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アレクサンドル・クロムウェル

皇宮入りと婚約と/ 皇宮にて2

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 隣室から聞こえる、宰相の説教のせいで、多少騒がしくはあるが、ウィリアムが居て、多少で済むなら許容範囲内だ。

これで漸く、落ちついてレンの世話を焼くことが出来る。

風呂にも入れてやりたいが、今はまだ駄目だろう。

本当に駄目か?

あの白い肌も、美しい黒髪も俺が手入れするべきなのでは?

いや、これは決して邪な考えではなく、レンはまだ子供なのだから、風呂の世話は必要なのでは?

 そこ迄考えた時、ふと姿見に映る自分と目が合った。
 瞳に欲望の炎を灯した、雄の顔に愕然とする。

本人の同意もなしに、何を勝手な事を。

 いずれは隅々迄、俺の手で磨き上げてやるにしても、今じゃない。
いずれ・・・その時は一緒に・・・。

 繰り返す空想と逡巡を、頭を振って振り落とした。

 寝室の隣りにある浴場から、香油を落とした湯を運び、きつく絞ったタオルでレンの可愛らしい顔と、小さな手足についた土埃をそっと落とした。

 それ以外の場所は、前回経験した破壊力に抗える自信もなく、教訓を活かして、洗浄魔法を使用することにした。

 仕上げに柔らかな髪に、香油を揉み込んで櫛削ると、元々美しい髪が、真珠の様に艶やかに輝いた。

 周囲の既婚者たちが、番の世話以上に楽しい事はない、と言っていたが、本当だった。

世の中にこれ程楽しく、心が満たされる行為があるとはな。

 雄の本能として、致し方がないとは言え、さっきまでの、欲望まみれの自分を殴ってやりたい。

 スヤスヤと眠る、レンの柔らかな頬を指の背で撫で、自分の仕事に満足した俺は、湯おけを浴場に戻し、タオルを脱衣籠に放り込んで。ウィリアムの待つ隣室へ足を向けた。


 隣室へ続くドアを開けて、最初に目に飛び込んできたのは、土下座する皇帝の姿だった。

しかも、両腕を前に伸ばし、掌を上に向けた、一切の戦意が無いとの意思表示付きだ。

俺がレンの世話をする間も、グリーンヒルの説教が聞こえていたが、相当搾られたらしい。

 そのグリーンヒルも、立位ではあるが頭を下げている。

「宰相殿が、頭を下げる必要はあるまいよ」
そう言うと、グリーンヒルは顔を上げたが、すぐに土下座したままの、己の主君に複雑な表情を向けた。

「そいつの事はいい。そうだな・・・マーロウ伯を呼び戻して、コイツに付けてくれ」

マーロウと聞いて、ウィリアムの背中がぴくりと震えた。
それもその筈。
マーロウは帝国内で、最も厳しいと評判のマナー講師だ。

 グリーンヒルは“だから言ったのに”と言いたげな視線を己の主君に向けて「承ります」と頭を下げた。

「すまんが、茶と何か摘める物を頼む。携帯食にも飽きた。腹に溜まる物にしてくれ」

土下座の皇帝にチラリと視線を送った宰相は、ため息を零しつつ部屋を出ていった。

どうやら、宰相殿が直々に茶の用意をしてくれるようだ。
恐らく下手に侍従に頼んで、主君の不様な姿を見られたくなかったのだろう。

幼い頃から、ウィリアムの情けない姿は何度も見てきたが、これ程憐れな姿は初めてかもしれない。

まぁ、簡単に許してやるつもりは無いがな。

「ウィリアム」
「はいッ!!」
弾かれたように上げた顔は、申し訳なさ一色だった。

「お前は人族で、この国の皇帝だな?」
一応そうです。とモゴモゴした答えが返ってきた。

「では、何故お前がそんな不様な姿を晒す羽目になったか、理解しているな?」
「調子にのりすぎました。ごめんなさい」
「反省してるならいい」
「じゃあ、マーロウ伯の件はなし?」

期待に満ちた目を向けて来るが、それとこれとは話が別だ。

「駄目だ」
 ウィリアムは唇を突き出して、拗ねた顔を見せたが、三十路近い奴がやっても可愛くも何ともない

もちろんレンがやったら、砂糖菓子のように甘く可愛らしい筈だ。

「俺は、お前の抱える鬱屈を知っている。だから大概のことには目を瞑ってきた。だが身内相手でも、超えてはいけない一線はあるぞ?」

今回の事といい、ロロシュに託した手紙といい。
コイツには、面白い事、興味を惹かれることがあると、羽目を外しすぎる傾向がある。

ウィリアムの抱える鬱屈を知るだけに、今までは大目に見てきたが、そろそろ気を引き締めさせなければ。

「分かってるよ」
「いいや、分かってない。・・・即位から10年経ったが、お前の敵がいなくなった訳じゃ無いだろ?お前の敵は俺の敵だが、相手は神殿の奴等だけじゃない。俺達の間が上手くいっていない、なんて噂が立ってみろ、わざわざ相手に隙を見せる気か?」

「そんな大袈裟な」

ウィリアムは顔を引き攣らせた。

「大袈裟じゃない。王配の居ないお前に、愛し子はいい相手になるんだ。それを見越して、レンに近づこうとする碌でなしが、これから大勢湧くだろう」
「それは・・・・そうかも」
「いいか?レンは間違いなく俺の番だ。誰にも渡すつもりはないし、レンを傷付ける者は誰であろうと許さない。レンを守るのは俺の役目だが、その為にお前の助けが必要だ」
「アレクが・・・僕の助けが必要なの?」

不思議そうな顔で俺を見てくるウィリアムは、バカじゃないが、こういう一本抜けた、アホなところが有る。

特に、一度自分の懐に入れた者に対して甘くなり、ガードが緩む。

「当たり前だ。確かに俺の躰は頑健だし、剣も魔法もソコソコやるが、それだけじゃ足りない物もある」
「そうか、そうだよね」
ウィリアムが嬉しそうな顔になった。

「お前も、愛し子を護りたいと言っていただろう?」
「うん。あれは本心だよ」

ヨシッ!掛った。
ここからが本番だ。

「なら、俺とレンが番で有ると認めた上で、俺たち兄弟が今まで通り、良好な間柄だと、周囲に見せつける必要があるな?」
「うん。そうだね。僕たちは仲良しだからね」

そうだろう、そうだろうと頷いて見せると、益々嬉しそうになった、ウィリアムの横に片膝をつき耳打ちをする。

本人への確認はまだだが、恐らくレンは未成年だ。しかしレンを守る為には、先に婚約を結ぶ必要がある。
そして、それを大々的に発表することも重要だ。

「許可してくれるよな?」

肩を叩かれたウィリアムは「えぇ~~?!」
と慄きの声を上げた。
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