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第4話 お披露目アストロラーベ
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石畳を歩いて帰る途中、アズは首を傾げた。
天気も良くて、いいお日柄。朝はあんなにウキウキしていたのに、街に来たらそれを搾り取られてしまった気持ちがする。
街ってそういう場所なのだろうか? やはり鉄で作られてるから?
それとも選択肢を間違えてしまったのだろうか? そんな思いも湧き上がってきたが、今更それを嘆いても仕方がない。
元来た道を見れば緑が見え、土の街道が続いている。この先に進めばアズは占星術師となり、星を読んで生きていくのだ。それはアズにとってとても素敵なことだった。
「ハリ、マリア=エリー=レラ、ついてきてくれてありがとう」
そう言われて、ハリは複雑な表情を向けた。
「んー、でもさー、よかったのかなーこれで、ってモヤモヤはちょっとしてるよ」
マリア=エリー=レラはケロッとした様子で。
「アタシは、あのアブラアムとかいう店主が意外にいいオヤジだったからご機嫌よ。オデッセフス教徒の中にも良い奴はいるのね。初めて知ったわ」
アズは微笑んだ。
「おばあちゃんが若かった年代は、あの街もジノヴィオス樣を信仰してたみたいだから、そのあたりと接点あった人たちはあんな感じなのかもね」
「六十年くらい昔?」
「かなあ?」
「そんなもんで街は変わっていっちゃうのかー」
自分たちが歳を取ったら、今暮らしている村はどうなってしまうのだろう。そんな不安がちょっと顔を出し、三人の言葉数が少し減った。
いつも陽気なハリが急に声を張り上げる。
「帰ったら、儀式だよな!! オレすっげえ楽しみ!!」
マリア=エリー=レラもそれに同意する。
「そうね、占星術師の契約なんて中々見れるもんじゃないし、実はめちゃくちゃ貴重じゃないコレ? アタシたち歴史に残っちゃうかもしれないわよ?」
「ジノヴィオス様の声とか聞こえたりすんのかな!?」
「やだっ! じゃあ早く帰っておめかししなくちゃ!! こんな油臭くなっちゃったら嫌われちゃう!! もーっ、あの街最悪! 臭すぎ!!」
二人のいつもの様子に思わず笑いがこぼれ、アズはそこまで悪い運命を引いたわけでもなさそうだと思い直した。
ネライドコーリィ。
妖精の村、という意味だ。
村の門の前で、風魔法の得意なドロテアおばさんが周囲の落ち葉を風で巻き上げながら、何やら一人ぶつぶつ文句を言っている。
「こんばんはドロテアおばさん。いつもお掃除ありがとうございます」
「あら、みんなおかえりなさい」
この光景もいつものことなので、特に気にする様子もない。
アズはそこでハリとマリア=エリー=レラと別れ、街の北側にある家へと帰宅する。
玄関をノックすると、中で待ち構えていた父のアカターリリに引き寄せられた。
「ど、どどど、どうだった!? 買えたか!?」
「びっくりした……ずっとここで待ってたの?」
見れば大きな木のテーブルにごちそうが並べられ、祖母のシーマと祖父のカロロスが席に座っていた。
母のコンスタディーナがキッチンから顔を出し、両手で大きな鍋を持ってくる。
「あら、おかえり。どうだった? 初めての街は」
「臭かったー」
参ったと言った顔をすると、カロロスが低いしわがれ声で『フッヘッヘ』と笑う。
「何でこんなご馳走?」
アズが驚いていると、コンスタディーナが鍋をテーブルの真ん中に置いて蓋を開ける。フワーッとコンソメの良い香りが宙に漂い始めた。
「そりゃそうよ、我が子がやっと占星術師と認められようかという日に、ごちそうで祝わない家族がどこにいるかって話!」
「ごちそうの話は後だ!! なあっ、なあ! どうだったんだよ!?」
アカターリリは落ち着きのない様子でアズの周囲をぐるぐると回っている。
そこで彼の母親のシーマがピシャリ。
「犬みたいに忙しなくしてんじゃないよこのバカ息子。アズ、いいから手を洗っておいで」
