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第二十四話 お得意さんいらっしゃい
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今日も今日とて幕が開く。掛け小屋の外で、口から生まれたお福が呼び込み口上をし始めると、その先は幕が閉まるまで止められない。笑いの裏にそんな緊張感が張り詰めるが、それすらも生き生きとした笑顔に転じて一座の芝居が始まる。
「今日の演目はいつもとちゃうよ! 若い男女が愛し合い、駆け落ちをしようとする噺や! そこを追いかけてくるのが、極悪侍! 女を渡せえーっと詰め寄ってくる! 男も侍の端くれ、刀を抜いて悪徳侍と対峙するが!? さーさーさー、どうなるかは見てのお楽しみや!」
よく動く口を滑らせながら、器用に三味線にバチを当て始める。周囲の視線がこちらに向いて流れてくると、そこで着飾った吉祥がご登場。まるで錦絵のような天女を見て一瞬にして人々はざわめきだし、その波が更なる視線を奪ってよこす。そこですかさずてんとうが戸を開き、表に出て声を張り上げた。
「さーさー芝居が始まるでー! 席は早い者勝ちや! はよぉ入ればええ席が取れる、遅く入れば遠ぉなる! はよせぇへんと満員御礼になるでー!」
軽快な三味線が人の足を自然と動かし、舞い踊る吉祥を見ながら掛け小屋の中へ誘っていく。入り口では長次が昨日てんとうに言われた通りの境で銭を受け取り、押し合いへし合いの客を流し込む。
「お客さん押さないで! 危ないです! 中は薄暗いですから足元に気をつけて下さい!」
「ひひっ、ええで長次、その調子や。ジブン意外にこういう仕事、向いてるんとちゃう?」
てんとうにそう褒められたのが余程嬉しかったのだろう、頬を染めたにやけ顔が気持ち悪く初々しい。
一方寿三郎はというと、奥の釜でかんとだきの煮炊きと、お茶の用意で大忙しであった。団子と饅頭は前の店から持ってきているので手間はかからないが、天道がそれを籠に入れて手際よく並べている。そのうちてんとうが戻ってくると、その籠の紐を頭から被せてやり、客席へと送り出す。
「お茶にー、お団子ー! お出汁が命ー堺のかんとだきー!」
江戸に来てどのくらい経つのかは知らないが、お得意さんが毎度足を運んでくれているらしい。何人かが待ってましたと言わんばかりに手を上げる。
「てんとうちゃんー、こっちー! 三つちょうだいー!」
「おおきにーっ! あっ、また来てくれたん! 嬉しいからちょっと汁多めにしたる!」
「きゃあ嬉しい、美味しいものねー、かんとだき!」
「そーそー、この汁だけで酒が飲めるってもんよぉ!」
「酒は置いてないのか?」
「お酒なー! 起きたいんやけど、大量に仕込むだけの銭がなくてなー。今模索してるとこやねん」
「知り合いに升酒屋いるぞ、口添えしてやろうか?」
「ほんま!? 嬉しいわあ!」
「ここで酒飲んで芝居見て大笑いできたら、大川に飛び込んでも良いくらい嬉しいねぇ!」
「化けて出て来られるのは困るわ、銭取れへんやん!」
「俺の心配より銭かよ!」
「さすが堺の人間だわ」
慣れてきた客同士で顔馴染みができ始め、客席も各々賑わいが広がっていく。こうなってくればてんとうも比較的楽になり、客に任せて奥に追加をとりに行きやすくなる。空になった籠を持って行くと、そこに寿三郎が追加の品を置いていく。
「俺と長次の二人が加わって回し始めたというのに、この忙しなさ……、今までどうやって回転させていたのか不思議で仕方がない……」
「人の入りが増えてるもん。日が経ったらもっと増えるから覚悟しとき」
そう言い残し、てんとうが客席に戻っていく。寿三郎はこれ以上客が増えるのかと絶句していたが、ぼんやりしている暇はない。裏の幕から化粧をした天道が顔を出した。
「おい、アンタも用意しないと。あとはてんとうと長次に任せて、こっちで化粧や」
本当に舞台に立たされるのかと寿三郎が項垂れていると、天道が腕を引いてくる。
「はよせえ、お福の三味線がはよなってくると外の入りが終わる合図や。吉祥が戻ってくる」
