61 / 73
第61話 魔の使者
しおりを挟むここは険しい山脈が連なる土地。雪が積もり、灰色の岩山を白く覆い隠しているため、世界の色は乏しい。
氷の中で生存できる生物は数少ないが、代わりに強靭な生命力を持った生物がテリトリー争いと無縁の生活を送っていた。
この山脈の頂点はドラゴン。
生態系の絶対的支配者は獰猛で高慢ちきではあったが、幸い人生の大半を静かに寝て過ごすため他の文明に興味はなく、山から降りてくることも干渉してくることもない。
鋭い山脈を切り裂いたように流れる川は氷で覆われ、人々からこう呼ばれていた。
クロウマークスワイバーン……竜の爪痕と。
ここでは数ヶ月前から騎士団が入り込み、かつての対戦で討ち取られた魔王デプスランドの捜索にあたっていた。
事切れたドラゴンの死骸を中心に本部が建てられ、大勢の騎士たちが出入りしている。死んだ竜は厳しい環境で氷に覆われていたが、内側から燃える自らの炎で少しずつ体内を焼き、鱗と骨はその熱を帯びていずれ燃え尽きてしまう。騎士団はその熱を利用してしばらくの間滞在を試みていた。
竜はテリトリーの物が奪われるのを極端に嫌う。燃料を確保するのも一苦労で、外から持ち込んだ木材を燃やさねば料理もできない。
思ったより捜索も難航していたある日、城からの使者が数名の騎士団をつれて訪れた。その騎士団の中には、かつての勇者の1人であるエイヴァがいる。
捜索本部は急な来客に警戒したが、騎士団の総隊長であるエイヴァを見つけて取り敢えず彼らを室内に招き入れた。
本部を任されているのは第二師団テオ。
「急なお越しですね。王は何と?」
「それについては、こちらの使者からお伝えするそうです」
エイヴァがフードを外すと、雪がこぼれ落ちるのと同時にアッシュゴールドの三つ編みが一本、肩から背中に垂れる。随分と若く見えるが、これはオーバードーズのせいとも言い切れない。単純にエイヴァは背が低く童顔なのだ。
使者は根深くフードを被ったまま彼らの後ろから静かに表れ、懐から王の伝令を取り上げる。そしてそれを深い声で読み始めた。
「……『令。世が送り込んだ使者に、隊を動かす権限を与える。この者の令により、デプスランド討伐を命じる……。国王ジェームズ・リアム・エリオット』」
捜索本部をまとめていたテオが首を傾げるのは理解できるが、その令を聞いていたエイヴァも眉をひそめている。
テオが身を乗り出して前の机を掌で叩いた。
「一体これはどういうことでしょう!? 見ず知らずの貴方に、我々を指揮する権限が与えられたと!?」
エイヴァが彼を制し、口を開く。
「ご無礼お許し下さい。ですが、我々を含め、王からのご命令というだけでここまで何も聞かされずやってきた者の言い分もご理解頂きたいのです。これは一体、どういう話なのですか?」
使者はエイヴァに意識を移す。静かにフードを持ち上げ、彼らの前に初めて姿を現した。
「これはこれは……。騎士団の方々には、王とは別の礼儀が必要のご様子……」
そこにいた人物は、顎に鉄のマスクをつけ、人の姿に擬態したヴェスパジアーノであった。
ゴーサホルツハマー城外。
郊外にある騎士団の隠れ本部では、ここにいる全ての師団がオーバードーズを終えた形となり、騎士たちが静かにも熱く沸いていた。
元とまではいかないが、自然に時と共に刻んだ年輪にほぼ戻り、装備共々体に馴染んで格段に戦力が上がった。
アメリアとルーカスに日々冷やかされているイーサンも騎士たちの訓練に加わり、かつての感覚を取り戻そうと躍起になっていたある日。先日世話になった第3師団隊長のサムエレが訪れ、若くなったイーサンを目にして感動の言葉を口にする。
「おお……幼少の頃、憧れ抱いていた勇者イーサンのお姿をそのままこの目にできるとは……何という光栄……」
それを聞いたアメリアとルーカスが小突きあって笑っているのをイーサンが横目で睨み、ばつが悪そうに聞いた。
「何か用か?」
「はっ。先日城内に入り込んだ際、イライジャ様からお預かりした品をお返しするために参上致しました」
サムエレがイーサンの目の前に一振りの大剣を差し出す。
「脅威への攻撃者!! 城に戻したアーティファクトじゃねぇか! どうやってこれを……!?」
「さあ? 経緯までは存じ上げませんが、城から外に持ち出そうとしていらっしゃる様子でしたので、武器を所持していても疑われない自分がお預かりして本部まで持ち帰ってきた次第です。見れば大分傷んでいるようでしたので、騎士団専属の鍛冶屋で手を入れさせ、修繕が終わったのでお返ししようと……」