しつけの厳しいおばあちゃんという感じのシーマは、偉大なる占星術師の師匠だ。
母親のコンスタディーナも彼女から教えを受けた。息子のアカターリリは占星術師になれなかったが、その代わり修行に来ていた彼女をお嫁さんとしたのだ。その子供がアズとなる。
手を洗ったアズがキッチンに戻ると、アカターリリはソワソワと両手を擦ってからアズの椅子を引いた。
「さあさあ、座って。話を聞かせておくれ」
いつもの席に座らされ、家族一同からキラキラした星のような瞳を向けられる。
「あー……アストロラーベね。買えたよ」
それだけでドッと歓声が上がる。
シーマが言った。
「じじいは元気だったかい?」
「ああ……先代のおじいさんは十年前に他界されてたんだ。それで、息子さんのアブラアムさんが後を継いでらして、彼から売ってもらった」
「ああ……そうかい。そりゃまあ、仕方がない。じゃあ、そのアブラアムとかいう子が、今はアストロラーベを作ってるんだね」
「いやっ……」
アズの様子がおかしいのに気づいた母が首を傾げる。
「何よさっきからソワソワしちゃって? 街で何かあったの?」
「……あったというか、なかったというか……」
父がテーブルに置かれた箱を指さす。
「アストロラーベは買えたんだろう?」
「う、うん……」
シーマが憤った。
「何なんだいこの子は? ちょっとその箱を開けて見せてごらん」
いつかは言わなければならないのだ、アズはそれを手にして蓋を開け、中から平たい金属のアストロラーベを取り出してテーブルの上へ置いた。
その瞬間、場の空気が鋭く張り詰める。
凍りついたというべきか、集中線が集まったというべきか、白と黒が反転したというべきか、とにかく時間が止まったのではないかと錯覚するほど家族中が息を呑んで動きを止めた。
「こっ……」
シーマは言葉が絞り出せず、そのまま黒目を裏返す。
「ああああっ、かあさん!! しっかり!!」
息子のアカターリリが卒倒するシーマを抱き抱え、その場は騒然とする。
アズは慌ててアストロラーベを手にしてドアから飛び出すと、家の外へ走り出してしまった。
天気も良くて、いいお日柄。朝はあんなにウキウキしていたのに、街に来たらそれを搾り取られてしまった気持ちがする。
街ってそういう場所なのだろうか? やはり鉄で作られてるから?
それとも選択肢を間違えてしまったのだろうか? そんな思いも湧き上がってきたが、今更それを嘆いても仕方がない。
元来た道を見れば緑が見え、土の街道が続いている。この先に進めばアズは占星術師となり、星を読んで生きていくのだ。それはアズにとってとても素敵なことだった。
「ハリ、マリア=エリー=レラ、ついてきてくれてありがとう」
そう言われて、ハリは複雑な表情を向けた。
「んー、でもさー、よかったのかなーこれで、ってモヤモヤはちょっとしてるよ」
マリア=エリー=レラはケロッとした様子で。
「アタシは、あのアブラアムとかいう店主が意外にいいオヤジだったからご機嫌よ。オデッセフス教徒の中にも良い奴はいるのね。初めて知ったわ」
アズは微笑んだ。
「おばあちゃんが若かった年代は、あの街もジノヴィオス樣を信仰してたみたいだから、そのあたりと接点あった人たちはあんな感じなのかもね」
「六十年くらい昔?」
「かなあ?」
「そんなもんで街は変わっていっちゃうのかー」
自分たちが歳を取ったら、今暮らしている村はどうなってしまうのだろう。そんな不安がちょっと顔を出し、三人の言葉数が少し減った。
いつも陽気なハリが急に声を張り上げる。
「帰ったら、儀式だよな!! オレすっげえ楽しみ!!」
マリア=エリー=レラもそれに同意する。
「そうね、占星術師の契約なんて中々見れるもんじゃないし、実はめちゃくちゃ貴重じゃないコレ? アタシたち歴史に残っちゃうかもしれないわよ?」
「ジノヴィオス様の声とか聞こえたりすんのかな!?」
「やだっ! じゃあ早く帰っておめかししなくちゃ!! こんな油臭くなっちゃったら嫌われちゃう!! もーっ、あの街最悪! 臭すぎ!!」
