10 / 42
第10話 美しい親子
しおりを挟む
考えるにしろスチームがもうもうと立ち込める街で会話をするのが嫌で、三人は街道に出ようと足早で石畳を歩いていた。
その石畳に、一つ二つと黒い跡がついてくゆく。
アズが頭上を仰ぎ見ると、白いスチームの中から頬に水滴が落ちてきた。
「雨だ……スモッグで曇ってるのかと思ってたけど、雨雲だったのか」
マリア=エリー=レラの唸り声が響く。
「最悪。髪の毛が濡れたらセットが崩れちゃうじゃない!」
「雨宿りしよう」
ハリが近くの店の軒下に駆け込んだので、二人もそれに続く。
ほどなくしてテンテンとした音が頭上の軒下の屋根から聞こえてくると、石畳に打ち付ける雨音も強くなり、ざあと降り始めた。
「空がスチームのせいで見えないから、どのくらいでやむかもこれじゃ分からないな」
「アレキのところに戻った方がいいのかしら……?」
「とか言っても、結構歩いてきちゃってるしなあ」
戻ってもずぶ濡れ確定なので動くに動けず、三人は軒下から空を見上げながら立ち往生となってしまった。
雨で蒸気が消されてくると、アズは目前にある建物の二階窓から誰かがこちらを見ているのに気がついた。
遠目なので相手の表情は分からなかったが、ずっと見ているのも気まずいので自然な位置に視線を戻す。
それから一、二分したあたりで、その建物の扉が開いた。
シルエットは先ほどの人物だ。
「家の中へどうぞ」
少し大人びた少年だったが、おそらく自分達とさして年齢は変わらないように見える。
三人は一瞬躊躇したが、お互い顔を見合わせてから前の家に走った。
「はあ、助かった」
そう言うハリの元に、水色のドレスを着た女性がタオルを持ってやってくる。
「さあ、これで身体を拭いて」
マリア=エリー=レラはその一つを受け取り、慎ましくお辞儀をして返す。
「ありがとうございます。助かりました」
「災難だったわね。この街は雨が多いの。知らないとその時間帯に出歩いてしまうから、旅行者はよく軒下に立たされてしまうの」
落ち着いた雰囲気の上品なマダムといった人で、村では見かけないタイプのオーラを真正面から受けた三人は、思わず照れくさくなって頬を染めた。
先ほどの少年がお茶を淹れてくれている。
「空気が汚れているから、それを洗い流そうとして頻繁に雨が降る。今度この街に来る時は、傘かコートを持ってくるといい」
そう言いながら温かい紅茶の入ったカップとソーサーをアズに手渡してきたので、思わず至近距離で目を合わせた。
婦人とよく似た雰囲気の少年は、ブルーに黄金の虹彩を持っていた。とても珍しく、天と地が合わさったかのような輝きにアズは見惚れてしまい、慌てて視線を逸らす。
「ごめんなさいね、この子ちょっとセオリストすぎるきらいがあって……」
夫人が申し訳なさそうに言うのは、自分たちがジノヴィオスを信仰していると分かっているからだろう。アズたち三人はナチュラルな素材の衣服しか身に纏っていないので、一目見ればすぐ分かる。逆に、オデッセフス信仰なら科学で作られた布と金属の装飾がついているので、そちらも一目で分かる。
マリア=エリー=レラが使ったタオルを夫人に返すと、彼女は少女の髪に少し近づいた。
「まあいい香り。ジャコウね? でももっと澄んだ香りみたい。この雨に濡れても嫌な匂いに変わらないなんて、貴方がたの作る香水はとても質が良いのね」
価値が理解できる女性に出会えた喜びで、マリア=エリー=レラは頬を染める。
「そうなんです! パパが職人さんに魔法で作ってもらった香水なの!」
「まあ、羨ましい」
「あっ……で、でも、これがジャコウっていうのかどうかは分からなくて……」
婦人は少し首を傾げていたが、その子供の少年は言った。
「文化が異なるので、ジャコウであるかどうかの判断がつかない。違う名称か、はたまた全く違うものか。そういうことだろう?」
「そ、そう。それ」
そこで三人は、頭の中が少し整理できたようなスッキリ感を覚えた。
「そんなところに突っ立ってないで、腰掛けて」
夫人の言葉でテーブルに案内されると、天井から暖かい風が吹いてきた。
これならすぐ濡れた服は乾くだろうが、不思議な構造の家だと三人が上を向いている。
アズが徐にその少年に問う。
「君は、魔法のアイテムを、科学で作れると……思う?」
少年は天と地の瞳でアズに視線を移し、少し眉を動かした。
奇妙なことを問いかけてくると思ったのだろう、考えもしていなかった内容に思考を巡らせているような表情を見せた。
「……そうだな、できないことはないんじゃないかな。成分を近づけて、寄せることは可能だと思う」
「同じものじゃないってこと?」