「でかしたああ!!」
サムエレの肩に腕を回し、イーサンは大喜びである。まあ、サムエレも憧れの剣士に褒められて、戸惑いながらも嬉しそうではある。
そのはしゃぎようを見てアメリアが問うた。
「アーティファクトって、イーサンたちが元々使ってた武器のことよね?」
「そうだ! オレの手に馴染みまくってるこの大剣! ああー! 会いたかったぜえー!」
イーサンが演武しているのを見ながらルーカスも聞く。
「普通の剣とは違うんだ?」
「剣にアンロックスペルが刻まれてんだ。オーバードーズしながらたたっ斬れるから確実に数を減らしていける。隙がねえ」
「なるほど、じゃあビョルグの剣は僕がもらっていい?」
「お前ぇは自分の槍を作ってもらっただろうが。ビョルゴルグルの剣はご馳走を分ける時使えるだろ。便利だからダメ」
「勇者の台詞ぇ……」
まあイーサンはこういう奴だ。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
俺だけ永久リジェネな件 〜パーティーを追放されたポーション生成師の俺、ポーションがぶ飲みで得た無限回復スキルを何故かみんなに狙われてます!〜
早見羽流
ファンタジー
ポーション生成師のリックは、回復魔法使いのアリシアがパーティーに加入したことで、役たたずだと追放されてしまう。
食い物に困って余ったポーションを飲みまくっていたら、気づくとHPが自動で回復する「リジェネレーション」というユニークスキルを発現した!
しかし、そんな便利なスキルが放っておかれるわけもなく、はぐれ者の魔女、孤高の天才幼女、マッドサイエンティスト、魔女狩り集団、最強の仮面騎士、深窓の令嬢、王族、謎の巨乳魔術師、エルフetc、ヤバい奴らに狙われることに……。挙句の果てには人助けのために、危険な組織と対決することになって……?
「俺はただ平和に暮らしたいだけなんだぁぁぁぁぁ!!!」
そんなリックの叫びも虚しく、王国中を巻き込んだ動乱に巻き込まれていく。
無双あり、ざまぁあり、ハーレムあり、戦闘あり、友情も恋愛もありのドタバタファンタジー!
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

異世界無宿
ゆきねる
ファンタジー
運転席から見た景色は、異世界だった。
アクション映画への憧れを捨て切れない男、和泉 俊介。
映画の影響で筋トレしてみたり、休日にエアガンを弄りつつ映画を観るのが楽しみな男。
訳あって車を購入する事になった時、偶然通りかかったお店にて運命の出会いをする。
一目惚れで購入した車の納車日。
エンジンをかけて前方に目をやった時、そこは知らない景色(異世界)が広がっていた…
神様の道楽で異世界転移をさせられた男は、愛車の持つ特別な能力を頼りに異世界を駆け抜ける。
アクション有り!
ロマンス控えめ!
ご都合主義展開あり!
ノリと勢いで物語を書いてますので、B級映画を観るような感覚で楽しんでいただければ幸いです。
不定期投稿になります。
投稿する際の時間は11:30(24h表記)となります。

幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜
霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……?
生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。
これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。
(小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
新・俺と蛙さんの異世界放浪記
くずもち
ファンタジー
旧題:俺と蛙さんの異世界放浪記~外伝ってことらしい~
俺と蛙さんの異世界放浪記~八百万ってたくさんって意味らしい~の外伝です。
太郎と愉快な仲間達が時に楽しく時にシリアスにドタバタするファンタジー作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる