【占星術師の宇宙論】

荒雲ニンザ

文字の大きさ
上 下
9 / 42

第9話 アタシ、アレキ!

しおりを挟む
 週末は学屋がお休みだ。
 まさかその休日を二週連続で街行きに消費するとは思いもしなかった。
 アズを筆頭にハリとマリア=エリー=レラが街道を進んで三時間。視線の先にアックリポーリィの街の名物とも言える尖った屋根と無数の煙突が見えてきた。
 スチームの煙が街全体に霞をかけ、黒い雲が青空を隠している様子は、十台半ばの心を萎えさせる。
 街に入ると道具屋に直行。知った場所に逃げ込むように、三人は店の扉を開けて中に入った。
 チリリンとドアの鈴が鳴り、カウンターの中にいる人物がこちらへ振り返る。

「いらっしゃーい」

 突然の女子の声に三人は驚いた。そこにいたのはアブラアムではなく、奇妙な機械を洋服の至る場所に身につけた、自分たちと同じ年くらいの少女であったからだ。
 その少女は三人を目にすると、慌ててカウンターに両手をついて身を乗り出した。今までいじっていた機械が膝の上から落下し、結構な音が店内に響く。

「何!? もしかしてジノヴィオス信者!? うわっ! マジ!? 初めて見た!! ちょー感動なんですけど!!」

 その少女は星屑を瞳の中に散りばめ、興味津々でこちらを見てくる。

「ちょっと、何なのこの子……」

 マリア=エリー=レラの怪訝な様子もお構いなし。

「アタシ!? アレキっていうの! よろしく!!」

 突然カウンターの中から伸びた奇妙な機械がアズの目の前で開かれ、一同が一瞬身構える。よく見れば掌の形をしたおもちゃのようだ。
 少女を見ればニッカリと笑顔を見せている。まあ、悪い子ではなさそうだ。

「あ、ああ……よろしく。私はアズ。こっちは友達のハリとマリア=エリー=レラ」

 アズは自己紹介をしつつ、そのおもちゃの手と握手をしてやる。

「よろしくアズ! ハリに、マリー……」
「マリア=エリー=レラ!」
「すごい長い名前だね! それもジノヴィオス信仰の文化なの!?」
「違うわよ。これはパパとママが、女の子が欲しすぎてかたっぱしから全部つけたの」
「アーッ!! そっか! ジノヴィオス信者は、生まれた後に性別が決まるんだもんね……! いいなあー! アタシも自分で決めたかったーっ!」

 どうやらアレキは男の子に生まれたかったらしい。話の流れ的に、オデッセフス信仰では母体の中にいる時期に性別が決まってしまうのだろう。
 アズが話を止めた。

「あ……あの、アレキさん。店主のアブラアムさんはどこにいるの?」
「アレキでいいよおー!」
「ああ、じゃあ、アレ……キ。アブラアムさんは……」
「パパは仕入れに行ってて今いないの! だからアタシが店番任されてんだよね! メンドクサッ!」
「テンション高えー……」

 ケラケラ笑うアレキはハリよりも陽気に見える。

「何アンタ、この店の子なの」
「そう! 次にこの店を継ぐのはアタシ! てことで、お客さん! 何か買っていくかい!?」

 いきなりゲームのノンプレイヤーキャラのような口調になるアレキは、ニッカリと歯を見せて笑っている。
 アズは困ったように店内を見回した。

「いや……欲しいものはこの前買ったから、何かを買いに来たわけじゃないんだけど……」
「ハッ! もしかして、アストロラーベ買ったのキミタチ!?」
「ああ、うん」
「あれアタシが作ったの!! キレイだったでしょ!? めっちゃ雑誌見てデザイン考えた力作なんだ!」
「えっ! 君が作ったの!?」
「気に入ってくれた!?」

 作り手が前にいて、しかも陽気で憎めない女の子で、気さくに話しかけてくれて、ジノヴィオスに対しても悪い印象を持ってない人物だった。その子があのアストロラーベを作ったのだと思うと、金属が無機物ではなくなったようなそんな気持ちになり、アズは少し嬉しくなって口元に笑みをつけた。

