【占星術師の宇宙論】

荒雲ニンザ

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第19話 理論を組み立てる

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 マリア=エリー=レラが付け加えて話し始める。

「昨日試しに占星術師の契約の儀式をしてみたのよ。でも全然ダメ。アズの家族も理由が分からないってなって」
「それで今日、こっち来たんだよ。アレキがアストロラーベ作っただろ? 技術者なら何か分かることがあるんじゃないかって、来てみたものの……」
「なんもなかった!」

 ハリが飲み干したカップをトレイに乗せるのを視線で追い、ゾイスは思考を巡らせた。
 アズはその彼に問いかける。

「どう? 私たちは完全に行き詰まっちゃって、この先どう動いていいかも分からなくなってるんだけど……何か、何でもいいんだ、きっかけみたいなものでもいいから、感じたこととかない?」
「最終的なことまでは見えていない。そこに行く前にまず検証が必要だ」
「検証?」
「アズ、君の話をまとめると、君たちは君たちの世界の基本的なルールを忘れてしまっているように見える」
「え……? 私たちの世界……って、ジノヴィオス信仰ってこと?」
「そう。魔法ありきの信仰なのに、魔法の存在を無視してしまっている」
「ええ? そんなことないと思うけど……どういうこと?」
「君は最初からずっと、星に導かれていたんじゃないかな」

 アズたち三人は目を見開いた。

「まず、クレプシドラについては置いておこう。先に、君が一番困っていることからだ」
「アストロラーベが言うことを聞かない……?」
「それだが、ジノヴィオスと交信したものの、君は交信ができないと言っていた」
「うん」
「ニュンペーの証言によると、ジノヴィオス信仰がいなくなると魔法の力が失われてしまう。すでにこの星は、その状態にあるんじゃないか?」
「……あ……え?」

 アズは何かの真髄に近づいた感覚で戸惑っている。

「君は気づかないうちに、すでにジノヴィオスと契約してしまっているんだ。アストロラーベが平面球形から球体に変形しているのがその証拠だよ。だが、世界がオデッセフ信仰の力を強めている今、魔法の力が安定しない。維持できず、途中で消えてしまっているんだろう」
「あっ……!」
「そ、そうか!」
「それで!」

 三人が繋がった。
 アズが興奮気味に言う。

「じゃあ、アストロラーベはおかしくないんだ! ジノヴィオス様もちゃんと交信してくれている……、足りないのは魔法の力、信仰か!」
「そういうことになると思うよ」
「ゾイスー!! 君はなんてすごいんだ!!」

 思わず身を乗り出し、アズはゾイスの手を取った。

「ああああー!!」

 アレキの悲鳴が部屋にこだまする。

「ダメダメ! 不純異性交遊!!」

 マリア=エリー=レラが呆れて言った。

「それアンタのパパが言ってた」
「ダメェ! アズにゃんの手を握っていいのは女の子だけなの!」

 ハリがツッコむ。

「どう見ても今のはアズから行ったよな」
「行った」

 ゾイスはアレキを落ち着かせようと手を前に出して揺らし、何とか制止させる。

「もう一つ。最初に置いておいたクレプシドラについてだけど」
「うん」
「『ひっくり返す』の意味がよく分からない」
「私たちもそれでつまずいてた」

 アレキが首を傾げる。

「『裏返し』『世界を震撼させる』『水時計を回転させる』こんなとこ?」

 ゾイスはアズたちに聞く。

「コズモロギアは知ってる?」
「うん。そっちと同じかどうかは分からないけど……。宇宙論はジノヴィオス信仰にも存在してる」
「コズモロギア。星を作ろうとした二神が、宇宙の成り立ちを人に決めさせようとする試みのこと」
「同じだ」
「オデッセフス信仰は、これを論じるために、神話、主教、哲学、神学、そして科学を用いて話を組み立てているんだ」
「全然分からん」

 ハリが腕を組んでそう呟いたが、それはまあ置いておき。

「この宇宙論を『ひっくり返す』に当てはめた時……」

 そう言いながらゾイスは机の横にある本の束に手を伸ばし、分厚くて大きな書物を引っ張り上げた。
 そしてたくさんのしおりの中から一つを選ぶと、そのページを開いて床に置く。
 そこには無限の形を模した水時計が描かれており、水時計の中には、上に自らが回転する星、下に周囲が回転する星が入れられていた。

「これは……?」
「コズモロギア」
「は?」
「オデッセフス信仰が考えるコズモロギアは上。ジノヴィオス信仰が考えるコズモロギアは下。だが本当は、二神が我々に課せたコズモロギアは、この上下をあわせた水時計の部分」

「なにこれ、こんなの見たことないわ」

 マリア=エリー=レラが不服そうな顔をすると、ゾイスは続ける。

「これを考えた人はクセノフォンという博士。学会にこれを提出する前に不慮の事故で亡くなってしまったから世に出てないけど、この博士の唱えているコズモロギアに当てはめたら、『ひっくり返す』は可能になる」

 アレキが本を見ながら首を左右に傾けて言った。

「確かに、これならひっくり返せるけど……」

 ゾイスはアズに向き直る。

「アズ、僕は初めに言ったよね。君は気づかないうちに、すでにジノヴィオスと契約してしまっていると。その時、君は星に聞いたはずだ」

 契約の言葉。
 アズはあの泉での出来事を思い出し、ゾイスの美しいアースアイズを見つめる。

「……星よ導きたまえ……」

 その瞬間、床に置いてあったアストロラーベから光が溢れ出し、室内を真っ白に染め上げた。

「うわわわ……!? 何だ!?」
「見て! アズのアストロラーベが!」

 それはゆっくりと回転しながら平面を崩していき、立体の球を模ってゆく。あの日泉で見た光景が目の前に広がり、アズはため息をついた。

「そうか……ジノヴィオス様は、私たちをここに呼んだ……」

 すでにアズは導かれ、星の元に辿り着いていたのである。
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