「限りなく、近いもの。かな」
「じゃあ、作れない……のかな?」
「それは分からない。まだ誰もそんなことをした人はいないだろうから。あくまでも不確定要素の一つにしかすぎない」
話を聞いているうち、三人は混乱してきた。使う言葉も難しすぎる。
「お……オデッセフスの人たちは、頭が良すぎて、私たちにはついていけないや……」
アズは自らエクフィリズモスを証明したような形となったが、その少年は落ち着いた様子で少しだけ柔らかく微笑んだ。
「異なる文化を生きてきただけだよ。僕たちのことを学べば、君たちだって理解できるようになるはず」
以前マリア=エリー=レラが言っていた、『品行方正こそエクセリクシ』という言葉が、この少年にピッタリであった。
否、この夫人からしてもまさにそれで、この親子はまさしく三人の考える文明人というイメージそのものだった。
その石畳に、一つ二つと黒い跡がついてくゆく。
アズが頭上を仰ぎ見ると、白いスチームの中から頬に水滴が落ちてきた。
「雨だ……スモッグで曇ってるのかと思ってたけど、雨雲だったのか」
マリア=エリー=レラの唸り声が響く。
「最悪。髪の毛が濡れたらセットが崩れちゃうじゃない!」
「雨宿りしよう」
ハリが近くの店の軒下に駆け込んだので、二人もそれに続く。
ほどなくしてテンテンとした音が頭上の軒下の屋根から聞こえてくると、石畳に打ち付ける雨音も強くなり、ざあと降り始めた。
「空がスチームのせいで見えないから、どのくらいでやむかもこれじゃ分からないな」
「アレキのところに戻った方がいいのかしら……?」
「とか言っても、結構歩いてきちゃってるしなあ」
戻ってもずぶ濡れ確定なので動くに動けず、三人は軒下から空を見上げながら立ち往生となってしまった。
雨で蒸気が消されてくると、アズは目前にある建物の二階窓から誰かがこちらを見ているのに気がついた。
遠目なので相手の表情は分からなかったが、ずっと見ているのも気まずいので自然な位置に視線を戻す。
それから一、二分したあたりで、その建物の扉が開いた。
シルエットは先ほどの人物だ。
「家の中へどうぞ」
少し大人びた少年だったが、おそらく自分達とさして年齢は変わらないように見える。
三人は一瞬躊躇したが、お互い顔を見合わせてから前の家に走った。
「はあ、助かった」
そう言うハリの元に、水色のドレスを着た女性がタオルを持ってやってくる。
「さあ、これで身体を拭いて」
マリア=エリー=レラはその一つを受け取り、慎ましくお辞儀をして返す。
「ありがとうございます。助かりました」
「災難だったわね。この街は雨が多いの。知らないとその時間帯に出歩いてしまうから、旅行者はよく軒下に立たされてしまうの」
落ち着いた雰囲気の上品なマダムといった人で、村では見かけないタイプのオーラを真正面から受けた三人は、思わず照れくさくなって頬を染めた。
先ほどの少年がお茶を淹れてくれている。
「空気が汚れているから、それを洗い流そうとして頻繁に雨が降る。今度この街に来る時は、傘かコートを持ってくるといい」
そう言いながら温かい紅茶の入ったカップとソーサーをアズに手渡してきたので、思わず至近距離で目を合わせた。
婦人とよく似た雰囲気の少年は、ブルーに黄金の虹彩を持っていた。とても珍しく、天と地が合わさったかのような輝きにアズは見惚れてしまい、慌てて視線を逸らす。
「ごめんなさいね、この子ちょっとセオリストすぎるきらいがあって……」
夫人が申し訳なさそうに言うのは、自分たちがジノヴィオスを信仰していると分かっているからだろう。アズたち三人はナチュラルな素材の衣服しか身に纏っていないので、一目見ればすぐ分かる。逆に、オデッセフス信仰なら科学で作られた布と金属の装飾がついているので、そちらも一目で分かる。
マリア=エリー=レラが使ったタオルを夫人に返すと、彼女は少女の髪に少し近づいた。
「まあいい香り。ジャコウね? でももっと澄んだ香りみたい。この雨に濡れても嫌な匂いに変わらないなんて、貴方がたの作る香水はとても質が良いのね」
価値が理解できる女性に出会えた喜びで、マリア=エリー=レラは頬を染める。
「そうなんです! パパが職人さんに魔法で作ってもらった香水なの!」
「まあ、羨ましい」
「あっ……で、でも、これがジャコウっていうのかどうかは分からなくて……」
婦人は少し首を傾げていたが、その子供の少年は言った。
「文化が異なるので、ジャコウであるかどうかの判断がつかない。違う名称か、はたまた全く違うものか。そういうことだろう?」
「そ、そう。それ」
そこで三人は、頭の中が少し整理できたようなスッキリ感を覚えた。
