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アレクサンドル・クロムウェル

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 暫し肩を震わせるアガスを、冷やかに見下ろした皇帝が口を開いた。
「アガス余が許す、直れ。アレクはいい加減威嚇を納めよ。
 肩が凝って仕方がないわ」とわざとらしく肩を回した。「「御心のままに」」
 顔を上げたアガスは、こめかみがひくついてはいるが表情は平然としており、肝が据わっているのか、厚顔無恥なのかは分からなかった。
 こほっと小さく咳払いをしたアガスは「では改めてご説明申し上げます」と前置きをして話し始めた。

 神託は愛し子の招来を意味していること。
 白花月の月の出、恐らくは満月の夜に、ミーネの森に招来されると推察されること。
 そして現在の国難、ひいては大陸全土の憂いを祓い、安寧をもたらしてくれること

 語るほどにアガスの言葉は熱を帯びていく。
 そして夢見るような瞳は狂信者のそれだった。
 元々帰依する程なのだから、それなりの信仰心があるのだろうが、アガスのそれは、信仰の尊さとは別の、薄気味悪さを感じさせるものがある。

「それで?場所は森のどこだ?」
「…わかりません」
「白花月の満月まで10日もないではないか!!何処とも知れぬ場所を我等に探れというのか!?」
 アガスの無責任な言葉に噛みついたミュラーを俺は手で制した。
「ミュラーの言い分は尤もだ。何度も言うが俺たちは暇じゃない。もっとマシな情報をよこせ」
 ミュラーの剣幕に、怯んだ様子のアガスだったが、すぐに気を持ち直したようだった。
 切り替えの速さには感心するが、図太すぎて好きにはなれない。

 神託が下りた直後から、神官達は総出で神殿内の古文書を漁り、千年以上前に放棄された神殿が森の中にあるらしいと突き止めた。
 早速森の近くに在るザンド村の村長と魔通信を交わした所。その神殿と思われる所で祭祀を行なっていた一族がいたが、魔獣に襲われて血脈が途絶え、詳しい位置はわからなくなってしまった。

 しかし代々村から北東の森の立ち入りが禁じられているため、神殿があるならその辺りではないか。と話したらしい。

 ここまでの話を聞いた俺は、うんざりとして、長い溜息を吐いた。
「おそらくだの推察だのと、不確かな情報で動かせるほど帝国騎士団は易くはないぞ。そんなに愛し子が大事なら、大司教自ら迎えに行けばよかろう?」
 それは…と言葉を濁したアガスは、如何にも不本意そうに呟いた。
「わたくし達は、荒事に向いておりませんので」
「ハッ!愛し子は欲しいが魔物は怖いか⁉︎」
 意外にもアガスは素直に頷いた。
「仰る通りでございます。しかし何事も適材適所と申しますし」
 要するに、脳筋バカは剣だけ振り回してろってことか?
 面白い。受けて立とうじゃないか。
 常になく俺は好戦的な気分だった。

「確かに魔物も増えてはいる。俺たちはその討伐が仕事だ。司教殿に討伐は難しかろうが、信心深い司教殿なら神の加護もさぞ強かろう?我等の手を借りる必要は無いのでは?」
「いいえ。閣下でなくてはならないのです」
 コイツに嫌味は効かないのか?
「何故だ」
 するとアガス、はよくぞ聞いてくれたと身を乗り出した。
「御神託の樹界の王標となりて…の部分です」
 意味が分からず首を傾げると「よろしいですか?」とアガスが続ける。
「閣下の御家門の始祖は白虎だと記憶致しております。グレートベアをも一撃で倒す白虎であれば世界最強!!まさに森の王と呼ぶに相応しい!!」
 こんな奴に持ち上げられてもかけらも嬉しくない。逆に不快だ。
「であれば、樹界の王とは閣下に他なりません!!」

 三文芝居を見ているようで、げっそりして黙り込むと、アガスが意地悪く唇を歪めた。
「それに閣下なら、位置など分からなくとも獣人特有のご自慢の鼻で、簡単に愛し子を見つけ出せるでしょう?」
 安い挑発だったが、これには部下の2人が瞬時に反応した。
「閣下に対して無礼であろう。口を慎まれよ」
「黙って聞いておればペラペラと。その無駄に踊る舌を切り落としても良いのだぞ!!」
「田舎者の戯言でございますれば、お聞き流し頂きたく」
 
 激昂するミュラーと静かに威圧するマーク。
どちらも怖ろし気だが、2人に詰め寄られたアガスはどこ吹く風だ。
 しかも皇帝の言葉を引き合いに出すとは、何処までも面憎い。
 人族の中には獣人を魔獣と同じケダモノと見下す差別主義者がいるのは事実であり、どうやらアガスもその1人のようだ。

 この様子を皇帝はニヤニヤと見守るだけで、止める気はないようだ。
 隣に立つグリーヒル宰相も眼鏡を押し上げ見て見ぬ振りを貫いている。
 茶番だな
「2人とも陛下の御前だぞ。控えよ」
「しかし閣下!!」
 いいからと手を振ると、2人は渋々引き下がったが、その顔は憤懣やる方ないと物語っていた。
 躾の行き届いた部下は可愛いが、この生臭坊主はどう躾けてやるか

 そう考えた所で、大人しくなったアガスを想像して首を振った。
 どう躾けても、可愛くはならんな

「司教殿の本職は祈る事のみ。社交と相容れぬのも致し方なかろう」
 余計な欲は出さず、大人しく祈ってろ
「では陛下、情報が少なく準備に手間取りそうですので、これにて」
「いえ!!まだお話しがあります!」
 コイツ、学習能力がないのか?
「まだ何か?」自然と声が低くなった。
「わっわたくしも一緒に連れて行って頂きたい!!」

 何を言っている?荒事は苦手と言ったばかりだろうが。

「アガス司教。何の訓練も受けていない貴方に、我々との行軍は無理だ」
「わたくしはエンラに乗れます!」

 コイツはバカか?馬鹿なのか?軍用と荷引きのエンラの違いも分からんのか?!

 無理だと突っぱねれば、愛し子は国と全ての民にとって、救いであり最も尊い存在だから、神に仕える自分が迎えるのが当然だと豪語する。 

 どの口が言うか!と呆れて黙り込むと
 更に信仰とは何ぞやと、説教を捲し立てる始末だ。

 面倒になって玉座に目を向けると、苦虫を噛み潰したような顔で肘掛けを指で叩く皇帝と、苛立ちを隠すように眼鏡のレンズを布で磨くグリーンヒルが見えた。

 なるほど。これは政治だ
 神の愛し子は、権力を握るための最高の旗印であり駒になり得る。

 誰が愛し子を庇護するか。
 皇家と神殿どちらも引くことはできない。
 しかも第三、第四の勢力が関与して来る可能性もある。そうなると立場上、皇帝が神殿と表だって対立することは出来ない。

 であればこそのゼノンやアガスの物言いなのだろう。

 本当に面倒だ。
 俺のいない所で勝手にやって欲しい
 政治絡みの仕事は、10年前の一件でやり尽くしたと思いたかったが、まだ手を引けないのか?
 俺は嘆息し,もういいと手を振ってアガスを制した。
「貴方がついて来るなら止めはしない。好きにするがいい」

 アガスは喜色を浮かべたが、俺の思惑に気付いた皇帝は、口の端を意地悪く歪めて、皆に退出を命じるのだった。
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