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第60話 ロールバック

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 ルチアは続けて聞いた。

「この遺物はどの程度ビオコントラクトを吸収できるのでしょう? 騎士団は300人ほどおりますが、全員となるとかなりの量となってしまうのでは」

 ミアが腕を組む。

「昔は入れても、すぐ取り出してたわよねえ……。わたくしたちの知る限りだと満杯まで溜めたことはなかったけれど、ビオ魂のサイズはサマナーホールの天井すれすれまであったのは見たことがありましてよ」

 聞き慣れない言葉にアメリアが顔を歪める。

「びお……こん……?」
「あら失礼! わたくしたち昔、溜まったビオコントラクトの塊を『ビオ魂』って言ってましたの」
「ははは……そういえばそうでしたね」

 イライジャが若かりし頃を思い出して苦笑いをしている。
 イーサンが机に手をついた。

「まあ、入れられるだけ入れて、あとは吸うだけだ。とっとととりかかろうぜ」

 ルチアが控えていた騎士達を見回す。

「サムエレはまだ戻ってないのですか?」
「武器庫に寄ってからお戻りになるとのことです」
「ふむ、では第5師団から順にとりかかりましょう」
「はっ」

 イーサンがやれやれと伸びをして、若い2人を呼んだ。

「アメリア、ルーカス、ちょっと来い。お前ぇら2人はすることがねえ。本職から戦い方を教わるいいチャンスだ、上のヤツらに稽古つけてもらえ」
「げっ……」

 絶望感漂う声に、イーサンが叱咤する。

「ビオ魂溜まるまではかなり時間かかるからな、こってりしぼってやる」
「ええーっ!」
「えーじゃねえ、ほら行け」

 倉庫から連れ出された2人の嘆きと恨み声は、いつまでも周囲に響き渡っていた。


 それから数日かけ、数人がかりでニュートラルグレイターを取り囲み、ひたすらオーバードーズで入力を繰り返す。ビオ魂と言われているビオコントラクトの塊は、出力せず入力だけを繰り返しているため、広くもない倉庫の天井にあっという間に届きそうになった。
 イライジャがそれを眺めてルチアに問う。

「今何名ほどですか」
「2個師団が終わりそうなので、そろそろ100名ほどかと」

 ミアが助言する。

「天井についたら球体がどうなるか分からないし、そろそろ誰かに渡しましょう」
「そうですね。イーサンからがよいかと思いますが、どうでしょうか」
「わたくしもそれがいいと思うわ。あのクソジジイに力仕事をやってもらいましょう」

 ルチアが他の騎士に振り返った。

「イーサン様はいまどこに?」
「外でアメリア様とルーカス様に稽古をつけておられます」
「呼んできて下さい」
「はっ」

 イライジャがニュートラルグレイターに刻まれている文字を指でなぞる。

「出力が悪そうですね……かなり大気に放出してしまうかもしれません」
「仕方なくてよ。でも、走り回れるようになるなら充分」
「私たち2人は後衛ですから、身体さえ動けばさほど支障なくやっていけるかと思います。メインはイーサンで、彼をできる限り若返らせましょう」
「わたくしもそれがいいと思いますわ。前衛がいないと魔法も撃てやしないし、回復もままならない」

 しばらくするとイーサンが倉庫の中にやってきた。

「オレから取り込むのか?」
「ええ。イーサンを中心にバランスを見ながら分けて、どのくらい戻るか確認しながらやってみましょう」
「アメリアとルーカスは?」
「置いてきた。あいつらがここにいても役に立たないだろ? 騎士に稽古つけてもらってる」
「若返ったアナタを見たらうるさくてよ? 連れてきた方がよかったんじゃない?」
「チッ……そうか。クソ、しくじった」

 イライジャが笑い、机から少し離れた。イーサンは掌をニュートラルグレイターの上に浮かぶビオコントラクトの塊に向け、解除のスペルを口にする。

Unlock-overdoseアンロック-オーバードーズ

 ロックが外れた途端、激しい引き寄せが周囲を揺さぶった。

「おいおいおい……大丈夫かこれ!?」
「ニュートラルグレイターが不安定なのです! 周囲にビオコントラクトが漏れ出しているので、それが引き寄せを強くしているのかと!」
「大丈夫よ! スペルが消えかけてる場所に光が回ると荒れるだけ!」

 ミアの言う通り、確かに引き寄せにムラがある。

「これ、どの程度かかんだ!?」

 身体を支えているだけで年寄りには厳しいものがあり、イーサンは必死に腕を伸ばしてオーバードーズの軌道を維持していた。ビオ魂を見れば徐々に小さくはなっている。イーサンの状態はと言えば、目に見えて若返りが表れていた。

「大丈夫! もう少しすれば楽になってくるかと……! 若年化ロールバックしてるのが見て分かりますよ!」
「大丈夫大丈夫って、おぇらよおぉ……!」

 根性だけは人一倍あるのだ、イーサンは顔を伏せて振動に耐えながら足を踏ん張っている。スペルがはっきり刻まれた部分に光が到達すると、ビオコントラクトの塊は急激に縮まり始め、窄まるようにしてイーサンの身体に納まった。
 緩やかに発光が薄れてゆき、イーサンは顔を上げて自らの手を確かめる。戦いの傷が浮かび上がるその手の甲に、深い皺はみえない。
 イライジャとミアが奇妙な顔をして笑っている。

「懐かしき友よ、おかえりなさい」
「いくつに見える?」
「まあ、そうねえ……20……いや、30前半ってとこかしら?」
「40あたりでは?」
「鏡かせ!」
「そんな物、騎士団が簡易本部にしてる場所にありませんよ」

 イーサンは後ろに控える騎士の剣を抜いて顔を写し、まじまじと若返った自分を眺めて言った。

「めちゃくちゃガキじゃねぇか」
「一度歳をとったからそう見えるのですよ。100越えれば皆赤ちゃんに見えるじゃないですか」

 それを聞いたルチアが少し動揺している。
 イーサンは自分の腕を曲げ、屈伸し、その場で幾度かジャンプし、軽く拳を前に突き出した。

「筋力は大分衰えてんな」
「どの程度戦えますか」
「現役の頃の半分以下ってとこかな」
「まあ仕方ないわね。最大火力はわたくしに任せて。その代わり、それだけの魔法を撃てるように立ち回ってちょうだい」
「オケ」

 イライジャがニュートラルグレイターに向き直る。

「約100人分のビオコントラクトでこの程度の若年化。不具合で大気に放出してしまった誤差はあるとして、残り200人なら何とかなりそうですね」
「オレとミアは攻撃の要だからロールバックが激しい。魔物と戦うとしたら、多少器に余裕がないともたねぇぞ」
「でもイライジャはハーフエルフよ。器自体は大きいけれど、加齢が遅い分あまり吸収できないわ」

 そこでルチアが話に入る。

「我々騎士団が器になります。我々は勇者たちのために、剣となり盾となり、器となりましょう」
「おし」
「では、オーバードーズの続きをお願いします」

 引き続き騎士たちが倉庫に並んで列をなしているのを横目に、ミアがイーサンに言った。

「早いうち、アメリアとルーカスに見せてきた方が面倒がなくてよ」
「うへえ……」

 からかわれるのが手に取るように分かる。イーサンは重い足取りで倉庫を後にした。
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