「うん。今も持ってるよ」
「きゃん! 嬉しいーっ!」

 子犬のような鳴き声で喜んだなと思ったが、他の二人も段々とこの勢いに慣れてきた。
 アブラアムがいない、この少女一人だけとくれば緊張もほぐれてくる。ハリが店内の道具を物珍しそうに見始めた。

「オデッセフスの人たちが使う道具は変わってんなあー」
「そうかな? ウチにあるのは道具だから、大した物は置いてないよ! 機械扱ってる店の方が面白いんじゃないかな!」

 マリア=エリー=レラはキラキラ輝く飾り物に興味が向いている。

「鉄でもキレイな物が作れるのね。煙を吐き出すだけのものかと思ってたわ」
「鉄だけじゃないよ! 真鍮とか、鋼とかもある! レーザーとかだと宝石も使うし!」
「キミも色々な物を作れるの? オデッセフス信仰の人たちは、知恵で物作りをするんでしょう?」
「うーん、勉強すれば作れるようになると思うけど、あれもこれもやってる人はいないよおー! そんなの大変だもん! 得意なことを極める方が効率いいし!」
「あら、意外にアタシたちと変わらないのね」
「元々同じ種族だからね! どっちもバブロニアンにかわりないじゃん!」

 ハリが唸った。

「アレキ……おま、めっちゃいい奴だな!?」
「やった!」
「他のオデッセフス教徒も、アンタみたいなのだったらめんどくさくないのに」
「あー、ヤな奴いるよねえ! でもそいつら、普通にヤな奴だから!」

 ハリが笑う。

「仲間内からも嫌われてる奴らなのか」

 アレキが少し考えるように宙を見た。

「ウチはね、昔いたおじいちゃんがジノヴィオス信仰してたし、ずーっと昔から木工のアストロラーベを作ってたから、結構ユルいの! ガチな人たちはやっぱ異教徒って言い始めちゃう!」

 それを聞くと、アズの胸中に複雑な思いが浮かんでくる。
 アレキがそのアズに言った。

「でもさ! アタシ魔法に興味あるの! 機械を動かさなくても水が動いたり、風が流れたり、暗闇が光ったりするんでしょう!? それってすごいじゃん!?」

 機嫌を良くしたのだろう、マリア=エリー=レラが腰に手を当てて胸を張っている。

「ふふん、アンタ分かってるわね。アタシの魔法見せてあげてもいいわよ?」
「マジ!?」

 その声と同時にマリア=エリー=レラの姿が目の前から消え、アレキは息を呑んだ。

「消えた!!」
「いるわよ」
「声だけ聞こえる!!」

 それを横で見ていたハリが笑って鼻を動かした。

「ニオイでどこにいるか分かるぞ」

 アレキもそれを真似すると。

「あ、いい香り! ジャコウ?」

 聞いたことのない名前が飛び出し、アズが問い返す。

「何それ?」
「鹿の分泌液! 調合すると香水になるやつ!」

 一瞬間が空き、マリア=エリー=レラがアレキの目の前に姿を現した。

「あはは!! ビックリした!! すごいすごい!!」
「ねえちょっと……その話本当?」
「ん? 何が?」
「そのジャコウっていうやつ」
「本当って?」
「この街でも、調合して作ってるの?」
「ジャコウでしょう? 珍しい物じゃないよ! この店にも売ってるはず! 欲しい?」

