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アレクサンドル・クロムウェル
皇宮入りと婚約と/ 皇宮にて1
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番を休ませたいだけの俺を、邪魔する宰相の意図が理解できない。
「で・す・か・ら!愛し子を自室に連れ込まないで頂きたい!!」
「む?」番の世話をするのは、俺の権利だ。
そう言うと、グリーンヒルは本当に嫌そうに息を吐いた。
「えぇ、分かっていますよ。好きなだけお世話して下さい」
ならばと足を踏み出した俺の前に、グリーンヒルが立ち塞がった。
何処まで俺の邪魔をする気だ?
湧き上がる苛立ちの限界は、すぐ目の前だ。
「陛下より、愛し子は、貴賓室に御通しする様申しつかっております」
「・・・あの部屋は、俺の部屋と離れ過ぎだ」
貴賓室は皇宮の西翼に、俺の自室は東翼に在る。
苛立ちを隠さない俺に、グリーンヒルは深い溜息を吐いた。
「閣下。陛下も私も、獣人の恋にとやかく言って、馬に蹴られたくは無いのです。閣下はお忘れかもしれませんが。通信鳥を通じて、ご自身が、愛し子は成人前だと仰いましたよね?それに、お見受けしたところ、私の目にも未成年の様に映ります」
此処でグリーンヒルは、ズレてもいない眼鏡を押し上げた。
「ご婚約前である以上、愛し子の健やかなご成長をお望みなら、ご自重されるべきではありませんか?」
「むうっ・・・」
「さぁ、陛下も既に貴賓室でお待ちです。文句でもなんでも、そちらで陛下に直接仰って下さい」
そこまで言われて、我を押し通すのは難しい。
どの道ウィリアムには、相談するべき事もある。
俺としては、非常に不本意だが、ここは大人しく、グリーンヒルの後について、用意された貴賓室に向かうことにした。
貴賓室までは、文官や、何の用で彷徨いているのか分からない貴族達。果ては警護の近衛迄、番を抱いて歩く俺に、好奇の目を向けてきた。
しかし、俺と目が合うと一様に顔を青くして目を逸らす。
怯えるくらいなら、最初から目を向けなければいい。
怯えられることには慣れてはいるが、慣れたからといって、気分が良くなる訳ではない。
それに
「あの大公が抱えているのは、子供か?」
「何処ぞで攫ってこられたか」
「やはり鬼は鬼よ」
と言いたい放題、酷い言われようだ。
相も変わらず姦しいことだが。
俺と婚約することで、レンにも同じような視線が送られるのかと思うと、やるせない気分になった。
「黙らせますか?」
グリーンヒルが気を使って聞いてきたが、俺は放っておけと返した。
「宜しいのですか?」
「おしゃべり雀も時には役にたつ。それに奴等の顔は覚えた」
「・・・怖いことを」
「なに。俺は鬼らしいからな。鬼は鬼らしく。だろ?」
ニヤリと笑うと、グリーンヒルは一瞬たじろいで、顔を引き攣らせた。
やはり人族に、肉食獣の笑みは、刺激が強すぎるらしい。
そうこうする内に、貴賓室へと辿り着き、扉の前に立つ護衛に目配せをして、訪いを入れさせた。
「陛下。クロム うわっ!!」
護衛の訪いを無視して、勢いよく開いた扉に顔面を強打した宰相が、床に沈み込み、護衛の騎士が慌てて手を差し伸べている。
それと同時に、突進して来る緋色の影を、俺は前蹴りで押し戻した。
「グハッ!」
「邪魔だ」
2ミーロ先で、腹を抱えてうずくまる皇帝を無視して、奥の寝室へ向かい、完璧に整えられたベットへレンを下ろし、小さな体にそっと上掛けをかけた。
この2日近く、ずっと腕の中にあった温もりを手放す事は、心が引き裂かれる程辛かったが、今はこの稚い寝顔を堪能・・・もとい、守ることの方が大事だ。
「あ~~もう、デレッデレじゃない」
「・・・・・・」
「陛下。今はおやめになった方が・・・」
鼻を押さえ、くぐもったグリーンヒルの声が聞こえないのか、ウィリアムはお構い無しで、後を追って来た。
「愛し子は、ずっと眠ったまま?話とかしてないの?早く紹介してほしいなぁ」
紹介だと?
