【占星術師の宇宙論】

荒雲ニンザ

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第3話 片方の選択

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 街の入り口に入ると石畳に切り替わる。
 ここはアックリポーリィ。端っこ街と呼ばれている場所。
 道の質が変わり、『街に入った!』と言わんばかりの切り替えに、三人は警戒心を強くした。
 そこかしこからスチームがもくもくと煙を吹き出し、町全体を薄暗くしている。

「機械がいっぱいだ……」

 とは言え、大した物があるわけではない。ほとんどがボイラーで、木材よりも丈夫な鉄で色々なものが作られているだけなのだが、文化の違う彼らにはそれがよく分からない。
 アズがサンダルで石畳を踏みしめながら言う。

「おばあちゃんが言ってた……この街も大分変わったって。昔は新しい木材とベリーパイの甘い香りのする穏やかな街だったんだって」
「想像つかないわそれ……」

 マリア=エリー=レラが鼻をヒクヒクと動かしている。

「ねえ……この匂い、何かしら……?」
「肉の脂身じゃね?」

 マリア=エリー=レラが怪訝な顔で露骨に首を横に振る。正しくは、肉の脂とオイルの入り混じったスチームの匂いだ。
 すれ違う人々はほとんどが黒と焦げ茶の風変わりで硬そうな衣装を身に纏い、こちらをジロジロと窺ってくる。
 ジノヴィオス信仰のバブロニアンはこの町では物珍しいのだろう、こちらとしてもその逆で、オデッセフス信仰のバブロニアンは物珍しい。お互いでジロジロ見ながら遠巻きに過ぎ去る。
 それから三人は細い路地に向かい、道具屋の看板がかかる店の前で足を止めた。

εργαλείοエルガリィオ……ここだ」
「嫌だわ……、いよいよオデッセフス教徒と会話しなきゃいけないとか」
「そ、それは私がやるので……。二人にはついてきてもらっただけで十分だよ」
「何かあったら助けに入るからな!」

 ハリはそう言ったが、アズとしては何事もなく済ませたい。
 そっと扉を開け、隙間から中を覗き込むように顔を入れる。チリンとドアについた鈴が鳴り、三人は頭上を見て舌打ちを一つ。

「いらっしゃい」

 頭が禿げたピエロのような店主がカウンターの向こうでこちらを振り返り、三人を見て口を開けた。

「おや……これはこれは……」

 ここでもまたジノヴィオス信仰が物珍しいと言った様子だ。
 三人はゆっくりと物の溢れる店内へ足を運ぶ。

「あの……こちらのお店に、アストロラーベを作ってる方がいると聞いてきたのですが……」

 声変わりをしていそうでしていないようなアズの声を聞き、店主は嗚呼と言って大きな鼻の頭を掻いた。

「あー、あれねえ……今は作ってないんだ」
「えっ」
「先代が作れたんだけど、大分前に亡くなってね。もう十年くらい経つかな」
「ああ、それは知りませんでした……ごめんなさい」
「いや、いいよ。気にしないで。もう昔の話だしね」
「実は、おばあちゃんがご贔屓にしてたお店だと聞いてやって来たのです。こちらのアストロラーベは魔法の安定が素晴らしいから、お前もここのにしなさいってお勧めされて」
「そうか、父さんのお得意さんだったのか。じゃあ……君は占星術師ってことかな? もしかして、ネライドコーリィに住むシーマさん……の?」
「はい、孫のアズです。 こっちの二人は、友達のハリとマリア=エリー=レラ。一緒についてきてもらいました」
「そうか! 私はアブラアム。子供の頃、父さんから話で聞いたことがあるよ。森の奥に天道説を信仰している村があるって。魔法を使うんだって? 本当に?」

 マリア=エリー=レラがフンと鼻を鳴らす。

「そんな簡単に見せられるものじゃなくてよ」
「アストロラーベは、その占星術に使うってことだよね?」
「はい。星を読むのに必要な道具です」
「父さんの作ったアストロラーベじゃないとダメなのかな? 別の職人が作った物なら置いてあるんだけど……」
「えっ! 他の商品ならあるんですか? それでも構いません。見せて頂けますか?」
「ああ、でも、占い用じゃないんだけど……」

 店主はそう言いながら奥から平たい箱を探して持ってくると、アズの前で蓋を開いて見せる。
 そこには青いベルベッドに寝かされた平たい円盤のような物が入っていた。

「わあ……」

 渋い金色の金属で作られたそれは、表面に鋭い鉤爪や釣り針のような形の模様が無数に描かれている。細かい筋目は等間隔についており、それらは星の位置を計測するのに使用するようだ。
 アズもハリもマリア=エリー=レラもそれを見て目を輝かせたが、アズはハッと我に返る。

