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第十二話 騙され浪人

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 大川沿いを上れば浅草寺が見えてくる。ここから先は寺社地で、本所方面に行かぬのであれば寺しかない。
 寺の境内とは言えすぐ隣が盛り場だ、この辺りは江戸で一、二を争う大通りがあり、商業が盛んなだけあり、他から江戸に入ってきた者たちが境内に掛け小屋を設けたり、ござを敷いたりとそこで様々な出し物をして銭を儲けていた。厳かで静かとか程遠いが、活気があって人通りがあるのは良いことだ。寿三郎たちはそれを横目にてんとうと吉祥を探して辺りを見回していた。

 この付近でも大道芸をやっている者達は多く、猿回しもいれば自分が逆立ちしている者も見かける。てんとうも吉祥も芝居一座だけあり派手ななりはしていたが、この中に混じってしまうと見つけるのも苦労するというもの。しばらく歩いた後、ようやく堺の訛りが耳に入ってきた。

「天道一座をよろしゅうー! 一日いっぺん、笑うは妙薬ー! 道頓堀のお笑いを江戸で見れるなんて、こんな貴重なことはないで!」

 赤い着物がちらつく。どうやらてんとう一人のようだ。

「てんとう」
「あれ!? 寿三郎さん、長次も! なんでこんな所におんの? 仕事でこっち来たん?」
「……仕事といえば仕事だが……。吉祥はどこへ行った?」
「あん? うちらがここにおるって座長から聞ぃたの? 吉祥なら遊郭の客に媚び売りに行ったで」

 長次がきょとんとしている横で、寿三郎が動揺している。

「なに誤解しとんの。媚び売りに行っただけや。ちょっと甘い雰囲気匂わせて引札渡してしまえばこっちのモンやからな。うちは引札を渡して客を引いてくるけど、吉祥は顔で引くんや」

 逞しい。

「ま、まあいい……。今日から一座で働くことになった。詳しいことは長次に聞け。俺は吉祥を探してくる」
「え!! どういう風の吹き回しやの!? 昨日あんだけ嫌がっとったのに!」
「ええい、そのあたりは長次に聞け。吉祥はどっちに行った」

 驚くてんとうが指差す方向に寿三郎が歩いて消えると、残された長次は顔を赤らめる。

「あの……えと」
「まあ……事情はゆっくり聞くとして、仕事……してもらおか?」

 長次の腕の中に引札の束が投げ込まれた。


 ここから吉原は猪牙舟で大分上流に遡る。おそらく吉祥は、遊郭目当てでついでにふらふら盛場に遊びに来た男を引っ掛けようという算段なのだろうが、綺麗な顔をして考えることがまあまああれだ。そのあれを有耶無耶としたまま、寿三郎は飛び抜けて美しいおなごを探して周囲に視線を投げていた。
 土手の方まで来ると、店が並んで雰囲気が変わってきた。こちらではないなと引き返そうとした時だ。

「待てこらァ!!」

 訛りの入った怒声が聞こえ、寿三郎はそちらに顔を向ける。嫌な予感が胸中に湧き起こり、気がつけばそちらに駆け出していた。
 声の方に走っているうち、道に見慣れた引札がばら撒かれているのに目が移る。天道度一座の文字が見え、この先に吉祥が逃げ込んでいると悟ると、寿三郎は腰の刀が暴れるのに鞘を握って力を入れた。
 寺の裏手まで来ると、追い詰められた吉祥が妙な三人の浪人に囲まれているのが目に入る。

「吉祥!!」

 寿三郎がそう叫ぶと、男達はこちらを鋭く振り返った。その隙を吉祥は逃さず、二つの壁を蹴って屋根の上に飛び乗るとそのまま伝って人通りの激しい場所へ駆け出す。それを追おうとした男達の前に寿三郎は立ちはだかった。
 三対一だ、無茶にも程がある。それでも引こうとしない寿三郎に男達は怪訝な顔をして言った。

「何や己は? 邪魔立てすれば命はないで」

 寿三郎はそれに答えず、姿勢を低くして刀の鍔を親指で押し上げる。ちきと金属の音がなった時、屋根の上にいた吉祥が声を張り上げた。

「どあほ! 逃げろ!」

 その声を聞いた寿三郎は一瞬目を見開いた。今、どう聞いても男の声だった。
 目の前で刀を抜いた男三人よりも、今の吉祥の凄みの利いた声に全てを奪われ、低くしていた背筋を伸ばす。そこを斬りかかられ、慌てて退いた。

「くっ……!!」

 再び屋根の上から吉祥が叫ぶ。

「はよ逃げろ! 俺はもう平気やから、行き!」
「おまっ……お、おと……」

 もたもたしている寿三郎を見て吉祥は憤ると舌打ちをし、屋根から飛び降りて男達の間をすり抜けると寿三郎の元へ滑り込んでその手を取った。

「はよぉ!!」

 ぐいと引っ張る力はおなごのものではない。そこでやっと寿三郎は確信した。

「お前……! 男だったのか!」
「やかましいわ! 今そんな話しとる場合やないやろ!」

 刀を持った男が三人、背後から襲いかかってくるのだ。二人は慌てて走り出すと、神社の人通りに向かって一目散に逃げ出した。
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