【占星術師の宇宙論】

荒雲ニンザ

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第16話 おもしろい味

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 アレキの店から十分程度歩いた場所に、カフェとレストランが合体したような店がある。
 スチーム立ち込める野外から店内に入ると、パイプだらけの壁にたくさんの緑が吊り下げてあり、街に入ってから初めて出会った植物に三人は嬉しくなった。

「植物が好きな人もいるんだね」
「お腹減ってない? ジノヴィオス信仰の人たちの口に合うかどうか分からないけど、ここ結構ナチュラルフードあるよ!」

 アズたち三人が店内に入ってくると、客は驚いた様子でこちらに目をやった。
 テーブルにつくと、アレキがアズの隣にちゃっかり腰掛け、大きなメニューを広げて置く。そこにはイラストが描かれており、ドリンクからフードまで説明が載っていた。

「食べれそうなのある?」

 ハリが喜んで指をさす。

「普通じゃん! オレこれ! 肉に間違いはない!」
「アタシはこれとこれ。アズは?」
「物価が全然違うね……宿泊代大丈夫かな?」

 アレキの表情に花が咲く。

「え! 今日みんな街に泊まるの!?」
「うん。戻るのに時間かかるから、一泊してから帰ることになってる」
「きゃーん! 嬉しい!! たくさん遊ぼう!? 面白い所連れて行ってあげる!!」

 アレキの期待値が膨れ上がったところで、マリア=エリー=レラが肩をすくめる。

「それが、やることあるからそうも言ってらんないのよ。監視付きだし」
「大人の人がついて来てるんだ?」

 ハリが窓の外に目をやった。

「アズのじいちゃんがいる。多分今、どっかから見てる」
「え、うそ。挨拶しなくちゃまずくない?」
「どこにいるか分からないし、大丈夫だよ」
「どこにいるか分からないの? 何か……さすがジノヴィオスって感じ! 不思議文化だわ!」

 アレキが全員分の注文を済ませたので、本題に入る。
 アズがポケットからアストロラーベを取り出し、テーブルの上へ置いた。

「このアストロラーベだけど、何か細工がしてあるの?」
「針部分と、枠と、周囲の模様のディテールを頑張ったよ!」
「あ……細工っていうのはそういう意味じゃなくて……えーと」
「ギミックのこと?」
「そう、仕掛けっていうのかな? 何か飛び出したり、光ったり」
「そういうのは入れてないよ! おじいちゃんの図面通りに作ったから、木工でできることしかできないし!」

 マリア=エリー=レラがアストロラーベを覗き込む。

「これアレキのおじいちゃんが考えたやつなんだ」
「アストロラーベ自体は古くからあるよ! ここが回転するから、そういう仕組みをおじいちゃんみたいな職人さんが工夫をして図面にしていくの!」

 アレキが針に触れると、それはくるくると360度回転して止まる。

「どこかスイッチを押すと変形したりしないの?」

 ハリの問いにアレキは首を横に振る。

「しないよー! 本当に図面通り! でもインテリアの置物だから、その案はアリかも! 採用!」

 横に座るアズが考え込んでいたので、アレキはその顔を覗き込む。

「アズにゃん、何か悩み事?」
「ん? うん……いや、アレキの作ったアストロラーベはとても素敵だよ。そうじゃないんだ」
「キュン!」

 マリア=エリー=レラが腑に落ちた。

「ああ、そういうとこが好きなのねアンタ」
「アズにゃんは優しいから好き!」

 そこでお調子者のハリが手を挙げる。

「オレも優しいぜ!」
「ヤダ!」
「即答!」
「ハリは面白い人だから友達がいいの!」
「悪くない! それもまたイイ!」
「ちょっと静かにしなさいよ、アズが考えてるでしょ」

 マリア=エリー=レラが二人の会話を遮ると、皆の視線がアズに向けられる。

「アレキが何も細工してないとなると、やっぱりジノヴィオス様がコンタクトしてきたんだと思う」
「じゃあ、契約はされたってことか?」

 ハリの問いにアズは頷く。

「多分。昨日の儀式で反応しなかったのは、すでに契約されてたから、更新の必要なしってことだったと見るのがいいんじゃないかな」
「でも、特に何もないで渾天儀は元の平面球形型に戻っちゃったんでしょう?」

 マリア=エリー=レラの発言にアレキが身を乗り出す。

「ちょっと待って! さっきから何の話かなって聞いてたけど……プラニスフェリックアストロラーベがアーミラリスフィアになったってこと!?」
「うん。占星術師とジノヴィオス様が契約をすると、交信中にアストロラーベが平面から球体に変化するんだ」
「すごいーっ!! さすがジノヴィオス信仰……不思議すぎる!!」

 そこで料理がテーブルに運ばれて来た。
 話が途切れ、ハリが目を輝かす。

「うお、美味そう! 何このにおい! ハーブじゃねえな?」

 彼はナイフで肉を切り分けて口に運び、首を傾げる。

「……面白い味だな? だが悪くない。うまい。うまい」
「食べながら話そ!」
「サラダに味がないわね? アタシの口がおかしいのかしら……」
「お野菜はねー、ここじゃ育てるの難しいから、室内で大量に栽培してるせいで美味しくできないの」

