【占星術師の宇宙論】

荒雲ニンザ

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第23話 時を止めた宇宙

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 キッチンからマリア=エリー=レラがエカテリナを呼ぶ声がする。

「じゃあ、みんな順番にシャワーを浴びてね。その間にご飯を作ってしまうから」
「ありがとうございます」

 昼にオデッセフスの料理を食べたが、悪くはなかった。人工的な味であることは確かだったが、未知の味ではなかった。家庭料理ともなければもっと柔らかい風味であろうし、アズはエカテリナの作る料理をとても楽しみにしていた。
 ゾイスに荷物を受け渡し、キッチンの中を覗いていてると声をかけられる。

「アズ、客間のシーツを張るのを手伝って」
「了解!」

 二人で二階に上がっていくと、彼は折りたたんだシーツを四枚アズに手渡し、一人で先に進もうとした。

「ちょっと待ってて、毛布足りないから出してくる」
「え」
「ん?」
「シーツ四枚しかないよ」
「ああ、僕は自分の部屋で寝るから……」

 そこでアズはため息をつく。

「ゾイス、絶対ハリに怒られる」

 それからアズはハリの口調を真似て。

「ゾイスー! そりゃねえだろお! せっかくみんなで一泊できるってのに、一人で寝る気かよお!」

 それを聞いたゾイスは吹き出した。

「似てる……!」
「あははは!」

 笑う二人のすぐ横の窓から、逆さまになったハリが顔を出す。

「そうだぞお!! 今日はオールナイトでピロートークしちゃおうって決めてんのに、水さすなよゾイスー!!」
「うわっ!!」
「ビックリした!! 何てとこから顔出すの!!」
「屋根にいるって言ったじゃんよ。外まで笑い声聞こえてきたぞ」

 そうだった。アズは妙なモノマネをした手前、ハリに作り笑いを向ける。
 ゾイスは考え直した様子で、二人に頷いた。

「そうだね。せっかくの日だ、大切にしよう。初めての日は一度しかない」
「ヤッターい!」

 窓の外でハリが喜び、そのまま上へ引っ込んでいく。

「じゃあアズ、奥の部屋で待ってて。もう一枚シーツ取ってくる」
「分かった」

 ゾイスはそう言って階段を降りて行ったので、アズは指定された部屋へと向かう。しかし突き当たりには廊下を挟んで扉が三つあり、アズはその前で足を止めてしまった。

「どれだろう……」

 天と地、昼と夜、白と黒、どれも二つなはずなのに、おお、ここには三つの扉が待ち構えている。
 とりあえず一つを選んで少し開けて中を覗いてみると、そこには宇宙そらが広がっていた。
 壁一面に貼られた天体図、スケッチ、模型、何かの砂や土、岩、植物や虫を乾燥させた標本、水晶やアストロラーベまである。

「わあ……」

 そこら中に天高く積み上げられた本は誰かさんの部屋に似ていて、アズは思わず引き込まれるようにして一歩を踏み入れた。

「すごい……知識の倉庫だ……」

 シーツを手にして戻ってきたゾイスがアズの後ろ姿を目に入れ、鋭く息を呑む。

「アズ……! その部屋じゃない!」

 その声で振り返ったアズは、ゾイスの複雑な顔色に何かまずいことをしてしまったと悟った。

「あ……ごめん、ドアが三つあったから、分からなくて適当に開けちゃって……」

 きちんと説明をしなかったゾイスにも非がある。彼は理論的なので、自分でそれを分かっていた。

「……いや、僕がいけなかった。大きな声を出してごめん、驚かせたよね」

 目の前にいるアズの眉が下がっているのに気がついたゾイスは、一度部屋の中に視線を移した。

「ここはね、父さんの研究室なんだ」

 ゾイスが子供の頃に亡くなったという、その人。

「……ごめん、そんな大切な場所に勝手に入り込んじゃった……」
「アズは招かれたのかも」

 理論的な彼らしからぬ台詞だ。ゾイスを見ると、ちょっぴり切なく微笑んだ。

「アストロラーベがあったよ。お父さんは占星術師だったの……?」
「いいや。ただ、星はよく見てた。研究としてね」
「研究って……?」
「コズモロギア」

 アズは息を呑んだ。

「もしかして……クセノフォン博士って……」
「そう、僕の父さん」

 アズが言葉を失っていると、階下から声が響いた。

「ゾイスぅぅぅぅ助けテェぇぇぇ!!」

 アレキのようだ。

「アレキの声だね? どうしたんだろう」

 慌てて二人が降りていくと、風呂場に続くドアからアレキが顔を出していた。

「どうしたの……って、うわっ!!」

 ゾイスが慌てて後ろを向き、アズを止める。

「どうしたの?」
「ダメダメ、見ちゃダメ」

 その背後には、バスタオルを胸で引っ掛けたアレキがドアの隙間から顔を出していた。

「ごめん! そういやアタシ、泊まる予定もなくこっち来ちゃったから、着替えとか何も持って来てないんだった! ゾイス洋服貸して!」
「わ、分かったから、中で待ってて!」

 バタンとドアの閉まる音で、彼は脱力する。アズが苦笑いした。

「ゾイス、今日は大忙しな日だね……」
「ははっ、楽しい一日だよ、全く……」

 それからハリを屋根から呼び戻し、彼が煤を流している間に、アレキと共にシーツを整える。

「ここでみんなと雑魚寝しちゃうんでしょ!? チョーチョーチョーオオオ楽しみなんですけど!!」

 アレキは手伝うと言うより邪魔をしているに近かったが、それでもマットレスとシーツはセッティングできた。
 そうこうしているうち、夕食ができたらしい。下から呼ばれて三人は顔を上げる。

「空調が良くなってて全然分からなかった」
「ちょっと細工した! 今度フィルタ取り換えに来てあげる! もっとよくなるよ!」
「助かる……本当感謝だよ」
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