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第22話 エクフィリズモス
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軽口ばかり言う友達を残し、街へ向かう。
アズはゾイスと共に彼の自宅を出ると、出るなりスチームの風に煽られて段差でよろめいた。
「うぷっ、この街の匂いは好きに慣れそうにないよ……」
「僕も同じだ。空気が悪すぎて室内の空調を常に気をつけてるくらいだし、母さんは呼吸器系が悪いから気を使うよ。アレキが手を入れてくれて本当に助かった」
「お母さんは何のご病気なの?」
「それがよく分からないんだ。色々な医者に診てもらったんだけどね、ずっと体調が悪くて」
「そうなんだ……ゾイス一人で不安だね」
「でも今日みんな来てくれて、嬉しそうに笑ってるのを見れたから、本当に救われたよ。ありがとう」
「お礼を言うのはこちらの方だよ。アストロラーベの謎も解いてもらったし、宿泊先も提供してもらったし、むちゃくちゃ助かっちゃった」
「そんな大したことしてないよ。それに、みんなで泊まるとか楽しそうだなと思っただけだし」
「うん、楽しみ!」
そう笑ったアズが一瞬女の子に見え、ゾイスは驚いて視線を外した。
アズは中性だから仕方がない。容姿や体型は性別の中間で、言動行動も含めてどれも二つの間にいる。そのどちらか一方に見えてしまう瞬間はあるのだから、早いところそれに慣れなくては。
半ば動揺した自分を切り替えるように、ゾイスから話を振る。
「そう言えば、おじいさんを探してるって言ってたけど……」
「うん、でも見つからないんだよなあ。ここまでの話をおばあちゃんに伝えてもらいたいのに、動物が見当たらない」
二十分程歩くとマーケットが見えて来た。
細い路地に無数に並列された屋台が、機械に囲まれた雑多な雰囲気とよくマッチしている。
「わあ……見たことない物がいっぱいだ」
「加工品は見たことないかもしれないけど、素材は同じもののはずだから、ほら、これとか分かるよね?」
「……マルーリ?」
「リ? って上がるのか」
ゾイスは笑っている。
「すごい小さいし、四角いし、色も黄色いから、リ? ってなるんだよ」
「君の想像してるそれ、マルーリ?」
「マルーリ」
二人で笑い合っていると、アズが背後から妙な男に押されて転びそうになった。
「邪魔だ! エクフィリズモスがここに入るんじゃねえ!」
久しぶりに面と向かって言われた。アズは口をへの字に曲げたが、言い返さずにその場を去ろうとする。
だがそんなアズとは対照的に、逆にゾイスがその男性に向かって行くので、驚いて振り返ってしまった。
「僕はこの街に住んでいる。この街は自然の民が知識人となって作った街だ。エクフィリズモスがいてもらっては困る」
その言葉を男性に投げつけ、アズの手を引いた。
「行こう。他で買い物すればいい」
アズはまたあの感覚を味わい、焦燥感に駆られて嫌な汗を流してしまう。
やばい、やばい、やばい。
耳まで赤くなりながら何度も繰り返し、嗚呼と逃げ出したくなる。
「ゾイス、大丈夫。ありがとう……」
ゾイスは雑居ビルの壁際で止まると、背を向けて俯いたままアズの手を離した。
「ごめん」
「謝らないでよ。ゾイスは何も悪いことしてないよ」
「……ああいう奴らがいるのを分かってたのに、不用意に君を街の中に連れて来てしまった」
「ゾイスのせいじゃないよ。早く必要な物を買って戻ろう?」
「そうだね……」
小さくゾイスのため息が聞こえた。
「アズ」
「ん?」
「この状況を変えなくてはいけない」
オデッセフスの驕りをへし折り、ジノヴィオスへの差別をやめさせること。それは水時計の上下を変えることに繋がる。
彼は魔法を守るわけでも、ジノヴィオスを守るわけでもなかったが、今の環境を変えたいと切に願った。
「……うん。そうだね。本当にそうだ」
そうしてお互いの目的が徐々に擦り合わせられ、彼らは同じ方向を向き始めるのだ。
ゾイスの家に戻ると、ハリが屋根の上から手を降ってきた。
「おっかえりーい! 何かいいもんあったかー?」
ゾイスが品物の入った袋を持ち上げて見せる。
「ジュースを買ってきた。アレキと一緒に煙突を見てくれてるんだね、ありがとう!」