「ええい! 儘よ!」
客も裏で役者が煮炊きしているとは思っていないだろう。寿三郎は前掛けを放り投げて幕の裏へ入り込むと、そこで用意された衣装を手に取った。
「今日の演目はいつもとちゃうよ! 若い男女が愛し合い、駆け落ちをしようとする噺や! そこを追いかけてくるのが、極悪侍! 女を渡せえーっと詰め寄ってくる! 男も侍の端くれ、刀を抜いて悪徳侍と対峙するが!? さーさーさー、どうなるかは見てのお楽しみや!」
よく動く口を滑らせながら、器用に三味線にバチを当て始める。周囲の視線がこちらに向いて流れてくると、そこで着飾った吉祥がご登場。まるで錦絵のような天女を見て一瞬にして人々はざわめきだし、その波が更なる視線を奪ってよこす。そこですかさずてんとうが戸を開き、表に出て声を張り上げた。
「さーさー芝居が始まるでー! 席は早い者勝ちや! はよぉ入ればええ席が取れる、遅く入れば遠ぉなる! はよせぇへんと満員御礼になるでー!」
軽快な三味線が人の足を自然と動かし、舞い踊る吉祥を見ながら掛け小屋の中へ誘っていく。入り口では長次が昨日てんとうに言われた通りの境で銭を受け取り、押し合いへし合いの客を流し込む。
「お客さん押さないで! 危ないです! 中は薄暗いですから足元に気をつけて下さい!」
「ひひっ、ええで長次、その調子や。ジブン意外にこういう仕事、向いてるんとちゃう?」
てんとうにそう褒められたのが余程嬉しかったのだろう、頬を染めたにやけ顔が気持ち悪く初々しい。
一方寿三郎はというと、奥の釜でかんとだきの煮炊きと、お茶の用意で大忙しであった。団子と饅頭は前の店から持ってきているので手間はかからないが、天道がそれを籠に入れて手際よく並べている。そのうちてんとうが戻ってくると、その籠の紐を頭から被せてやり、客席へと送り出す。
「お茶にー、お団子ー! お出汁が命ー堺のかんとだきー!」
江戸に来てどのくらい経つのかは知らないが、お得意さんが毎度足を運んでくれているらしい。何人かが待ってましたと言わんばかりに手を上げる。
「てんとうちゃんー、こっちー! 三つちょうだいー!」
「おおきにーっ! あっ、また来てくれたん! 嬉しいからちょっと汁多めにしたる!」
「きゃあ嬉しい、美味しいものねー、かんとだき!」
「そーそー、この汁だけで酒が飲めるってもんよぉ!」
「酒は置いてないのか?」
「お酒なー! 起きたいんやけど、大量に仕込むだけの銭がなくてなー。今模索してるとこやねん」
「知り合いに升酒屋いるぞ、口添えしてやろうか?」
「ほんま!? 嬉しいわあ!」
「ここで酒飲んで芝居見て大笑いできたら、大川に飛び込んでも良いくらい嬉しいねぇ!」
「化けて出て来られるのは困るわ、銭取れへんやん!」
「俺の心配より銭かよ!」
「さすが堺の人間だわ」
慣れてきた客同士で顔馴染みができ始め、客席も各々賑わいが広がっていく。こうなってくればてんとうも比較的楽になり、客に任せて奥に追加をとりに行きやすくなる。空になった籠を持って行くと、そこに寿三郎が追加の品を置いていく。
「俺と長次の二人が加わって回し始めたというのに、この忙しなさ……、今までどうやって回転させていたのか不思議で仕方がない……」
「人の入りが増えてるもん。日が経ったらもっと増えるから覚悟しとき」
そう言い残し、てんとうが客席に戻っていく。寿三郎はこれ以上客が増えるのかと絶句していたが、ぼんやりしている暇はない。裏の幕から化粧をした天道が顔を出した。
「おい、アンタも用意しないと。あとはてんとうと長次に任せて、こっちで化粧や」
本当に舞台に立たされるのかと寿三郎が項垂れていると、天道が腕を引いてくる。
「はよせえ、お福の三味線がはよなってくると外の入りが終わる合図や。吉祥が戻ってくる」
「ええい! 儘よ!」
客も裏で役者が煮炊きしているとは思っていないだろう。寿三郎は前掛けを放り投げて幕の裏へ入り込むと、そこで用意された衣装を手に取った。
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