「そんなところに突っ立ってないで、腰掛けて」
夫人の言葉でテーブルに案内されると、天井から暖かい風が吹いてきた。
これならすぐ濡れた服は乾くだろうが、不思議な構造の家だと三人が上を向いている。
アズが徐にその少年に問う。
「君は、魔法のアイテムを、科学で作れると……思う?」
少年は天と地の瞳でアズに視線を移し、少し眉を動かした。
奇妙なことを問いかけてくると思ったのだろう、考えもしていなかった内容に思考を巡らせているような表情を見せた。
「……そうだな、できないことはないんじゃないかな。成分を近づけて、寄せることは可能だと思う」
「同じものじゃないってこと?」
「限りなく、近いもの。かな」
「じゃあ、作れない……のかな?」
「それは分からない。まだ誰もそんなことをした人はいないだろうから。あくまでも不確定要素の一つにしかすぎない」
話を聞いているうち、三人は混乱してきた。使う言葉も難しすぎる。
「お……オデッセフスの人たちは、頭が良すぎて、私たちにはついていけないや……」
アズは自らエクフィリズモスを証明したような形となったが、その少年は落ち着いた様子で少しだけ柔らかく微笑んだ。
「異なる文化を生きてきただけだよ。僕たちのことを学べば、君たちだって理解できるようになるはず」
以前マリア=エリー=レラが言っていた、『品行方正こそエクセリクシ』という言葉が、この少年にピッタリであった。
否、この夫人からしてもまさにそれで、この親子はまさしく三人の考える文明人というイメージそのものだった。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
S級騎士の俺が精鋭部隊の隊長に任命されたが、部下がみんな年上のS級女騎士だった
ミズノみすぎ
ファンタジー
「黒騎士ゼクード・フォルス。君を竜狩り精鋭部隊【ドラゴンキラー隊】の隊長に任命する」
15歳の春。
念願のS級騎士になった俺は、いきなり国王様からそんな命令を下された。
「隊長とか面倒くさいんですけど」
S級騎士はモテるって聞いたからなったけど、隊長とかそんな重いポジションは……
「部下は美女揃いだぞ?」
「やらせていただきます!」
こうして俺は仕方なく隊長となった。
渡された部隊名簿を見ると隊員は俺を含めた女騎士3人の計4人構成となっていた。
女騎士二人は17歳。
もう一人の女騎士は19歳(俺の担任の先生)。
「あの……みんな年上なんですが」
「だが美人揃いだぞ?」
「がんばります!」
とは言ったものの。
俺のような若輩者の部下にされて、彼女たちに文句はないのだろうか?
と思っていた翌日の朝。
実家の玄関を部下となる女騎士が叩いてきた!
★のマークがついた話数にはイラストや4コマなどが後書きに記載されています。
※2023年11月25日に書籍が発売しています!
イラストレーターはiltusa先生です!
※コミカライズも進行中!
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
料理屋「○」~異世界に飛ばされたけど美味しい物を食べる事に妥協できませんでした~
斬原和菓子
ファンタジー
ここは異世界の中都市にある料理屋。日々の疲れを癒すべく店に来るお客様は様々な問題に悩まされている
酒と食事に癒される人々をさらに幸せにするべく奮闘するマスターの異世界食事情冒険譚
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
【R18】異世界なら彼女の母親とラブラブでもいいよね!
SoftCareer
ファンタジー
※お待たせしました!! アルファポリスさんでも、いよいよ続編の第二章連載開始予定です。
2025年二月後半には開始予定ですが、第一章の主な登場人物紹介を先頭に追加しましたので、
予め思い出しておいていただければうれしいです。
幼なじみの彼女の母親と二人っきりで、期せずして異世界に飛ばされてしまった主人公が、
帰還の方法を模索しながら、その母親や異世界の人達との絆を深めていくという
チートもざまあも無い、ちょいエロ異世界恋愛ファンタジーです。
性的描写のガイドラインに抵触してカクヨムから、R-18のミッドナイトノベルズに引っ越して、
お陰様で好評をいただきましたので、こちらにもお世話になれればとやって参りました。
(カクヨムではR-15版としてリニューアル掲載中ですので、性的描写が苦手な方や
青少年の方はそちらをどうぞ)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる