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アレクサンドル・クロムウェル

竜の遊び場2

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 薄暗いポータルから一歩表に出ると、麗らかな日差しの中に美しい庭園が広がっていた。
 散策路に沿って整えられた生垣は青々しく、そこ此処に花壇が配され、風に揺れた花弁から、柔らかな香りが運ばれてくる。

 咲き誇る花々には、蝶や蜜蜂が舞群れているのが見えた。
 森の中にひらけた青い空に、郭公やエナガの鳴き声が響き、雲雀が中天へと命の讃歌を歌い登っていく。
 毒性も攻撃性も無い、無害な生き物を間近で見るのは、何年ぶりだろうか。

 ベンチやガゼボ、所々に置かれた大理石製と見られる石像の一つとっても、人の動線を計算し尽くして配置されているようだ。
 1000年以上前に放棄され、二十数年前からは、訪れる者が誰一人として居なかった場所とは到底思えない。

「なんと美しい」
 マークは感嘆の息を吐き、ミュラーやロロシュ達も、口を開けたままキョロキョロとあたりを見回している。

「あれだな」
 ポータルから庭園を突っ切った参道の先に、白亜の殿堂が鎮座しているのが見えた。
 ポータルから神殿までの距離は、エンラの脚で10ミンだった。
ゆっくり歩いたら40~50ミンはかかるだろう。
 これほど大規模な神殿なら、街の中心となっていてもおかしくはない。其れが森の中に放置された理由は何なのだろうか。

 漸く辿り着いた神殿の前には、馬車溜まりに似た広場があり、その中央に立つドラゴンの石像は、等身大かと思う程巨大だった。

 庭園の石像も、髪の一筋々まで丁寧に掘り込まれていたが、このドラゴンの精巧さはそれを遥かに超えて、今にも空に飛び立っていきそうだ。

「嗚呼!なんて素晴らしい!!」
 マークの実家のアーチャー家は、芸術に造詣が深く、幾人もの芸術家を支援していることで有名だが、マークもその血を色濃く継いでいる様だ。

 大きな鱗に手を添え、咆哮するドラゴンを見上げる瞳は、まるで恋をしてるかのように、ウットリと潤んでいる。
 その様子を目にした若い団員の何人かが、頬を赤らめ手にした荷物を取り落としたり、中には股間を押さえて、腰の引けたぎこちない格好で、人気のない方へと走って行った者もいたが、それもうちでは見慣れた光景、ご愛嬌だ。

「また被害者が…」
「まぁ、今夜は眠れないだろうな」
「かわいそうに」
 ボソボソと囁き合う俺たちを尻目に、マークは全く気にした様子はない。
「古代の石工の腕がこれ程とは。失われた技術を再現出来ないものでしょうか」と石像を撫で回している。

 こいつは無自覚なまま、帝国中の令息達をものにするんじゃないか?
 それはそれで、マークなら上手く利用するのだろうが、恋愛絡みの嫉妬心から来る逆恨みほど怖いものはないと言う。 

 まぁ・・・俺には無縁の話だが、マークには己の美貌の破壊力を自覚してもらいたい。

「おい。芸術鑑賞は次にしろ」
 次があればだがな?

 とにかく、今の目的は別にある。
 ざっと見渡したところ、神託に出てきた泉らしきものは無い。
 前回招来されたヨシタカも泉に現れたと聴く。
 となれば、ゼノンやアガスが神託を曲解したとしても、招来の地が泉であることは間違いないだろう。
 あと泉がありそうなのは、神殿の裏手か、建物内の洗礼の間か。
 神殿周辺の捜索を団員達に任せ、俺はマークとミュラー、そして急激に馴染みつつあるロロシュと他数名を連れて、神殿内に脚を踏み入れた。

 神殿の構造は規模の大小はあれど、おおかた似通ったものだ。
 このミーネの神殿も、時代の違いによる建築様式の差はあるが、施設の配置に大きな違いはなさそうだ。

 中央の礼拝堂から、翼を広げた様に左右に建物が伸びている。
 左側に宿坊や食堂など、神官達の生活スペースがあり、右側が祈祷室や高位神官の執務室らしき公的空間となっている。

 どの部屋も広くゆったりとした作りで、扉の一枚々、柱の一本々に至るまで、精巧な彫刻がほどこされていた。
 マークは涙を流さんばかりに喜んでいたが、俺が驚いたのは別のところだ。

 厨房にヴィンター家のもの達が使っていたらしい、鍋や食器がいくつか残されていたが、それ以外では、室内に本の類や、神官の私物などは残されてはいなかった。

 私物が無いのは当然なのだが、これらの全てが、庭園と同じように風化も摩耗もせずに刻の流れを感じることもなく、今すぐにでも利用可能な状態で保たれている。
 訪れる者もなく、唯そこに美しくあるだけの空間に、物悲しさを感じてしまうのは、感傷が過ぎるだろうか。

「保存魔法でしょうか?」
 神殿内を一通り見て回った俺たちは、中央の礼拝堂に戻っていた。
 つぶやいたマークの瞳は祭壇中央にあるアウラの像に向けられている。
「人の技とは思えませんね」
「実際、人じゃあないと思うぞ」
 呆れとも感嘆とも取れる声音のミュラーにロロシュが答えた。
「それはどういう?」
 惚けたようなミュラーにロロシュが「そのままの意味だよ」と続ける。

「人の魔力じゃ千年以上、この規模の保存魔法を持続させるのは不可能だ。まぁ、巨大な魔晶石に数十人掛かりで毎日魔力を込めれば話は別でしょうけどね?」
 今の所、魔晶石は見当たらなかった。

「うむ。人でないなら何だと思う?」
 俺の問いにロロシュはかすかに鼻を蠢かせ礼拝堂を見回した。
「閣下も此処に満ちた魔力・・・気と言い直してもいいが、普段オレ達に馴染みのある、獣人の魔力とも人族の神力とも別もんだってわかるでしょ?」
「そうだな、神の加護とか?」
 さあねぇ、とロロシュは肩をすくめた。
「獣人でも人族でもない。じゃあ魔族かって言われたら、アウラ神を拝む魔族なんて話は聞いたこともない・・・・だとすれば・・・ドラゴンかな」
「クレイオスか?」
 クレイオスは帝国の創生神話で語られる、アウラ神の眷属、エンシェントドラゴンの名だ。

「どうですかねえ。一旦、創生のドラゴンは傍に置いとくとして、神の加護なんて眼にした事はないし、魔獣、魔物の類は論外。しかし魔力・神力・邪法のどれでもないと来たら、ドラゴンぐらいしか思いつかないんだよな」

 大昔の記録には、ドラゴンと人が交流を持っていたことが記されてはいるが、今はその姿を見ることは無い。
 ドラゴンも今や伝説上の生き物にすぎないのだ。

「それを調べるのは学者の仕事だろ?」
 そう嘯くロロシュに、それもそうだと頷いた。
 俺達は遺跡の発掘に来たわけじゃない。
 
 今、俺達がするべきは、愛し子が招来する泉を探すことだった。
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