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アレクサンドル・クロムウェル

ミーネの森2

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「何度も煩わせてスマンな」と村長と老爺に詫びを入れると、とんでもないと2人は揃って顔の前で手を振った。

 老爺は、歯抜けで気の抜けた話し方をするが、頭の方はいたって明瞭で、話も分かりやすく信頼できそうだ。

 老爺曰く、ザンド村ができたのがおよそ200年ほど前で、神殿の管理をしていたヴィンター家は、村が出来る以前からこの辺りに居を構えていたらしい。

 ヴィンター家の人間は薬草に詳しく、村で暮らす様になってからは、代々薬師として村人を助け、村の祭司としての役割も担っていたのだそうだ。

 ザンド村に隣接するミーネの森は、皇領である事から、基本的には立ち入りを禁じられてはいるが、薬草の採取や狩猟など、村人の日々の糧を得るための立ち入りは許されている。
 ただ村を起こす際、森の北東部の立ち入りは禁忌とされ、ヴィンター家だけが例外とされた。これは当時の皇帝直筆の公文書があり、その写しを代々の村長が引き継ぎ保管して来た。

「公文書が有るなら、当時は森になにかあると皇家も把握していたって事でしょうか?」
 とマークが首を捻っている。
「さぁな……確か何代か前の皇帝が立太子前に崩御された事があっただろう?神殿の存在が口伝だったら、その辺りで情報が途切れた可能性は有るな」
 ウィリアムがしらばっくれている可能性も無いわけじゃ無いが、態々隠す必要性も無いから、今回は白だろう。

「昔わぁ、ディアやペザンなんかも沢山おりましてぇ、薬草の他にも山菜やら木の実なんかもそりゃあ取り放題だったんですわぁ」
 但し、現在は魔物が増えた為、森へ入るのもごく浅い場所に限られているそうだ。
 成る程と頷いて、最近の魔物の被害はどうかと問うと、老爺は少し悲しげに目を伏せた。
「最近わぁ、襲われたって話は聞かんですがぁ、村の間抜けが度胸試しに森奥まで入ってぇ、ライノとかムースが出たちゅうて、逃げ帰ったとは聞いとります」
 何にせよ被害がなかったのは何よりだ。

「神殿で祭祀を行なっていた家族がいたのだな?」
「へぇ」と答えた老爺は悲しげに目を瞬いた。
「今から24.5年前の話しでぇ、ヴィンターちゅう家族が居りましてぇ、巫女ちゅうか祈祷師みたいな事をやっとりましてぇ」と老爺の話は続く。

 ヴィンター家の人間は、祈祷師と呼ばれはしたが、普段は村で薬師として生計をたてる、穏やかな一家で神殿の管理も行なっていたらしい。

 村を挙げての大きな祭祀は、年に4回だが、それ以外にも村人の求めが有ると、祈りを捧げに森に入ることもあった。

 そして、その年の秋。実りの感謝を捧げる為、一家と当時の村長が、森に入ったまま帰らぬ人となった。

 それまでヴィンター家以外の者が、禁忌の森に入った事はなかったが、当時の村長は我の強い人間で、無理やり一家について行ったのだそうだ。

 恐らく欲深だった村長が、神殿の財宝を狙っていたのではないかと、当時は言われていたのだそうだ。
 それまでヴィンター家の者たちは、長くても3.4日で村に戻っていたが、この時は5日が過ぎても誰も戻らず、禁忌に触れた村長のせいで、何か良く無い事があったのではないかと騒ぎになった。 

 いつまで経っても戻らない村長とヴィンターの家族を心配した村人達は、恐る恐る禁忌の森へと向かい、ジャイアントボアに襲われた、村長と一家の亡骸を見つけることとなった。

 その頃、魔獣を眼にする機会など無かった村人達は、ジャイアントボアを、唯の大きな猪だと勘違いして、果敢にもジャイアントボアを追い払い、その亡骸を村に持ち帰ったのだそうだ。

「ジャイアントボアと猪を間違えますかね?」
と言うマークに、俺は「見た事が無ければそんなものだろう」と答えた。

 勇敢な村人達は、亡骸を持ち帰ったが、魔獣に喰われてしまったのか、3歳になる末の子供の遺体だけは見つけられなかった。

「ヴィンターのとこの連れ合い2人と儂は、幼馴染だったんですわぁ。だから村長が余計な事をしたから、神様がお怒りになったんだちゅうて、あの頃は随分と恨みましたなぁ」
 老爺は皺深い眼に涙を滲ませた。

 森の神殿での祭祀は、ヴィンター家の相伝で、それを知るものが一度に亡くなった為、祭祀の内容どころか、神殿の位置も含め全てが失われてしまった。

 その後、村の調子に乗った若者が、禁忌の森に入った事があったが、魔獣に襲われたのか、神の怒りに触れたのか、二度と戻る事は無かったと言う。

 最後に村長と老爺に地図を見せ、禁忌の森の位置を確認すると、2人が指を滑らせた範囲はそれなりの広さだった。
 思わず「結構広いな」とこぼすと、老爺は「ヴィンターのとこのマリーが"竜の庭だから広いんだ"と言っとりましたなぁ」とフガフガと笑った。

「ここ何日かでヴィンターの事を聞かれてぇ、色々思い出しましてなぁ、懐かしいですなぁ」
 スンと鼻を鳴らした老爺は、思い出を噛み締める様に俯いた。
 しかし直ぐに「もう直ぐあっちで会えるでしょう、楽しみですわぁ」と顔をあげ歯抜けの口でニカリと笑った。



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