【占星術師の宇宙論】

荒雲ニンザ

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第15話 再び街へ

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 翌日。
 学屋を休んで早朝から出発した三人は、結構な荷物を持って街に出かけた。
 もちろん、傘とコートを持って。

「ゾイスの家にお礼を言いに行かなくちゃね。車代も出してもらっちゃってるから、パパから多めにお小遣いもらってきたわよ。それで返しましょ」
「ははーっ! マリア=エリー=レラ様ー! ありがとうございますーっ!」

 ハリが頭を垂れるが、これはいつものパターン。マリア=エリー=レラの家は雑貨屋を営んでいるので、村一番のお金持ちなのだ。彼女は子供の頃から何かとこの二人の財布となっている。
 アズが森の奥を見ると、鹿がこちらを見ているのと目が合った。

「おじいちゃんついてきてる」
「まあそれが条件だからね」
「馬で乗せて行ってくれれば良いのに」
「三人は無理だよ」

 鹿が物音で逃げ去ると、リスが木を渡った。

「今度はリスみたい」
「街に動物いるのかなあ……?」
「ネズミはいそうじゃない?」

 マリア=エリー=レラの言葉に二人は『ああ』と納得した。

「まあ、カロロスさんなら拗れそうなこと言い出す感じもないし、大丈夫だよな」
「うん。おじいちゃんは基本、動物みたいな人だから……」
「可愛いのよね、カロロスさん」
「わかる」

 街での行動は見られているが、支障ないようだ。


 ひたすら歩き続け、三時間後。
 灰色の空の下、アックリポーリィの目標が見えてくる。
 スチームが立ちこめる中、とんがり屋根と無数の煙突を眺めつつ、石畳の道路に足を踏み入れた。

「先にどっち行こう」
「アレキの方ね。用事を済ませてから彼女に宿を聞いて、そこに行けばいいわ」

 三回目なのでもう道は知っている。それが時短となったおかげで一時間かからずに到着した。
 扉を開けると、いつものように鈴が鳴る。

「いらっしゃい。おや? 君たちは……」

 カウンターの向こうにいたのはアブラアムだ。

「アズです」
「おお、アズくん。そうだった。今日は何の買い物かな?」
「くんもお預けにしておいて下さい」
「ああっ、そうか……! そうだったな。ごめんね。じゃあ、アズさん」
「そんな! アズでいいです」

 マリア=エリー=レラが横から顔を出す。

「ちゃんになるかもしれないしね」
「ちょっとマリア=エリー=レラ……!」

 咳払いで気を取り直し。

「今日お伺いしたのは、娘さんに用がありまして。彼女は今ご在宅ですか?」
「アレキに?」
「購入したアストロラーベについて聞きたいことがあります」
「まっ、まさか、商品クレーム!?」
「いやいやいや」

 この店主、少々早とちりが過ぎる。

「占星術の必要なことで躓いてしまって。それで構造をお聞きしたくて来たのです」
「う、うむ? 技術のことは商売人の私には分からないからな……あの子に聞くしかない。娘は今の時間、学校に行ってるんだ。もうすぐ戻ってくると思うが……」
「学校?」
「みんな集まって勉強する施設のことだよ」
「ああ、学屋か」

 すると窓の外で、店内を覗き込んでから大急ぎで扉を開けて飛び込んできた人物がいた。

「アズにゃんんんん!!」
「うぶっ!?」

 鈴の音と共に突然背後から抱きつかれ、アズはその勢いでカウンターまで押しやられる。
 折れるほど抱きしめてくるその人物を見て、アズは悲鳴のように名を呼んだ。

「アレキ……! く、くるひい……!」

 父親のアブラアムは、唐突な行動に出た我が娘に対して目を丸くしている。

「コラァ! 不純異性交遊はパパ許さないよ!? 離れなさい!!」
「イヤー! アタシ初恋してるのー!」

 それを聞いたマリア=エリー=レラとハリが雄叫びをあげた。

「何ですってえええ!! ちょっとアレキ、それ本当!?」
「気のせいとかじゃなく!?」

 アレキはようやく後ろの二人に気がついたらしい。

「あ! ヤッホー! マエレとハリー! 今日はみんなでどうしたのお? もしかしてアレキに会いに来てくれた!? キヒッ! だったら嬉しすぎる!」
「アタシの名前短くしないでよ」
「愛称だよ! あった方が仲良しな感じするじゃんー!」

 アブラアムはカウンターから出てくると娘をアズから引き剥がす。

「アズに失礼だろ! やめなさい!」
「えーん!」
「いくら好きでも、いきなりそういうことはしちゃダメ! 距離感! 距離が大事だぞ! それに、アズはまだ自分が男の子か女の子か分からない時期なんだ、言うなればとてもセンシティブな時期だ! 刺激するんじゃない!」

 父親として我が子に威厳ある教えを施したが、外野から見れば単にアズにヤキモチを妬いただけにしか見えない。
 アレキはアズの初耳情報に目を丸くする。

「アズはまだ中性だったの!? アタシいきなり初恋で大ピンチじゃん!!」

 アズは息を切らせて跳ねる鼓動を整え、両手を前に出しながらアレキを制止するように言った。

「や、やあアレキ……今日も元気そうだね……」
「アズにゃん! 今日は何のご用件で来たの!」

 側で見ててもハートが溢れ出している。マリア=エリー=レラが首を傾げた。

「アズのどこに惚れたのかしら……」

 アズの前にさりげなくアブラアムが割り込んだ。

「アズはお前が作ったアストロラーベについて話があるそうだ」
「え! なんかおかしいとこでもあった?」

 アブラアムの横から少し顔を出し、アズが答える。

「いや、そういう構造なのかどうかも分からないし、ちょっと話が長くなりそうだから、場所を変えて落ち着いて話したいんだけど……」
「賛成! じゃあカフェレスいこ!」
「ちょちょちょ!」

 アズの手を取り外に出て行こうとする、やたら勢いのある娘を止めてアブラアムはドアの前に立つ。

「なにパパ、どいて!」
「くっ……!」

 止める理由が見当たらず、父は唇を噛む。

「いいか! アズに触っちゃダメ! パパと約束しないと外出禁止!」
「えーっ! なにそれ!」

 ハリが呟いた。

「面白くなってきた」
「もうパパジャマしないで! アズは職人のアタシに用があって来てるんだから! 仕事の延長でしょ! 店の主人としてどうなのその態度!」
「くう……! お前を学校に行かせてるのは口達者にさせるためじゃないんですからねっ!」

 マリア=エリー=レラが呆れている。

「何かウチのパパに似てて、アタシの番の時が不安になってきた」
「その性格だからしばらく大丈夫だろ」
「何ですって!?」

 ハリが笑って言った失言にマリア=エリー=レラがキレ始めた。
 店内が大騒ぎになり、アズが困った様子でアブラアムに頭を下げる。

「すみません、お仕事中なのにこんな話持ち込んでしまって……! アレキは長く拘束しませんから、少しの時間私たちに貸してください!」
「くうっ! アズが良い子なのは分かってるんだ……! 問題は、ウチの子!」

 そうなのだが、この父親も大概である。
 埒が明かないのを悟ったか、ここはアレキが引いた。

「分かった! アズを困らせたくないし! 抱きついたりしなきゃいいんでしょー!」
「約束!」
「分かったよもお! いこアズ!」
「あーっ!! 手! 手ぇ放しなさい!!」
「手くらいいいじゃん!」

 早くこの場を離れたいアズであった。
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