【占星術師の宇宙論】

荒雲ニンザ

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第6話 昨日の話

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 週初め、村の学屋でアズが大きなため息をついていたのをハリに見つけられた。

「よおアズ、昨日はどうだったよ。なんかこっぴどくやられた様子だけど」
「おはよー……いやさあ、それが……」

 と、そこでマリア=エリー=レラが登校してきた。

「アズ! 昨日どうなったか教えなさいよ!」
「オーッス、今その話しようとしてたとこ」
「アストロラーベはまあ、案の定って感じ。見せたらおばあちゃん卒倒して倒れちゃって……」
「あちゃー……」

 それを聞いた友人二人は渋い顔だ。

「家に帰ったら母さんが張り切ってごちそうまで作ってくれててさあ、父さんも犬みたいにはしゃぎまくってて。まあおじいちゃんはいつもの通りだったんだけど……」
「動じねえな、お前んトコの爺さん……」

 ハリは少し楽しそうに笑った。

「何かそういうものも含めて全部台無しにしちゃって、がっかりしちゃったっていうか何ていうか……」

 そのアズの発言に、マリア=エリー=レラが呆れたようにフンと鼻を鳴らす。

「バカねアンタ、どう考えてもアズのせいじゃないじゃない」
「だよなあ。時代の流れだもんな」
「そうなんだけどさあ……」

 そこで学師がドアを開けて入ってきた。

「みんなおはようー」

 アズは小声で二人に言う。

「他にもちょっと色々あったから、相談に乗ってもらいたいんだ。それは後で話すよ」

 どうもアズの様子がおかしかったので、ハリとマリア=エリー=レラはお互い顔を見合わせたが、その場はそれで終わった。

 村の子供は一つの場所に集められ、知識人とされる人物に二、三時間だけ学業を教えてもらうことができる。要するに学校があり、それは学屋と呼ばれていた。
 先生の立場は学師。先輩後輩という境はあまりなく、一つの部屋でみんなが勉強をする。

 ネライドコーリィに住む村人たちは天道説を信仰するので、主に学ぶことは魔法だ。
 各々得意な魔法があり、それは生まれながらにジノヴィオスから贈られた特性となる。
 なので、全員が全員同じ魔法を使えるわけではない。

 例えばハリは跳躍ホッパーの魔法を使える。

「何百メートルもジャンプできちゃうぜ!」

 マリア=エリー=レラは透明インビジブル

「誰にも見つからないで国境を越えられるわよ」

 そしてアズが占星術アストロジーだ。

「運命を導くよ」

 ご覧の通り、魔法と言ってもできないものの方が多い。個人個人、一つ以外できないのだから、お互いできることを補い、協力しあって生活をしていくのがジノヴィオス信仰の心得となっている。

 こうして見ると占星術師だけ少し毛色が異なるのだが、だからこそ彼らは貴重で中々世界に現れない。
 他の魔法は何度も使えるが、占星術に至っては危険と紙一重の魔法を使うため、一日に一度しか使うことができず、一度の星読みで莫大な力が必要なため、魔力を一日かけて渾天儀の中に貯めなければ使えないといった特殊な魔法なのだ。

 魔法と言っても万能ではない。ジノヴィオスは人々が堕落するのを望んではおらず、持った才能を使って逞しく生き抜いていくのを天からそっと見守っているのだ。


 授業が終わり、アズはハリとマリア=エリー=レラを連れてニュンペーのいた泉へとやって来た。

「昨日、家を飛び出した後、慌てていたものだから、躓いてこの泉に買ったアストロラーベを落としたんだ」
「さっすがぼんやりっ子」
「いきなりやらかしすぎでしょ! じゃあ今アレは泉の中?」
「いや、アストロラーベは手元にある」

 二人の友人はスンと落ち着き、肩をすくめる。

「泉に落ちたアストロラーベを取るのを手伝ってくれっていう相談かと思った」
「それがさ……取ってもらったんだよ」
「あら、ラッキーだったわね。誰かいたの」

 アズは少し戸惑い、周囲を見まわした。

「ニュンペーが……いて」
「何ですって?」
「ニュンペーがいた。ここの泉に。何人も」

 それを聞いた二人の友は目を丸くしたが、そこはさすがジノヴィオス信仰の民、妖精については疑う様子もなく驚いただけのようだ。

「スッゲー! 妖精がいんのこの泉!? マジかー!! めっちゃすごいじゃんウチの村!」
「ぼんやりしててもさすが占星術師の卵ね……。見えたんだニュンペー」

 寝ぼけたこと言うな、の一言でもあるかと身構えていたアズであったが、話の導入はクリアの様子。
 ではその先に続こう。

「相談っていうのは、彼女たちが言ってたことについてなんだけど……」
「話せたのね。すごい」
「内容もすごいよ……さっぱり理解できなくてさ」
「何て言ってたんだ?」

 アズは昨日の流れを一通り追って話し始める。

「彼女たちが言うには、地動説を信じている人たちが増えると、どんどん仲間たちが消えていってしまうらしいんだ。それで、私に助けを求めてきてさ」
「ああ……信仰が薄くなっていってしまうのね」
「どういうことだ?」
「世界から魔法の力がなくなっていくっていう意味よ。だから妖精や精霊なんかは、この世に存在を維持できなくなってしまうんだと思うの。学師も確かそんな話をしていた気がする」
「えーと、なんだっけそれ……」
「コズモロギア。宇宙法則」
「ああ。あったなあ、そんなの」

 アズは続ける。

「彼女たち、こう言ってたんだ。『手遅れになる前に』『クレプシドラ水時計をひっくり返して』って……」

 ハリが微妙な顔をして首を傾げる。

「世界をひっくり返せ?」
「水時計をひっくり返せ、かもよ?」

 マリア=エリー=レラの言葉も当てはまり、三人は考え込む。

「うむ、全然分からん」
「でしょおおー? だから困っちゃっててさ……」
「シーマさんにその話はした?」
「してない。おばあちゃんは金属のアストロラーベを見て寝込んじゃったから、そんな話する余裕もなくってさ」
「タイミング悪っ」
「でも、ニュンペーたちが言うには、時が満ちたから、ジノヴィオスが私を呼んだらしいんだよ……」
「それって……」
「授かりの儀式のこと?」
「実は……ニュンペーたちが消えた後、渾天儀が開いたんだ」
「えっ!!」
「えーっ!! もう儀式を済ませちゃったの!? 楽しみにしてたのにぃぃ!!」
「よ、よく分からないんだよ! ニュンペーがジノヴィオスの声を聞けって言うから、聞こうとしたんだけど、聞こえなくて……。なのに、渾天儀が開いたんだ。でも、何も起きなかった」
「今どうなってるの?」
平面球形プラニスフェリックに戻ってる……」

 そう言い、アズはポケットから平たいアストロラーベを取り出して見せる。

「本当だ……昨日見たやつだな……」

 一同が再び考え込む。
 マリア=エリー=レラが泉に振り返った。

「今もきっと、ニュンペーたちはここでこの話をヤキモキして聞いてるのよね……?」
「多分ね。私たちのこと、子供の頃から知ってるみたいだったし」
「シーマさんが子供の頃から知ってるんだろうな。その前から、ずっとここにいて村を見守ってたんだろうと思うと……」

 ハリはその先を口にしなかったが、他の二人も同じ気持ちだ。
 何とかしてやりたい。
 アズはアストロラーベをポケットにしまうと、二人に向き直る。

「とりあえず、おばあちゃんが回復したら、この話をしてみる」
「うん、そうね。それがいいと思う」
「ありがとう、聞いてもらってちょっと落ち着いた」
「確かに、この話は一人で抱え込むにはヘビーすぎる」
「今日はもう戻るよ。昨日の今日だし」

 マリア=エリー=レラがアズの手にそっと自分の手を置く。

「何かあったら言いなさいよ。力になるから」
「宿題やってくれる?」
「あ、オレのも」
「それは自分でやんなさいよ! ていうかハリ、アンタ本当に関係ないじゃない! バカなの!?」

 二人が笑い、彼女から逃げ出した。
 ハリが避けて高く飛躍したのを目で追いながら、アズはふと、こんな笑い合いえる素敵な魔法も無くなってしまうのかと思い、それは嫌だなと思った。
 絶対に、嫌だなと。
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