【占星術師の宇宙論】

荒雲ニンザ

文字の大きさ
上 下
19 / 42

第19話 理論を組み立てる

しおりを挟む
 マリア=エリー=レラが付け加えて話し始める。

「昨日試しに占星術師の契約の儀式をしてみたのよ。でも全然ダメ。アズの家族も理由が分からないってなって」
「それで今日、こっち来たんだよ。アレキがアストロラーベ作っただろ? 技術者なら何か分かることがあるんじゃないかって、来てみたものの……」
「なんもなかった!」

 ハリが飲み干したカップをトレイに乗せるのを視線で追い、ゾイスは思考を巡らせた。
 アズはその彼に問いかける。

「どう? 私たちは完全に行き詰まっちゃって、この先どう動いていいかも分からなくなってるんだけど……何か、何でもいいんだ、きっかけみたいなものでもいいから、感じたこととかない?」
「最終的なことまでは見えていない。そこに行く前にまず検証が必要だ」
「検証?」
「アズ、君の話をまとめると、君たちは君たちの世界の基本的なルールを忘れてしまっているように見える」
「え……? 私たちの世界……って、ジノヴィオス信仰ってこと?」
「そう。魔法ありきの信仰なのに、魔法の存在を無視してしまっている」
「ええ? そんなことないと思うけど……どういうこと?」
「君は最初からずっと、星に導かれていたんじゃないかな」

 アズたち三人は目を見開いた。

「まず、クレプシドラについては置いておこう。先に、君が一番困っていることからだ」
「アストロラーベが言うことを聞かない……?」
「それだが、ジノヴィオスと交信したものの、君は交信ができないと言っていた」
「うん」
「ニュンペーの証言によると、ジノヴィオス信仰がいなくなると魔法の力が失われてしまう。すでにこの星は、その状態にあるんじゃないか?」
「……あ……え?」

 アズは何かの真髄に近づいた感覚で戸惑っている。

「君は気づかないうちに、すでにジノヴィオスと契約してしまっているんだ。アストロラーベが平面球形から球体に変形しているのがその証拠だよ。だが、世界がオデッセフ信仰の力を強めている今、魔法の力が安定しない。維持できず、途中で消えてしまっているんだろう」
「あっ……!」
「そ、そうか!」
「それで!」

 三人が繋がった。
 アズが興奮気味に言う。

「じゃあ、アストロラーベはおかしくないんだ! ジノヴィオス様もちゃんと交信してくれている……、足りないのは魔法の力、信仰か!」
「そういうことになると思うよ」
「ゾイスー!! 君はなんてすごいんだ!!」

 思わず身を乗り出し、アズはゾイスの手を取った。

「ああああー!!」

 アレキの悲鳴が部屋にこだまする。

「ダメダメ! 不純異性交遊!!」

 マリア=エリー=レラが呆れて言った。

「それアンタのパパが言ってた」
「ダメェ! アズにゃんの手を握っていいのは女の子だけなの!」

 ハリがツッコむ。

「どう見ても今のはアズから行ったよな」
「行った」

 ゾイスはアレキを落ち着かせようと手を前に出して揺らし、何とか制止させる。

「もう一つ。最初に置いておいたクレプシドラについてだけど」
「うん」
「『ひっくり返す』の意味がよく分からない」
「私たちもそれでつまずいてた」

 アレキが首を傾げる。

「『裏返し』『世界を震撼させる』『水時計を回転させる』こんなとこ?」

 ゾイスはアズたちに聞く。

「コズモロギアは知ってる?」
「うん。そっちと同じかどうかは分からないけど……。宇宙論はジノヴィオス信仰にも存在してる」
「コズモロギア。星を作ろうとした二神が、宇宙の成り立ちを人に決めさせようとする試みのこと」
「同じだ」
「オデッセフス信仰は、これを論じるために、神話、主教、哲学、神学、そして科学を用いて話を組み立てているんだ」
「全然分からん」

 ハリが腕を組んでそう呟いたが、それはまあ置いておき。

「この宇宙論を『ひっくり返す』に当てはめた時……」

 そう言いながらゾイスは机の横にある本の束に手を伸ばし、分厚くて大きな書物を引っ張り上げた。
 そしてたくさんのしおりの中から一つを選ぶと、そのページを開いて床に置く。
 そこには無限の形を模した水時計が描かれており、水時計の中には、上に自らが回転する星、下に周囲が回転する星が入れられていた。

「これは……?」
「コズモロギア」
「は?」
「オデッセフス信仰が考えるコズモロギアは上。ジノヴィオス信仰が考えるコズモロギアは下。だが本当は、二神が我々に課せたコズモロギアは、この上下をあわせた水時計の部分」

「なにこれ、こんなの見たことないわ」

 マリア=エリー=レラが不服そうな顔をすると、ゾイスは続ける。

「これを考えた人はクセノフォンという博士。学会にこれを提出する前に不慮の事故で亡くなってしまったから世に出てないけど、この博士の唱えているコズモロギアに当てはめたら、『ひっくり返す』は可能になる」

 アレキが本を見ながら首を左右に傾けて言った。

「確かに、これならひっくり返せるけど……」

 ゾイスはアズに向き直る。

「アズ、僕は初めに言ったよね。君は気づかないうちに、すでにジノヴィオスと契約してしまっていると。その時、君は星に聞いたはずだ」

 契約の言葉。
 アズはあの泉での出来事を思い出し、ゾイスの美しいアースアイズを見つめる。

「……星よ導きたまえ……」

 その瞬間、床に置いてあったアストロラーベから光が溢れ出し、室内を真っ白に染め上げた。

「うわわわ……!? 何だ!?」
「見て! アズのアストロラーベが!」

 それはゆっくりと回転しながら平面を崩していき、立体の球を模ってゆく。あの日泉で見た光景が目の前に広がり、アズはため息をついた。

「そうか……ジノヴィオス様は、私たちをここに呼んだ……」

 すでにアズは導かれ、星の元に辿り着いていたのである。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

なろう380000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす

大森天呑
ファンタジー
〜 報酬は未定・リスクは不明? のんきな雇われ勇者は旅の日々を送る 〜 魔獣や魔物を討伐する専門のハンター『破邪』として遍歴修行の旅を続けていた青年、ライノ・クライスは、ある日ふたりの大精霊と出会った。 大精霊は、この世界を支える力の源泉であり、止まること無く世界を巡り続けている『魔力の奔流』が徐々に乱れつつあることを彼に教え、同時に、そのバランスを補正すべく『勇者』の役割を請け負うよう求める。 それも破邪の役目の延長と考え、気軽に『勇者の仕事』を引き受けたライノは、エルフの少女として顕現した大精霊の一人と共に魔力の乱れの原因を辿って旅を続けていくうちに、そこに思いも寄らぬ背景が潜んでいることに気づく・・・ ひょんなことから勇者になった青年の、ちょっと冒険っぽい旅の日々。 < 小説家になろう・カクヨム・エブリスタでも同名義、同タイトルで連載中です >

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~

ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。 コイツは何かがおかしい。 本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。 目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。

悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業

ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。

冴えない冒険者の俺が、異世界転生の得点でついてきたのが、孤独の少女だったんだが

k33
ファンタジー
冴えないサラリーマンだった、矢野賢治、矢野賢治は、恨まれた後輩に殺された、そこから、転生し、異世界転生の得点についてきたのは、孤独の少女だった!、そして9人の女神を倒したら、日本に戻してくれるという言葉と共に、孤独の少女と女神を倒す旅に出る!

処理中です...