 アズが湯気の立つポテトで口の中を火傷して息を切らせた。

「あふっ、あふ……! で、出来立てすぎる……!」
「気をつけて! スチームの料理はソッコー出てくるからめっちゃ熱いよ! これお水!」

 差し出された水で口内を冷やし、ほっと一息ついたところでそのポテトを切り分けながら話を続ける。

「アストロラーベにちょっと問題があって……うまく交信ができないんだ。勝手に閉じたまま、私の意思が全く通じないんだよ」

「普通は違うんだ?」

「一般的には違うかな。こちらが占うことを聞くのにアストロラーベを使うから、それだと困るし」
「アレキとアズの恋愛運とか占える?」
「何でそういう話になるの……」
「気になるんだもん!」
「占星術師は、自分のことを占ったらいけないって決まりがあるの。だからムリ」
「えーっ! 今の占いはアタシの占いじゃんー!」
「占星術師の占いは普通の占いと違うから、そんなことに使ったらダメなんだよ」
「そんなことって何! アタシの初恋がかかってるんだよー!? めっちゃ大事なことじゃん!!」
「つおい……」

 ハリがつぶやくと、マリア=エリー=レラが呆れてため息をついた。

「アズはまだ性別が決まってないじゃない。女の子になっちゃったらどうするのよ」
「それ! アタシは別にいいけど絶対パパが嫌がるし! あと子供は欲しいからアズ、男の子になろうー!?」
「ななな何の話してるんだよお!?」
「アズとアタシの将来の話に決まってんじゃん!」
「まだ二回しか会ってない上に、この前と今日合計したら多分三時間くらいしか一緒にいない相手だよ!? いくら何でも話がかっ飛びすぎだって!!」
「ビビっとキタのおー!!」

 ハリが腕を組む。

「運命ってやつか? でもアズには今、気になる男子がいるんだよなあ?」
「ウソ!! 誰!?」

 マリア=エリー=レラが答える。

「この街に住むゾイスって子。同じ年くらいなんだけど、頭良くて落ち着いてて、優しくて、顔面偏差値も高くて、完璧ってタイプ。まあ理屈っぽいから、彼氏にするならアタシはパスだけど」

「何でそこで自分出した」

 ハリのツッコミも聞こえてない様子で、アレキが青くなった。

「マズイ!! 女子はスパダリに弱い!!」

 そこでアズが耳まで赤くなってそれを否定する。

「違うってば!! 昨日親切にしてくれたから感謝してるだけで、そういう感情はないって言ってるのに……!!」

 マリア=エリー=レラが笑いながら指を差す。

「イヤーん!! アズ、顔が真っ赤!!」
「二人が茶化すからでしょ!!」
「アズ声でかいわよ」

 相変わらずマリア=エリー=レラはいつも通りだ。アズは大きくため息をついて食事を続ける。

「何の話だっけ……」
「プラニスフェリックアストロラーベが、勝手にアーミラリスフィアになっちゃうってトコ!」
「ああ……そう。それで、原因が分からないんだ」

 アレキが食事の手を止め、何かを考えている。

「じゃあさ、ご飯食べ終わったら、そのゾイスって子に会いに行こう!」
「何でそこ戻る!?」

 思わず吹き出したミートボールがテーブルの上を転がるのを追いかけながら、アズがアレキに向き直る。

「だって、その子、頭いいんでしょう? 理屈っぽいってことは、理論的なわけじゃん? アタシたちだけで知恵を出してもこの程度で止まってるなら、頭のいい人にその『どうしてか』の部分を理屈で考えてもらったら、何か出てくるかもしれないじゃん?」

 一瞬間が空いた後、マリア=エリー=レラが感心して言った。

「やっぱアンタ、オデッセフス教徒なのね……。フィーリングだけで動いてるわけじゃなかったんだ」
「ナニソレー! 褒めてるの? でもアタシ、機械工学しか脳がないから他は全然だよ! 頭いい人は本当すごいから、絶対そっちに聞いた方がいい!」

 それを聞いたハリが唸る。

「ゾイスは言わばお前の恋敵なのに、あえて推薦すると言うのか」
「だってアズが困ってるじゃん! 好きな人の足引っ張るヤツは自分が好きなだけだし! そんなことやってたら好いてもらえるはずないもん!」
「おま、まじいいヤツだな!?」
「ヤッター!! アズ聞いた!? アタシに惚れない!?」

 アレキは底抜けに明るい子だ。限界突破している分、そのアクションを許せてしまうし、それが可愛い面もある。慣れてくると一つの行動が段々面白くなってきてしまい、アズは苦笑いを吹き出しながら頷いた。

「ありがとうアレキ。そうだね、今のはちょっと嬉しかったかな。じゃあ、この後ゾイスの所に行こうか」
「アレキも連れて行くの?」
「うん。それがいいと思う。彼女はアストロラーベを作ってるし、事情を説明しておきたい」

 マリア=エリー=レラが目を細めてハリに言った。

「これは見ものね」
「面白くなってきたぞ」

 異文化の風味は、三人にいい刺激を与えたようだ。
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