「オレはアレキをここまでおぶってきただけで何もしてねー!」
「アレキは?」
「煙突の中潜って行っちまった。ありゃ出てきたら大変なことになってんぞ」
ゾイスがアズに視線を戻す。
「先にみんなシャワーだね」
ドアを開けて中に入ると、修理で空気の循環が良くなったせいか、室内がスッキリしたように感じられる。
「ああ、こんなに違うのか。良かった、これで母さんも少しは楽になる」
その音でキッチンにいたエカテリナが居間に戻ってきた。
「ゾイス? アズちゃんもおかえりなさい。ありがとうね、重かったでしょう」
ちゃん付けされても、エカテリナの場合は修正する必要がない。彼女は全員に対してちゃんづけであったので、アズはそのまま受け入れて笑い返す。
「私がついて行っても、あんまり役に立たなかったかな。重いものはゾイスが持ってくれてて、何だか単に遊びについていっちゃった感じです」
「ごめんなさいね、私ができればいいのだけれど……」
「泊めてもらえるのに、やってもらったら申し訳ない!」
そのすぐ後に扉がもう一度開かれ、真っ黒なアレキと、その煤を顔に擦り付けられたハリが文句を言いながら戻ってきた。
「どーしてお前はこういうことをするんだよ!」
「重いとか言うからでしょーがっ!」
「それなりの重さのものを勢いよく持ち上げるのにはかけ声がいるだろお!? よいしょおおおみたいなノリでつい出ちゃっただけだから仕方ないじゃんーっ!?」
「フォローにもなってないし!?」
エカテリナはニコニコ笑いながら二人を出迎える。
「あらあら、二人とも真っ黒ね。ありがとう、大変だったでしょう。煙突の修理が終わったなら、もう火を焚いても平気ね。先にシャワーを浴びてらっしゃい」
「はーい! アタシ先制攻撃ーっ! ダダダ!」
「あっ、ズリィぞ!!」
「ちょっと!! アタシが出てくるまで、ハリは外に立ってなさいよ! 部屋が汚れちゃう!」
「極悪非道すぎじゃんお前!?」
ゾイスが二人の間に入り、ハリを宥めた。
「ハリごめん、ウチにはシャワーが一つしかないんだ。そこに腰掛けてていいから、ちょっと待ってて」
「くそーっ、アレキの奴め。いーよ、外で待ってるから、あいつが出てきたら呼んで」
「外でいいの?」
「いーのいーの、屋根に登ってアズのじいちゃん探してるわ」
アズはゾイスと共に彼の自宅を出ると、出るなりスチームの風に煽られて段差でよろめいた。
「うぷっ、この街の匂いは好きに慣れそうにないよ……」
「僕も同じだ。空気が悪すぎて室内の空調を常に気をつけてるくらいだし、母さんは呼吸器系が悪いから気を使うよ。アレキが手を入れてくれて本当に助かった」
「お母さんは何のご病気なの?」
「それがよく分からないんだ。色々な医者に診てもらったんだけどね、ずっと体調が悪くて」
「そうなんだ……ゾイス一人で不安だね」
「でも今日みんな来てくれて、嬉しそうに笑ってるのを見れたから、本当に救われたよ。ありがとう」
「お礼を言うのはこちらの方だよ。アストロラーベの謎も解いてもらったし、宿泊先も提供してもらったし、むちゃくちゃ助かっちゃった」
「そんな大したことしてないよ。それに、みんなで泊まるとか楽しそうだなと思っただけだし」
「うん、楽しみ!」
そう笑ったアズが一瞬女の子に見え、ゾイスは驚いて視線を外した。
アズは中性だから仕方がない。容姿や体型は性別の中間で、言動行動も含めてどれも二つの間にいる。そのどちらか一方に見えてしまう瞬間はあるのだから、早いところそれに慣れなくては。
半ば動揺した自分を切り替えるように、ゾイスから話を振る。
「そう言えば、おじいさんを探してるって言ってたけど……」
「うん、でも見つからないんだよなあ。ここまでの話をおばあちゃんに伝えてもらいたいのに、動物が見当たらない」
二十分程歩くとマーケットが見えて来た。
細い路地に無数に並列された屋台が、機械に囲まれた雑多な雰囲気とよくマッチしている。
「わあ……見たことない物がいっぱいだ」
「加工品は見たことないかもしれないけど、素材は同じもののはずだから、ほら、これとか分かるよね?」
「……マルーリ?」
「リ? って上がるのか」
ゾイスは笑っている。
「すごい小さいし、四角いし、色も黄色いから、リ? ってなるんだよ」
「君の想像してるそれ、マルーリ?」
「マルーリ」
二人で笑い合っていると、アズが背後から妙な男に押されて転びそうになった。
