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十話 町医者を呼ぶ

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 町医者が正太郎の具合を見終わった頃、裏長屋もようやく落ち着きを取り戻した。町医者が帰るのを見送りつつ、各々が自分の仕事へと戻っていく。
 床に伏した正太郎は脂汗をかいて青い顔をしていたが、朝に比べれば落ち着いて見える。寿三郎が長次と共にその様子を側で窺っていると、息の荒い正太郎は顔をしかめながら詫びを入れてきた。

「旦那……、本当に申し訳ねぇ……。今日の仕事はできそうにねぇ……」
「そんなことを気にしている場合か。俺のことより自分の身体を心配しろ」
「面目ねぇ……」

 それから長次に視線を移す。

「長次……昨日の支払いを寿三郎の旦那にしてやってくれ。それと、今日の仕事は休みだ……。お前は外で遊んでこい……」
「父上の具合が良くないというのに、遊んでなどいられません!」
「んなこと言ってもよ……お前がいたところですぐ良くなる訳でもなし、俺も寝てるだけだからよ……。外でうろうろしててくれる方が気が休まるんだよ……」
「父上……」
「何かあっても長屋の連中がいっから、お前は外で遊んでこい……な」

 嘘か誠か分からぬが、寝ているだけというのは本当だろう。

「そういうわけで……旦那、申し訳ねぇ……俺は少し休ませてもらいますんで……今日は他で働き口を探してきてくだせぇ……」
「分かった。俺は何とでもなるから、余計な負担を胃にかけるなよ」

 正太郎の部屋を後にすると、後ろからしょぼくれた長次がついて出てきた。

「寿三郎様……これ、昨日の給金です」

 そう言って小分けにした方を握りしめ、昨日の売上が入った袋を寿三郎に差し出す長次は見ていて忍びない。

「逆だ、長次……」

 言われてはっと息を呑み、それを逆さにする。昨日の働きを受け取り、寿三郎はため息をついた。

「じゃあな。俺は働き口を探しに行く。お前はまず飯を食え、朝からなにも食べていないだろう」

 長次は俯いたまま返事しなかったが、寿三郎とていつまでもこうして突っ立っているわけにもいかない。冷たいようだがこちらも生活がかかっているので、長屋の木戸へと歩き出した。

「寿三郎様!」

 呼ばれて振り返り、小走りで駆け寄ってくる長次を見る。

「おいら、昨日の一座の方達に、仕事をもらいに行きます」
「……は!?」

 突然のことに、拍子抜けした声を返す。

「またしばらく父上は働けないでしょう。お医者に診てもらったこともありますし、このままだと長屋にいられなくなります。今まだ蓄えがあるうちに少しでも増やしておけば、父上も安心して養生できるでしょうし、いいお薬を買えるかもしれない。おいら行きます」

 長次の目は真剣だ。

「し、しかしな……芝居小屋の手伝いは鋳掛屋と全く違うぞ? 昨日てんとうを見てただろ? お主にあんな真似ができるのか?」
「できるできないかではないのです。やるのです!」

 言うや駆け出して長屋の木戸から飛び出していく長次を慌てて呼び止めたが、まあ子供というのは早い早い。水鉄砲のようにぴゅうと出た後はもう大分先に見える。

「お……おおぅ……」

 一回りも違う男児にきっぱりと言われ、土手のたんぽぽを食べていた浪人風情の肩身が狭い。寿三郎は困ったように舌打ちをしてから長次の後を追った。
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