「出て行け」
「えぇ~?僕、一応お兄ちゃんだよ?」
何がお兄ちゃんだ。巫山戯るな。
「お前・・・俺の番の寝室に勝手に入り込むとは、いい度胸だな」
愛しい番の寝所に、俺以外の人間の立ち入りを、俺は許していない。
地を這う声に、ウィリアムがビシリと固まった。
「ウィリアム。これは正式な挑戦と考えていいんだな?」
この国の婚姻制度は、人種の多様性もあり、事細かな決まり事がある。
その内容は、獣人とその番に関する取り決めが中心となるのだが。
獣人の番に対する執着は、時に命に関わる為、法により手厚い保障がされている。
但し、人族と獣人の婚姻に関しては例外規定があり、別の法が適用される。
その中に、同じ人族の人物へ、想いを寄せる人族がいた場合、想い人をかけ、獣人側に戦いを挑む権利が人族に与えられる。という法がある。
戦いの内容は、普通に戦闘でもいいし、料理対決でも何でも、相手への想いの強さ、深さが証明できるなら、何でも構わない。
最終的に、誰を選ぶのか、複数婚を選ぶのかは、想いを寄せられた本人に委ねられるのだが、権利は権利だ。
ウィリアムがレンを欲しいと言うなら、堂々と挑んでくればいい。
俺は相手が誰であろうと、全力で叩き潰すのみ。
「どうなんだ?」
喉を唸らせ、獣歯を覗かせると、ウィリアムがジリジリと後ずさった。
「ご・・・ごめ・・・・ごめんよ。そんなつもりじゃ・・・」
「・・・・出ていけ」
「はッ!はいぃぃ~」
情けない声を上げて、寝室から飛び出したウィリアムだが、隣室で待ち構えていたグリーンヒルから「だから言ったでしょう!!」と説教を受ける事となった。
「で・す・か・ら!愛し子を自室に連れ込まないで頂きたい!!」
「む?」番の世話をするのは、俺の権利だ。
そう言うと、グリーンヒルは本当に嫌そうに息を吐いた。
「えぇ、分かっていますよ。好きなだけお世話して下さい」
ならばと足を踏み出した俺の前に、グリーンヒルが立ち塞がった。
何処まで俺の邪魔をする気だ?
湧き上がる苛立ちの限界は、すぐ目の前だ。
「陛下より、愛し子は、貴賓室に御通しする様申しつかっております」
「・・・あの部屋は、俺の部屋と離れ過ぎだ」
貴賓室は皇宮の西翼に、俺の自室は東翼に在る。
苛立ちを隠さない俺に、グリーンヒルは深い溜息を吐いた。
「閣下。陛下も私も、獣人の恋にとやかく言って、馬に蹴られたくは無いのです。閣下はお忘れかもしれませんが。通信鳥を通じて、ご自身が、愛し子は成人前だと仰いましたよね?それに、お見受けしたところ、私の目にも未成年の様に映ります」
此処でグリーンヒルは、ズレてもいない眼鏡を押し上げた。
「ご婚約前である以上、愛し子の健やかなご成長をお望みなら、ご自重されるべきではありませんか?」
「むうっ・・・」
「さぁ、陛下も既に貴賓室でお待ちです。文句でもなんでも、そちらで陛下に直接仰って下さい」
そこまで言われて、我を押し通すのは難しい。
どの道ウィリアムには、相談するべき事もある。
俺としては、非常に不本意だが、ここは大人しく、グリーンヒルの後について、用意された貴賓室に向かうことにした。
貴賓室までは、文官や、何の用で彷徨いているのか分からない貴族達。果ては警護の近衛迄、番を抱いて歩く俺に、好奇の目を向けてきた。
しかし、俺と目が合うと一様に顔を青くして目を逸らす。
怯えるくらいなら、最初から目を向けなければいい。
怯えられることには慣れてはいるが、慣れたからといって、気分が良くなる訳ではない。
それに