「邪魔だ! エクフィリズモスがここに入るんじゃねえ!」
久しぶりに面と向かって言われた。アズは口をへの字に曲げたが、言い返さずにその場を去ろうとする。
だがそんなアズとは対照的に、逆にゾイスがその男性に向かって行くので、驚いて振り返ってしまった。
「僕はこの街に住んでいる。この街は自然の民が知識人となって作った街だ。エクフィリズモスがいてもらっては困る」
その言葉を男性に投げつけ、アズの手を引いた。
「行こう。他で買い物すればいい」
アズはまたあの感覚を味わい、焦燥感に駆られて嫌な汗を流してしまう。
やばい、やばい、やばい。
耳まで赤くなりながら何度も繰り返し、嗚呼と逃げ出したくなる。
「ゾイス、大丈夫。ありがとう……」
ゾイスは雑居ビルの壁際で止まると、背を向けて俯いたままアズの手を離した。
「ごめん」
「謝らないでよ。ゾイスは何も悪いことしてないよ」
「……ああいう奴らがいるのを分かってたのに、不用意に君を街の中に連れて来てしまった」
「ゾイスのせいじゃないよ。早く必要な物を買って戻ろう?」
「そうだね……」
小さくゾイスのため息が聞こえた。
「アズ」
「ん?」
「この状況を変えなくてはいけない」
オデッセフスの驕りをへし折り、ジノヴィオスへの差別をやめさせること。それは水時計の上下を変えることに繋がる。
彼は魔法を守るわけでも、ジノヴィオスを守るわけでもなかったが、今の環境を変えたいと切に願った。
「……うん。そうだね。本当にそうだ」
そうしてお互いの目的が徐々に擦り合わせられ、彼らは同じ方向を向き始めるのだ。
ゾイスの家に戻ると、ハリが屋根の上から手を降ってきた。
「おっかえりーい! 何かいいもんあったかー?」
ゾイスが品物の入った袋を持ち上げて見せる。
「ジュースを買ってきた。アレキと一緒に煙突を見てくれてるんだね、ありがとう!」
「オレはアレキをここまでおぶってきただけで何もしてねー!」
「アレキは?」
「煙突の中潜って行っちまった。ありゃ出てきたら大変なことになってんぞ」
ゾイスがアズに視線を戻す。
「先にみんなシャワーだね」
ドアを開けて中に入ると、修理で空気の循環が良くなったせいか、室内がスッキリしたように感じられる。
「ああ、こんなに違うのか。良かった、これで母さんも少しは楽になる」
その音でキッチンにいたエカテリナが居間に戻ってきた。
「ゾイス? アズちゃんもおかえりなさい。ありがとうね、重かったでしょう」
ちゃん付けされても、エカテリナの場合は修正する必要がない。彼女は全員に対してちゃんづけであったので、アズはそのまま受け入れて笑い返す。
「私がついて行っても、あんまり役に立たなかったかな。重いものはゾイスが持ってくれてて、何だか単に遊びについていっちゃった感じです」
「ごめんなさいね、私ができればいいのだけれど……」
「泊めてもらえるのに、やってもらったら申し訳ない!」
そのすぐ後に扉がもう一度開かれ、真っ黒なアレキと、その煤を顔に擦り付けられたハリが文句を言いながら戻ってきた。
「どーしてお前はこういうことをするんだよ!」
「重いとか言うからでしょーがっ!」
「それなりの重さのものを勢いよく持ち上げるのにはかけ声がいるだろお!? よいしょおおおみたいなノリでつい出ちゃっただけだから仕方ないじゃんーっ!?」
「フォローにもなってないし!?」
エカテリナはニコニコ笑いながら二人を出迎える。
「あらあら、二人とも真っ黒ね。ありがとう、大変だったでしょう。煙突の修理が終わったなら、もう火を焚いても平気ね。先にシャワーを浴びてらっしゃい」
「はーい! アタシ先制攻撃ーっ! ダダダ!」
「あっ、ズリィぞ!!」
「ちょっと!! アタシが出てくるまで、ハリは外に立ってなさいよ! 部屋が汚れちゃう!」
「極悪非道すぎじゃんお前!?」
ゾイスが二人の間に入り、ハリを宥めた。
「ハリごめん、ウチにはシャワーが一つしかないんだ。そこに腰掛けてていいから、ちょっと待ってて」
「くそーっ、アレキの奴め。いーよ、外で待ってるから、あいつが出てきたら呼んで」
「外でいいの?」
「いーのいーの、屋根に登ってアズのじいちゃん探してるわ」
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