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アレクサンドル・クロムウェル

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 クレイオス帝国・第二騎士団団長アレクサンドル・クロムウェル。
帝国の守護者、救国の英雄。
ご大層な肩書と表向きの二つ名よりも、聞こえよがしに囁かれる、戦場の悪鬼、冷酷大公の名に相応しく、苛立ちを隠さず皇宮の渡り廊下を大股で歩いている。
 肩まで伸びた髪が風に靡いて、眉間の皺を顕にしているに違いない。
不機嫌さを隠す気のない俺は、威圧を垂れ流したままだ。

 後ろに付き従う副団長のマークと主席補佐官のミュラーも、俺と同様若くはそれ以上の不機嫌さだった。
 俺たち3人から、漏れ出す不穏な空気に、すれ違う文官や侍従等の側仕え達が、何事かと振り返っている。

 運悪く、俺の執務室の前を通りかかった文官の1人が、俺と目が合うなり「ヒイィッ!」と一声発して腰を抜かしてしまった。

 確かに美丈夫で有名な、副団長のマークと違い、俺は2ミーロ越えの長身に、鍛え抜かれた分厚い筋肉に覆われた巨躯を持ち、お世辞にも、美男とは言い難い無愛想な顔をしていて、人から親しみを覚えられる容姿ではない。
おまけに貴族たちからは、陰で、悪鬼だ悪魔だのと恐れられつつ、嘲笑されているのも知っている。
 そんな俺が不機嫌さを隠しもせず、周囲に威嚇を垂れ流しているのだから
 いい年をした大人が腰を抜かすのも無理のない話だ。

 普段であれば、俺の恐ろしげな雰囲気を和らげる役割を果たしているマークも、今日ばかりは、常日頃浮かべている柔らかな微笑みが鳴りを顰め、哀れな文官に冷たい一瞥をくれただけだった。
 生真面目で礼儀正しいと評判のミュラーでさえ、邪魔だと言わんばかりに、小さく舌打ちをして扉を閉めたのだった。

「神殿の奴らときたら!」
 まったくです!と同調したミュラーも
「頭悪すぎませんか?」
 と畳み掛ける。
「身の程知らず」「役立たず」etc
 ここぞとばかりに神殿への不満を言い合う2人を放置し、ドサリとソファーの背もたれに身を預けた俺は、謁見の間での出来事を思い返した。

 皇帝からの召還を受け、急ぎ向かった謁見室は、人払いがされているらしく
 中央の玉座に座した皇帝と、その脇に立つ宰相のグリーンヒル。
 玉座のきざはしの下に、大司教のゼノン、司教のアガスが並んでいた。
 人払いした上でのこの面子、面倒ごとの予感しかしない。
 特にアガスは、平民から異例の速さで司祭に上り詰めた異才だが、何かと胡乱な噂の多い人間だ。警戒するに如くはない。

 小さく嘆息し、皇帝に向かい頭を垂れ、片膝をついた姿勢で、代表者の俺が礼法どおりの挨拶を述べた。
「帝国の偉大なる太陽にご挨拶申し上げます」
 これに皇帝も型通りの返事を返し、気怠げに脚を組んだ。
「堅苦しいのは好まん、楽にせよ」
 首肯して立ち上がると、玉座から身を乗り出した皇帝が口を開いた。
「刻がない故、簡単に済ませよう」
「アレク、お主愛し子を迎えに行け」
 おい、簡単すぎるだろ。説明!
「愛し子とは 愛し子ですか?」
 表面上静かに問うたが、こめかみに浮かんだ青筋を見た皇帝は、皮肉な笑みを浮かべただけだ。
愛し子で間違い無いぞ?神殿に神託が降りたのだ、詳しくはそこのゼノンに聴くが良い」
 皇帝にクイっと顎で示された大司教のゼノンが一歩前に出た。
「帝国の守護者、クロムウェル閣下にご挨拶申し上げます」
「前置きはいい、陛下は刻がないと仰られた。用件を話せ」
 ゼノンは口の端をヒクリと震わせたが、
 すぐに作り物めいた、完璧な笑顔の仮面を被って見せた。
 相変わらず、胡散臭い爺いだ
「では」
 と小さく咳払いをしたゼノンが語り出す。


  白花の月輝ける刻
  愛し子 湧き出ずる泉となりて
  ミーネの森 竜と戯る
  我 愛し子と共にありて
  慈愛と平安をもたらさん
  
  蒼き森深く 緑海を行く
  愛し子 幾多りの献身と
  安寧を与えん
  樹界の王 その標となりて
  いにしえの契約となす

 歌うように朗々と神託を告げたゼノンは
 どうだと言わんばかりだ。

「それで?」
「・・・? それでとは?」
 コイツわざとか?
 爺いに小首を傾げられても、薄気味悪くて鳥肌が立つだけだ。
 信託はいつだって曖昧だ。
 解釈も人によって異なり、神官達によって曲解や捏造が無いとは言い切れない。
 ましてや、ここ数年、神の言葉が降りる事はなく、今の神官達は神に認められていないのではないかとさえ囁かれていた。
 神殿側とすれば自分達の地盤の強化に、久方ぶりの信託を、最大限利用する腹積りに違いない。

 ゼノンが語るであろう解釈も、真実は話半分・・・いや三割程度か?
それ以前に、ゼノンが意気揚々と語った神託自体が捏造された可能性だってある。

「知っての通り、俺たちも暇じゃない。要点を端的に願おうか」

 神の使いだか代弁者か知らんが、地位だけで、相手が無条件に心酔すると思うなよ?
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