「こ、これ、金属ですよね?」
「うん。そうなんだよ。父さんは木工でアストロラーベを作ってたんだけど、もうそういう時代じゃないからねえ……。実はこれ、インテリア用に作られてるものなんだよ。デザイン性に優れてるだろう? 飾り物なんだ……」
「飾り物……」

 そこでマリア=エリー=レラがムッとして前に出る。

「ちょっとアンタ、アズに飾り物を売る気!? この子は立派な占星術師になるのよ? それを飾り物で間に合わせろだなんて……」
「ううーん……そうだよねえ。こっちも申し訳ないなとは思うんだけど、もうこういう道具を作ってる職人さんがいなくなっちゃってて……」

 世界は地動説で満ちている。
 それは時と共にみるみる広がり、あっという間に近くの街までやってきた。
 世の中は誰でも使える科学に心酔し、学ばなければ使えない魔法が消えていく。手軽なものを好むバブロニアンたちにとって、それは必然的な未来に思えた。

「ありがとうマリア=エリー=レラ。でも、他に選択肢がないから」

 ここにある選択肢は、買うか、買わないか、この二択だ。

「お母さんも言ってた。どんどん近代化が進むから、昔ながらの物は消えていくだろうって。こんな辺境の地の道具屋さんでもアストロラーベは金属になってるくらいだから、どこ探しても木工品は見つけられないよ……だから、私これにする。これでいい」

 片方を選択した。
 この先、これがどういう運命に向かうか誰も分からない。

「アズ、アンタ……」

 ハリも心配してアズに声をかけた。

「機械で占星術ができるの?」

 店主が困ったように話に入る。

「機械というわけじゃないんだけど……まあ、金属でできてはいるよね……」
「多分大丈夫だと思う。おばあちゃんにはこっぴどく怒られそうだけど……」
「ああーっ! シーマさんには絶対怒られる……」

 それを聞いていたマリア=エリー=レラが腕を組んだ。

「とりあえずこれ買っておいて、木工品が見つかったらそっちに買い替えれば良いじゃない」
「それができたら良かったんだけど……」
「できないの?」
「占星術師にとって、アストロラーベは一生に一度しか授かれない物なんだって。一度それを通して女神と契約したら、この先死ぬまでその一台で星読みをしなくちゃいけないらしい。じゃないと、女神は誰にどの運命を教えたか混乱してしまうから。だから木で作って、一緒に棺桶に入って、魂と共に女神にお返しする物なんだっておばあちゃんが言ってた……」
「金属じゃ腐らないじゃない……」

 店主が困っている。

「どうするんだい? やめておくかい?」

 二択だ。
 それは彼らに永遠と付きまとう天と地の法則。
 必ずどちらか一つを選択しなければならず、一度間違えた道を選べば良くて遠回り、悪くて取り返しのつかぬ運命に行き着いてしまう。
 アズは大きく息を吸った後、カウンターの向こうで心配そうに様子を見ている店主に言った。

「おいくらですか」
「え、い、いいの?」
「はい。私、買います」
「あ、あ、あ、ぁ! 180ドラクムになります!」

 アズは袋から十八枚の硬貨を取り出し、一枚ずつカウンターに並べていく。それをじっと見つめる二人の友達と、店主。

「十八枚」
「まっ……毎度!」

 店主は平たい円盤を箱に戻し、アズに渡してやってから何とも言えない表情を見せた。

「そんな顔しないでアブラアムさん。ちゃんと使えるようになりますから。だから、この先も、占星術の道具を仕入れて私に売って下さい」
「……アズちゃん……」

 それを聞いて、アズはちょっと面白くなって笑ってしまった。

「まだ性別は決めてないんです。ちゃんかくんかは取っといて下さい」
「あっ、ああ……そ、そうなんだ。いやあ……相変わらず不思議だね、ジノヴィオス信仰の人たちって……」
「私たちには、これが普通なんです」
「そ、そうか」

 彼らが買い物を終え、店から出て行こうと歩を進めたところで、徐に店主がとめた。

「ちょっと待って!」

 そう言って、カウンターの下の床を外し、そこから細かい水晶の入った網袋を取り出した。

「ちょっと埃っぽくなっちゃってるけど……これ、父さんが仕入れたまま放置してた商品なんだ。もうこういうアイテムは売れないから……どうぞ持っていって下さい」

 アズが上目遣いに店主の顔色を覗っている。

「使うでしょう? 占星術で。これの代わりができるものを見つけておきますから、それまでこれでやりくりしててくださればと……」
「ありがとうございます」

 言われるままアズはその網袋を店主から受け取り、感謝の印に深くお辞儀をしてから退店した。
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