、番を迎えた事で、浮かれて、本能に流された俺は、この後何度も、自分の見通しの甘さを悔やむ事になったのだった。
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