「あの大公が抱えているのは、子供か?」
「何処ぞで攫ってこられたか」
「やはり鬼は鬼よ」
と言いたい放題、酷い言われようだ。
相も変わらず姦しいことだが。
俺と婚約することで、レンにも同じような視線が送られるのかと思うと、やるせない気分になった。
「黙らせますか?」
グリーンヒルが気を使って聞いてきたが、俺は放っておけと返した。
「宜しいのですか?」
「おしゃべり雀も時には役にたつ。それに奴等の顔は覚えた」
「・・・怖いことを」
「なに。俺は鬼らしいからな。鬼は鬼らしく。だろ?」
ニヤリと笑うと、グリーンヒルは一瞬たじろいで、顔を引き攣らせた。
やはり人族に、肉食獣の笑みは、刺激が強すぎるらしい。
そうこうする内に、貴賓室へと辿り着き、扉の前に立つ護衛に目配せをして、訪いを入れさせた。
「陛下。クロム うわっ!!」
護衛の訪いを無視して、勢いよく開いた扉に顔面を強打した宰相が、床に沈み込み、護衛の騎士が慌てて手を差し伸べている。
それと同時に、突進して来る緋色の影を、俺は前蹴りで押し戻した。
「グハッ!」
「邪魔だ」
2ミーロ先で、腹を抱えてうずくまる皇帝を無視して、奥の寝室へ向かい、完璧に整えられたベットへレンを下ろし、小さな体にそっと上掛けをかけた。
この2日近く、ずっと腕の中にあった温もりを手放す事は、心が引き裂かれる程辛かったが、今はこの稚い寝顔を堪能・・・もとい、守ることの方が大事だ。
「あ~~もう、デレッデレじゃない」
「・・・・・・」
「陛下。今はおやめになった方が・・・」
鼻を押さえ、くぐもったグリーンヒルの声が聞こえないのか、ウィリアムはお構い無しで、後を追って来た。
「愛し子は、ずっと眠ったまま?話とかしてないの?早く紹介してほしいなぁ」
紹介だと?
「出て行け」
「えぇ~?僕、一応お兄ちゃんだよ?」
何がお兄ちゃんだ。巫山戯るな。
「お前・・・俺の番の寝室に勝手に入り込むとは、いい度胸だな」
愛しい番の寝所に、俺以外の人間の立ち入りを、俺は許していない。
地を這う声に、ウィリアムがビシリと固まった。
「ウィリアム。これは正式な挑戦と考えていいんだな?」
この国の婚姻制度は、人種の多様性もあり、事細かな決まり事がある。
その内容は、獣人とその番に関する取り決めが中心となるのだが。
獣人の番に対する執着は、時に命に関わる為、法により手厚い保障がされている。
但し、人族と獣人の婚姻に関しては例外規定があり、別の法が適用される。
その中に、同じ人族の人物へ、想いを寄せる人族がいた場合、想い人をかけ、獣人側に戦いを挑む権利が人族に与えられる。という法がある。
戦いの内容は、普通に戦闘でもいいし、料理対決でも何でも、相手への想いの強さ、深さが証明できるなら、何でも構わない。
最終的に、誰を選ぶのか、複数婚を選ぶのかは、想いを寄せられた本人に委ねられるのだが、権利は権利だ。
ウィリアムがレンを欲しいと言うなら、堂々と挑んでくればいい。
俺は相手が誰であろうと、全力で叩き潰すのみ。
「どうなんだ?」
喉を唸らせ、獣歯を覗かせると、ウィリアムがジリジリと後ずさった。
「ご・・・ごめ・・・・ごめんよ。そんなつもりじゃ・・・」
「・・・・出ていけ」
「はッ!はいぃぃ~」
情けない声を上げて、寝室から飛び出したウィリアムだが、隣室で待ち構えていたグリーンヒルから「だから言ったでしょう!!」と説教を受ける事となった。
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