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第64話 光速のエッジ

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 ソリ班を乗せた船は、アクシス大陸の上部に位置する島……クロウマークスワイバーンに到着した。
 河口付近は氷の塊が大量に浮かんでおり、船を岸に近づけるのに手間取った。見通しが甘いのは仕方なく、限られた時間内で精一杯ことを運ぶ。かなりもたついたが、それから1刻半ほど後にいかだは何とか仕事をこなし、大足と2台の馬車を対岸に運んでくれた。
 南国で暮らす面々はすでに寒さで凍えていたが、早急に行動をしなくてはならない。馬車の車輪を外し、ソリのエッジを氷につける。

「テスト運転してないから、最初は慎重にね」

 ルーカスの言葉に頷き、ミアがケルンクラフトを構えた。

「みんな乗ってるわよね?」
「大丈夫ー」

 アメリアとルーカスは2輪に腰掛けてハンドルを握っている。漕ぎはしないがこれで方向を制御するらしいので、責任は重大だ。
 ミアは後ろの馬車に合図を送ってから、ゆっくりとスペルを呟く。ソリの下に魔方陣が浮かび、そこから風が吹き上がり始めた。徐々に風圧は高まり、ソリが宙に浮き始める。ミアがロッドを振れば大足は風に押されて前進し、シーと甲高い音を立てて氷を削りながら滑りゆく。
 アメリアとルーカスは慌ててハンドルを操作し、進路を真っ直ぐに調整した。

「こりゃ大変だ……!」
「コツを掴むまで辛抱よ!!」

 後ろからついてくる2台の馬車は、ブレーキで氷を刺せるのでこちらに比べれば幾分楽なようだ。しばらく舵取りが前で苦戦しているように見えたが、徐々にコツを掴んだらしく、1刻過ぎたあたりでは冷えた足を片手でさする様子が見えた。
 問題はまだある。どのソリも前で舵を取る者が直風に当たり続けるため、凍えて長時間運転できないことだ。頻繁に交代しながら進まなくてはならず、その都度速度を落とさねばならない。
 また、彼らがワゴンの中に戻ってくる頃は身体の芯まで冷え込んでいるため、体調管理が難しい。生命線となるヒーラーは各ソリ1名しか乗車していないため、自分たちが寒さにやられないようにとかなり慎重になっていた。
 天候がぐずったせいで已む無くビパークする日もある。魔法使いと僧侶がいれば凍えて死ぬこともないが、日が押してしまうのは痛い。
 連日魔法使いたちが身を削って頑張ってくれている。今日明日には到着できるだろう。


 イーサンたちが必死にシュレーディンガーに進んでいる中、何も知らない捜索本部の騎士団たちは、人間に擬態しているヴェスパジアーノと共にデプスランドの捜索に当たっていた。

「こっちじゃない……もっと遠くだ……」

 突然王の勅令を持ってやってきた使者に対し、騎士たちは皆不満を持っていた。相手の素性も知れず、事情も説明されていないのだ。なのにこの者に命を預けろと王は言う。不服は、人に生まれた者として当然の感情ではあるが、騎士は王と王国のために行動しなくてはならない。その感情を封じてただ言われた通りをこなしている。
 総隊長であるエイヴァも思うところはあるが、王の勅令であればそれに従う他なく、捜索隊長のテオ共々使者の命令の通り大人しく行動をしていた。何も聞かされず、ただ雪の中を何刻も歩かされ、連れてこられた先で延々と待たされる。
 使者は目を閉じて何かの気配を探っている様子だが、徐々に雲行きが怪しくなってきた。

「使者様。天候が悪くなって参りました。そろそろ切り上げてキャンプに戻りませんと……」
「すぐ近くにいる」

 テオの言葉を制するようにヴェスパジアーノが話し始める。

「ああ、これで終わりだ。長かったなあ……」

 使者の様子が変わり、不審に思ったエイヴァが問う。

「どういうことです?」
「この足元にある雪の何処かに、いるんだよ、お前らが魔王と呼ぶ存在が」

 丁寧だった口調が変わり、ヴェスパジアーノの本性が滲み出てくる。
 騎士たちは剣に手を置き、周囲を見回した。エイヴァもテオも同じく視線を飛ばすが、何も見えない。
 その騎士たちを前にし、ヴェスパジアーノは不気味な笑みを口元に湛えながら言った。

「魔王様は空腹で力が出ないってよ」

 そしてテオの肩を鷲掴みしたと思った瞬間、事もあろうかアンロックスペル解除魔法を唱えたのだ。

Dedicatemelo我に捧げよ
「……テオ!!」

 咄嗟にエイヴァが反応したが時すでに遅し。テオの身体はエイヴァの手をすり抜け、ヴェスパジアーノを越えた反対側の雪の上へと投げ出された。

「ぐっ……!!」

 均等を解除されたテオのビオコントラクトは大気に流れ出し、本人にも止めることができぬままでいる。
 エイヴァが剣に手をかけてヴェスパジアーノを威嚇する。

「何をするのです! 今すぐにオーバードーズをやめて下さい!!」

 ヴェスパジアーノはお構いなしといった様子で危機感のない人間を嘲笑い、両手を広げると同じに背中の翼を広げて見せた。

「さあデプスランドよ!! 食事の時間だ!! お前のために新鮮な餌を持ってきてやったぞ!!」

 騎士たちは王の使者が魔物に変化したことに一瞬怯んだが、すぐに剣を抜いてヴェスパジアーノに向かおうとした。

「お前がジェームズ王を操っていたのですね!?」

 エイヴァの声を掻き消すようにヴェスパジアーノの背後の雪が大きく迫り上がり、その場にいた騎士たちを白く染め上げる。その中央から、赤黒い光沢を放つドラゴンの鱗に覆われた……異形の獣が身を捩りながら姿を現した。
 ヴェスパジアーノは振り返り、その光景に裂けるほど口を開いて笑い始める。

「ハハハハ!! ザマアミロ!! オレがデプスランドを倒す!! オレが世界一だ!! オレが世界一ダーッ!!」

 風が吹雪いてきた。
 そのうち吹雪がやってくる。
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