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第三話 病床の鋳掛屋

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 しばらく間が空いた後、戸が開けられた。ずっと寝込んでいたのだろう正太郎は髷を緩ませ、少しやつれたように見える。

「見舞いに来てくれたんですか」
「いや……寝込んでいると聞いて、仕事の手伝いで分前に在り付けないかとやってきた。長次のこともあったし、身の回りの世話を安く引き受けようかと思ったが、余裕がないならやめておく」
「ああ……そいつぁー……。まあ中へ入ってください。ゆっくり話しましょう」

 部屋の中へ招かれたので、草履は脱がずに板間の端に腰を下ろす。室内は金属の屑や鋳掛の道具がまとめて置いてあり、ここもまた見事に狭い。

「長次は?」
「仕事の手伝いで出てます」
「長次に鋳掛をやらせてるのか?」
「まさか。あいつぁ身体が小さすぎて、天秤棒すら抱えらんねぇです」

 正太郎はゆっくり板間に腰を下ろすと、一つ息をつく。

「鍋だけ預かって家に持って帰ってくんですよ。それを俺がここで直す。あいつぁまたそれを持ち主の所に持って行って、銭をもらって帰ってくると」
「動けるのか」
「まあ、このくらいはしないと。重いもの運んで練り歩くのは流石に堪えちまうんですが、長屋の井戸でふいごを動かしてる分にはなんとかやっていけてます」

 子供を養っている分、寝ている余裕はないのだろう。

「手間かかるな……」
「まあしょうがねぇや。あんまり仕事休むと食っていけなくなるんで。もうちっとしたら治るだろうから、それまでの辛抱でさ」

 長屋の外はまだ朝食あさげの支度の匂いが立ち込めている。この時間帯に出歩くということは、調理が終わったあたりの客を引っ掛けるつもりなのだろう。

「寿三郎の旦那、仕事欲しいって言ってましたが、天秤棒下げて客から鍋預かってきてもらえたら助かるんですが」
「そんな簡単な仕事でいいのか? 薪割りでも水汲みでも屑運びでもなんでもするぞ」
「普通その場で修理すんですが、今この身体じゃできねぇから、持って帰ってやるしかねんですよ。手間かかる分だけ丁寧にやるって話になってんですが、そうすっと、儲けがちっと減っちまうんだ。あんま出せねぇけどいいですかい?」
「ああ、構わない」

 ほとんど人助けのようなものでここに足を運んでいるのだ、一日食べられればそれでいい。無論、寿三郎はそんな野暮を口には出さなかったが。

夕食ゆうげ前に仕事が終わるくらいの分量あればいいんで。そこの棒持ってってください」
「分かった」

 そう頷いた後、寿三郎が戸を開けて外に出ると、表に出ていた裏長屋の連中がこちらを見ているのに気がついた。
 寿三郎が何かと他人の不運に首を突っ込んでいく性分なのを長家の連中は知っていたので、今回もおそらくそれを見越した話を投げてよこしたのだろう。まんまとそれにはまる寿三郎本人は、自分の甲斐性をよく分かっていないので毎度引っかかるし、知らぬうちに人助けとなっていることが多い。

 そんな裏長屋連中の視線の意味も知らず、寿三郎は長屋から通りに出る。そしてまず最初にすること。

「いかけー、いかけー」

 寿三郎の低い声が町内に響き渡る。髪も着物も容姿すらも鋳掛け屋には見えないので、これでどの程度客が寄ってきてくれるか分からない。とにかく足を伸ばして人通りが多い場所まで行くしかないと、彼は浅草方面へ向かった。
 しばらくすると自分を呼び止める声に足を止められる。

「寿三郎様!」

 振り返って視線を落とすと、そこには深緑色をした格子柄の着物をきっちり整えた長次が鍋を二つ抱えて立っていた。

「おう、長次」
「……なんで鋳掛屋の真似などしてるのですか?」

 比較的大人しい雰囲気の子供であるが、眉と眼光がしっかりした印象がある。何度か算術を見てやったことはあるが、他の子供と遊んでいてもあまり笑っているのを見た記憶がない。確か歳は十二だったと思うが、歳に対して身体が小柄すぎる。それなのに女親がいないで父親の手伝いをして育ったためか、少し大人びて見えるというちぐはぐした子供であった。

「先刻お主の父上から仕事を頼まれてな。お主と同じく、客を探して歩いておる」

 それを聞いた長次の顔が少し明るくなる。

「父上のお手伝いだったのですか! ありがとうございます。おいら一人だと、あんまり荷物が持てなくて……大人の人が手伝ってくれると助かります」

 そこで長次が何かに気がつき、寿三郎に申し訳なさそうに口を開く。

「でも……二人で同じ場所を回っていると、お互いでお客をとってしまうんで、別々の場所に行くのがいいかと思います。おいらあんまり持てないから、寿三郎様に遠出をお願いしてもいいでしょうか」

 さすが職人の子供。親のやることをよく見ている。

「うむ。これから人の多そうな浅草方面に向かおうと思っていたところだ」
「そうだったのですね。でもあそこはお寺さんばかりなので、両国の方がいいと思いますよ」
「両国……」

 昨日の出来事を思い出し、寿三郎は思わず言葉を止める。

「どうされました?」
「いや……別に」

 それから長次は鍋を両脇に抱え直した。

「ではおいら、父上の所へこれを置きに戻ります。両国なら、お天道様が真上に来たあたりで戻ってきて下されば、夕食までにお客様の元へお返しできるかと」
「うむ、分かった」

 長屋方面へ一人歩いていく長次の後ろ姿は逞しく見える。昨日てんとうに因縁つけてきた浪人の情けなさを思い出し、寿三郎は長次に対し、十二でしっかりしたものだとしみじみ思った。
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