二人のいつもの様子に思わず笑いがこぼれ、アズはそこまで悪い運命を引いたわけでもなさそうだと思い直した。
ネライドコーリィ。
妖精の村、という意味だ。
村の門の前で、風魔法の得意なドロテアおばさんが周囲の落ち葉を風で巻き上げながら、何やら一人ぶつぶつ文句を言っている。
「こんばんはドロテアおばさん。いつもお掃除ありがとうございます」
「あら、みんなおかえりなさい」
この光景もいつものことなので、特に気にする様子もない。
アズはそこでハリとマリア=エリー=レラと別れ、街の北側にある家へと帰宅する。
玄関をノックすると、中で待ち構えていた父のアカターリリに引き寄せられた。
「ど、どどど、どうだった!? 買えたか!?」
「びっくりした……ずっとここで待ってたの?」
見れば大きな木のテーブルにごちそうが並べられ、祖母のシーマと祖父のカロロスが席に座っていた。
母のコンスタディーナがキッチンから顔を出し、両手で大きな鍋を持ってくる。
「あら、おかえり。どうだった? 初めての街は」
「臭かったー」
参ったと言った顔をすると、カロロスが低いしわがれ声で『フッヘッヘ』と笑う。
「何でこんなご馳走?」
アズが驚いていると、コンスタディーナが鍋をテーブルの真ん中に置いて蓋を開ける。フワーッとコンソメの良い香りが宙に漂い始めた。
「そりゃそうよ、我が子がやっと占星術師と認められようかという日に、ごちそうで祝わない家族がどこにいるかって話!」
「ごちそうの話は後だ!! なあっ、なあ! どうだったんだよ!?」
アカターリリは落ち着きのない様子でアズの周囲をぐるぐると回っている。
そこで彼の母親のシーマがピシャリ。
「犬みたいに忙しなくしてんじゃないよこのバカ息子。アズ、いいから手を洗っておいで」
しつけの厳しいおばあちゃんという感じのシーマは、偉大なる占星術師の師匠だ。
母親のコンスタディーナも彼女から教えを受けた。息子のアカターリリは占星術師になれなかったが、その代わり修行に来ていた彼女をお嫁さんとしたのだ。その子供がアズとなる。
手を洗ったアズがキッチンに戻ると、アカターリリはソワソワと両手を擦ってからアズの椅子を引いた。
「さあさあ、座って。話を聞かせておくれ」
いつもの席に座らされ、家族一同からキラキラした星のような瞳を向けられる。
「あー……アストロラーベね。買えたよ」
それだけでドッと歓声が上がる。
シーマが言った。
「じじいは元気だったかい?」
「ああ……先代のおじいさんは十年前に他界されてたんだ。それで、息子さんのアブラアムさんが後を継いでらして、彼から売ってもらった」
「ああ……そうかい。そりゃまあ、仕方がない。じゃあ、そのアブラアムとかいう子が、今はアストロラーベを作ってるんだね」
「いやっ……」
アズの様子がおかしいのに気づいた母が首を傾げる。
「何よさっきからソワソワしちゃって? 街で何かあったの?」
「……あったというか、なかったというか……」
父がテーブルに置かれた箱を指さす。
「アストロラーベは買えたんだろう?」
「う、うん……」
シーマが憤った。
「何なんだいこの子は? ちょっとその箱を開けて見せてごらん」
いつかは言わなければならないのだ、アズはそれを手にして蓋を開け、中から平たい金属のアストロラーベを取り出してテーブルの上へ置いた。
その瞬間、場の空気が鋭く張り詰める。
凍りついたというべきか、集中線が集まったというべきか、白と黒が反転したというべきか、とにかく時間が止まったのではないかと錯覚するほど家族中が息を呑んで動きを止めた。
「こっ……」
シーマは言葉が絞り出せず、そのまま黒目を裏返す。
「ああああっ、かあさん!! しっかり!!」
息子のアカターリリが卒倒するシーマを抱き抱え、その場は騒然とする。
アズは慌ててアストロラーベを手にしてドアから飛び出すと、家の外へ走り出してしまった。
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