 アズとマリア=エリー=レラは察したようだ。

「私たち、今お金持ってないんだ。見せてもらうことはできるかな?」
「うん! 試供品あるから、それあげる!」

 そう言ってアレキはカウンターの後ろの棚を眺めつつ、どこに置いてあったかを探している。
 ハリがマリア=エリー=レラに問う。

「どったの、急に」
「魔法で作るものを、機械も作れるとしたら、どうなると思う?」

 ハリが眉間に皺を寄せた。

「……どうなんの?」
「どうなるのかしら……」
「オイイーッ!」

 アレキが小さな袋を持って戻ってきた。

「あったよー! これあげるー! 気に入ったら次来た時に買ってね!」

 マリア=エリー=レラがその袋を開けると、自分のつけている香水に似た香りが溢れ出す。

「本当だわ……これ、パパの作ってる香水と同じ物使ってる」
「マジカ」

 アズがアレキに向き直る。その真剣な眼差しに、思わず少女の胸がときめいたほどだ。

「何だろう……すごい胸騒ぎがしてる。どうしていいのか分からないのに、すごいことを発見しちゃったような……そんな気持ちになってる」

 ハリとマリア=エリー=レラも同じ気持ちだった。
 様子の変わった三人にアレキが戸惑っている。

「な、何が……? どうしたのみんな急に……!」
「アレキ、また日を改めて遊びに来るよ」
「う……うん。もう帰っちゃうの?」
「今ちょっと、混乱しちゃってて……ごめん。事情は今度来た時、話せたら話すから」
「……分かった! ばいばい、気をつけて帰ってね!」

 気もそぞろな三人が退店するのを見送り、アレキは一人首を傾げていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

アイムキャット❕~異世界キャット驚く漫遊記~

ma-no
ファンタジー
 神様のミスで森に住む猫に転生させられた元人間。猫として第二の人生を歩むがこの世界は何かがおかしい。引っ掛かりはあるものの、猫家族と楽しく過ごしていた主人公は、ミスに気付いた神様に詫びの品を受け取る。  その品とは、全世界で使われた魔法が載っている魔法書。元人間の性からか、魔法書で変身魔法を探した主人公は、立って歩く猫へと変身する。  世界でただ一匹の歩く猫は、人間の住む街に行けば騒動勃発。  そして何故かハンターになって、王様に即位!?  この物語りは、歩く猫となった主人公がやらかしながら異世界を自由気ままに生きるドタバタコメディである。 注:イラストはイメージであって、登場猫物と異なります。   R指定は念の為です。   登場人物紹介は「11、15、19章」の手前にあります。   「小説家になろう」「カクヨム」にて、同時掲載しております。   一番最後にも登場人物紹介がありますので、途中でキャラを忘れている方はそちらをお読みください。

スライムからパンを作ろう!〜そのパンは全てポーションだけど、絶品!!〜

櫛田こころ
ファンタジー
僕は、諏方賢斗(すわ けんと)十九歳。 パンの製造員を目指す専門学生……だったんだけど。 車に轢かれそうになった猫ちゃんを助けようとしたら、あっさり事故死。でも、その猫ちゃんが神様の御使と言うことで……復活は出来ないけど、僕を異世界に転生させることは可能だと提案されたので、もちろん承諾。 ただ、ひとつ神様にお願いされたのは……その世界の、回復アイテムを開発してほしいとのこと。パンやお菓子以外だと家庭レベルの調理技術しかない僕で、なんとか出来るのだろうか心配になったが……転生した世界で出会ったスライムのお陰で、それは実現出来ることに!! 相棒のスライムは、パン製造の出来るレアスライム! けど、出来たパンはすべて回復などを実現出来るポーションだった!! パン職人が夢だった青年の異世界のんびりスローライフが始まる!!

入れ替わりノート

廣瀬純一
ファンタジー
誰かと入れ替われるノートの話

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜

二階堂吉乃
ファンタジー
 瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。  白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。  後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。  人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話8話。

大根王子 ~Wizard royal family~

外道 はぐれメタル
ファンタジー
 世界で唯一、女神から魔法を授かり繁栄してきた王家の一族ファルブル家。その十六代目の長男アルベルトが授かった魔法はなんと大根を刃に変える能力だった! 「これはただ剣を作るだけの魔法じゃない……!」   大根魔法の無限の可能性に気付いたアルベルトは大根の桂剥きを手にし、最強の魔法剣士として国家を揺るがす悪党達と激突する!  大根、ぬいぐるみ、味変……。今、魔法使いの一族による長い戦いが始まる。 ウェブトーン原作シナリオ大賞最終選考作品

処理中です...