我,帰還セントス

トリニク

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第二章

第二十三話

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マルは現在,変化ムータティオという魔法でリザードマンの姿に化け,時空の裂け目を探す旅をしている。遠くにいってしまった親友の願いを叶えるために。



ここ一か月の旅でいろんな人(主に店の店主やごろつき,食事の場で知り合った人々)に話を聞き,わかったことが2つある。

一つはこの世界について。

この世界では4つの種族がそれぞれの国を作り,生活圏を分けて暮らしている。

リザードマンの国:王国『マーズ』,オークの国:帝国『ヴィーナス』,エルフの国:賢者の森『ジュピター』,そして,魚人の国:海底王国『マーキュリー』。

国家間の仲はそれほど良いわけではないらしく,国家間の行き来ができるのはそれぞれの国の貴族と国に特別に認可された交易商人だけで,特別な日を除いて,国境を超えるような市民の移動は認められていないそうだ。

二つ目は魔法について。

魔法には火の魔法,土の魔法,風の魔法,水の魔法の4種類がある。稀にそれ以外の特殊な魔法が使えるものもいるらしい。

リザードマンは火の魔法,オークは土の魔法,エルフは風の魔法,魚人は水の魔法に適性があることがほとんどだそうで,9割以上の人は魔法が使えるそうだ。

魔法は基本的に一人一種類しか使えず,二種類,三種類の魔法が使えるものはごく少数であり,四種類全部の魔法が使えるものに至ってはこの世に一人しかいないらしい。『狂英雄』と呼ばれるその人物は,帝国ヴィーナスの軍人らしく,十数年前から消息不明になっているそうだ。

ちなみに,アルフレートに,あんたの魔法は特殊な魔法ってことか?と尋ねた際,アルフレートは正確にはちょっと違うと答えていた。何でも魔人が使う魔法と,4種族が使う魔法は発動する仕組みが違うのだそうだ。

魔人の魔法は自身の魔力を用いて直接自身や他者に影響を及ぼすものだが,4種族の魔法は空気中の魔力を媒体として魔法を発動しているらしい。

何でそんな違いがあるんだ?と尋ねたら,アルフレートは分からない,私が鉱石になる前はそもそも4種族は魔法を使えなかったと答えていた。



肝心の時空の裂け目についてだが,それに関する有力な情報は未だ得られていない。

人間の存在を知るヒトとすら出会っていない。

恐らく市民には情報が隠されているのだろう。どういう目的でかは知らないが。







ハァ,ハァ・・・



「た,頼む。いのちだけは・・・命だけは助けてくれ・・・。」



ロングソードの切っ先を喉元に突き付けられ,リーダー格の男は尻餅をついてマルを見上げている。

折れたサーベルが男の手の近くに散らばっており,彼以外の4人はみな地面に伏している。



「・・・もともと命まで取ろうとは思っちゃいねぇよ。皆峰うちで気を失ってるだけだしな。」



よく見ると,マルのロングソードは両刃共に切れ刃が付いていない。どちらとも刃裏のように平らになっている。



「だが,無事に返そうとも思っちゃいねぇ。今からする俺の質問に答えろ。」



「あ,ああ分かった。俺の知ってることなら何でも答える。」



「・・・。」



マルは,男の目をじっと見つめる。



何度か見た覚えのある怯え切った目だ。嘘はつかないだろう。



「まずは一つ目の質問だ。時空の裂け目について,何か知ってることはないか?」



「じくうの,さけめ?」



男は,何を言っているのか分からないというような顔でマルの言葉を繰り返す。



(やっぱり,そうなるのか・・・。)



「異世界と通じる場所のことだ。」



「・・・おとぎ話のことか?ああいや,申し訳ない。馬鹿にしてるわけじゃあないんだ。ただ,そんなもんがあるなんて聞いたことが無くって・・・。」



必死に取り繕おうとする男。

そんな男の発言に見切りをつけ,マルはさっさと二つ目の質問をする。



「二つ目の質問だ。人間─頭にだけ毛が生えていて,衣服をまとった猿のような生き物について,何か心当たりはないか?」



「・・・頭にだけ毛が生えていて,衣服をまとった猿のような生き物についてか?」



「ああ,猿のような生き物についてだ。」



男は,しばらく考える素振りをする。



「・・・なぞなぞか?」



その発言に,マルはちょっぴりしんどくなる。



「どうやら,知らないようだな。」



「ああ,すまん。そんな生き物の話は生まれてこのかた聞いたことがない。」



「・・・そうか。」



─・・・ガッカリしてるのか?マル君。



ふいにアルフレートが声を掛けてくる。



(まさか。・・・最初から期待なんてしてなかった。ダメもとで尋ねてみただけさ。次の質問が本題だしな。)



そんな風にアルフレートに応答し,マルは再び男に質問する。



「分かった。それじゃあ最後の質問だ。大集落サティンの長,『ペリドット=パラス』って人の屋敷が,この山を越えたところにあるよな?」



「ああ,そのとおりだが。・・・っ!!?アンタまさかッ,ペリドットの使用人かっ!?」



「いや,違う。むしろその逆だ。・・・ペリドットは今,病床に伏してて,王都の病院にいるって話だよな?」



男は,マルの発言を訝しみながらも口を開く。



「ああ,そのはずだ。今パラス家の屋敷にいるのは,ペリドットの一人娘と何人かの使用人だけだと聞いている。」



「ペリドットは,その一人娘の為なら何でもすると思うか?」



「・・・あんたまさか,一人娘を誘拐でもする気か?」



「質問に答えろ。」



「あ,ああすまん。ペリドットは他人には冷たい人だが,自分の家族には愛情深いことで有名だ。恐らく一人娘の為なら何でもすると思う。でも,悪いことは言わねぇ。娘に手を出すのはやめておけ。あの屋敷には,凄腕の護衛が雇われてる。『アルカナ』っていう魚人だ。俺の知り合いが仲間を30人集めて,仲間の仇討ちと金品の略奪をするために押し入ったことがあったんだが,一人残らず殺されちまった。一週間ペリドットの屋敷の前で晒し首にされてて,それを見に行ったときに近くにいたパラス家の使用人が,『こいつら全員,「片目」のアルカナが一人でやっつけちゃったんだよ。』って言ってやがったんだ。30人を一人でだぞ?しかもそのとき,屋敷の二階の窓ごしにアルカナらしき右目に傷のある魚人を見かけたんだが,そいつは無傷でピンピンしてやがった。あの女は化け物過ぎる。いくらあんたが強いといっても,唯では済まないと思う。」



「・・・そうか,忠告ありがとな。ちなみにアルカナは何の魔法を使うんだ?」



「分からねぇ。アルカナと戦って生き残った奴が,俺の周りにはいねぇから。・・・でも魚人だから,多分水の魔法は使えると思う。」



「アルカナの他に護衛はいるのか?」



「分からねぇ。少なくとも俺は聞いたことがねぇ。だが,屋敷の使用人に成れる奴は大体戦闘の訓練を受けたことのある奴らだ。まぁ,戦闘の訓練を受けたと言っても,戦闘能力は俺たちとさほど変わらないとは思うがな。」



「一人娘の部屋が屋敷のどこらへんにあるのかは?」



「それも知らねぇ。でも屋敷は二階建てだし,大事な人の部屋は玄関から離れた場所に設置すると思うから,二階のどこかにあるんじゃねぇのか?」



「・・・そうか。聞きたいことは以上だ。いろいろと教えてくれてありがとよ。」



「ああ。・・・なぁ,素直に質問に答えたんだ。命だけは助けてくれるんだよなぁ?」



男の言葉に,マルは淡々と答える。



「もちろんさ。最初から言ってるだろ,命を取る気はねぇって。─解除アブリアクト



男の目の前で,ロングソードだったマルの両腕が元に戻る。



男は,ホッと肩をなでおろした。



「・・・さてと。あんた確か,宝石をどこで手に入れたか知りたがってたよなぁ。」



「あ,ああ。そうだな。」



「いまから教えてやるよ。」



「えっ,いいのか!?そんな貴重なこと・・・」



マルは,リーダー格の男に背を向け,地面に伏している大柄のリザードマンに近づいていく。



リーダー格の男は,何をするつもりなのかとマルの行動を見つめている。



マルは,大柄のリザードマンの側にしゃがむと,大柄のリザードマンの頭に手を当てる。



─やるんだね,マル君。



アルフレートは,楽しそうにそんなことを言う。



(ああ,情報漏洩は阻止しないとだからな。)



マルは,淡々とそう答え,



「─鉱石化ミネラルシア



そう呟いた。



その瞬間,リザードマンの身体が,赤い光に包まれ,収縮していき,大きめの赤いルビーへと変わった。



「・・・あ,あがが」



あまりに衝撃的な光景に,リーダー格の男は腰が抜け,開いた口がふさがらない。



マルは,そんな彼を尻目に,他の三人にも続けていく。



鉱石化ミネラルシア。・・・鉱石化ミネラルシア。・・・鉱石化ミネラルシア。」



最後にリーダー格の男の一番近くで気絶していた男を宝石に変えたマルは,ゆっくりとリーダー格の男の方を向く。



「さて,それじゃああんたも・・・」



「あがががっ・・・」



身体をぶるぶる震わせつつ,男はその場から逃げようとする。しかし,身体が思うように言うことを聞かない。足に,腕に,力が入らない。



「あがっ,あがっ」



腰が引けて立ち上がることもできない。

その場で恐れおののきながら,近づいてくるマルから逃れようと尻餅をついたまま後ずさる。何度も体勢を崩しながら後ずさる。

その様は,その表情は,まるで北極で白熊に襲われているかのようだ。

そんな彼の元に,マルは無慈悲にゆっくりと近づいていき,



「あ,ああっ」



マルの右手がゆっくりと,



「あっ,あっ」



男の額めがけて,伸びていった。
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