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第59話 ニュートラルグレイター
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アメリアとルチアが郊外の本部に戻った頃は、すでに陽が沈んでいた。松明の火が所々に灯され、ゆらめく影が些か不気味にも見える。若すぎる騎士たちがルチアを出迎えて通路に並び、報告を告げた。
「ケヴィンたちはすでに戻っています」
「遺物はどうなっていますか」
「入手済みです。イライジャ様たちが確認している最中かと」
アメリアはそれを聞いて喜び、軽くステップを踏んだ。
「やった! じゃあ作戦成功なのね!」
「一先ずは安堵しました。まずはどういう状況か確認しましょう」
2人が倉庫の中に入ると、中央の机を囲んだイライジャとミアが何かをいじって話し合っているのが見えた。ケヴィンとマレンがルチアに気がついて敬礼をする。
「ご苦労様でした。首尾は」
「は。ニュートラルグレイターは無事入手することができました。今お二方が確認中です」
「イーサン様とルーカス様はまだお戻りになっておりません。サムエレもまだです」
ルチアとアメリアは机上に乗った遺物、ニュートラルグレイターを前にする。イライジャが遺物をなぞりながら口を開いた。
「長年大分手荒に扱われてきたようで、少し挙動がおかしくなってますね……」
「動くのですか」
ルチアの質問にミアが答える。
「反応はするわ。途切れ途切れだけれど。多分これは、表面のスペルが削れちゃってるせいね」
「壊れてるの?」
アメリアは心配してそう尋ねたが、ミアは首を横に振る。
「希少鉱物の塊に魔法をかけて作ったものだから壊れはしないわ。分かりやすく言えばエネルギー不足といったところかしら」
ルチアが尋ねる。
「エネルギー源は?」
背後からイーサンの声が聞こえた。
「ビオコントラクト」
振り返れば、共に戻ってきたルーカスがその後ろから手を振っている。
「ただいまー。上で聞いたよ、遺物回収できたんだってね。そこに置いてあるそれ?」
ルーカスはアメリアの横に立ち、机の上を覗き込む。
「そう。ニュートラルグレイター」
「ただの平たい石だね?」
「おまけに、ちょっと調子悪いみたい」
話を戻し、ルチアが申し出た。
「私の吸収したビオコントラクトを使って、動作確認をするようなことはできるのでしょうか?」
イライジャが頷いた。
「ふむ、そうですね。少量入れてどうなるか確認した方が早い。やってみましょう」
ミアは机から離れると、皆に距離をとるように指示を出す。
「みんな下がって。近寄るとオーバードーズされちゃいましてよ」
それを聞いたアメリアが驚いた。
「この水鏡が生物をオーバードーズするんだ?」
「原理としてね。正確に言うと、オーバードーズするのは生物側だけど、鏡で跳ね返されるから効果が逆転するの」
「なるっほど」
ミアが机に置いてあった水差しからニュートラルグレイターの平らな面に水を流し込み、用意は完了。
「普通にニュートラルグレイターに向かってオーバードーズするだけで大丈夫です」
イライジャがルチアにやり方を教え、彼女は遺物に掌を向けて静かに息を吐く。
「Unlock-overdose」
解除魔法のロックが外れると、例の引き寄せが始まる。周囲にいる者達は一瞬身体を揺らされ、それに抗うように軸を立て直す。何度経験しても慣れそうにない違和感。その中に身を置きながらニュートラルグレイターを見ていると、水面の波紋から徐々に青白いエネルギー体のような物が形を成してきた。
「あれは……?」
目の前の光に目を奪われながらアメリアが問うと、ミアがそれに答えた。
「ビオコントラクト。普通の状態だったら絶対お目にかかることがないから、かなり貴重な光景よ」
それは水鏡に薄く敷かれた水が立てる波紋の中心から、1粒ずつ水滴のように途切れて上へと浮かんでいく。徐々に大きくなっていく光の球によって青白く室内が照らされていく光景は幻想的で、ため息が漏れそうだった。
「すごくきれい……」
「『命』そのものですもの」
ルチアがオーバードーズをやめて息をつくと、引き寄せが止まって身体が軽くなる。卓上に置かれたニュートラルグレイターのすぐ上に浮かぶ掌サイズの光を皆が見つめている中、イライジャとミアが遺物のスペルを覗き込む。
「うん……修復すれば読めるようにはなりますね」
「古代ランダマン言語みたい。エルフが魔法をかけたみたいだけど、呪文自体は人間のもののようね……」
「問題は、この鉱物を彫ったのがドヴェルグであるということ」
「私たちじゃ傷一つつけられないわね……」
アメリアが横から顔を出す。
「ドワーフなら、コメツィエラアンボスにビョルグがいるじゃない」
「行って戻ってる時間がないわ。馬で飛ばしても片道2週間はかかりましてよ」
「そっか……」
机にへばりついていたイライジャが身を起こす。
「大丈夫です。何とか我々2人がスペルの繋ぎを補えるよう善処できるかと。不安定なままなのは仕方がない。動くだけでもありがたいと思わないと。まずは時間を優先しなくては」
ルチアに確認しようと視線を移すと、そこには30代半ばあたりの年齢になっている彼女が立っていた。
「あっ……!」
ルーカスの驚いた声で視線が流れ、ルチア自身も自らを反射物に映して驚きの声を発した。
「これは……」
「おいくつであったのかは存じ上げませんが、ニュートラルグレイターが貴方に蓄積しすぎたビオコントラクトを吸収してくれた証拠です」
「喜ばしい老いです。これで仲間達を元に戻してやれる……」
ルチアはほっと胸を撫で下ろし、周囲にいた騎士達もお互い口元をほころばせた。
「ケヴィンたちはすでに戻っています」
「遺物はどうなっていますか」
「入手済みです。イライジャ様たちが確認している最中かと」
アメリアはそれを聞いて喜び、軽くステップを踏んだ。
「やった! じゃあ作戦成功なのね!」
「一先ずは安堵しました。まずはどういう状況か確認しましょう」
2人が倉庫の中に入ると、中央の机を囲んだイライジャとミアが何かをいじって話し合っているのが見えた。ケヴィンとマレンがルチアに気がついて敬礼をする。
「ご苦労様でした。首尾は」
「は。ニュートラルグレイターは無事入手することができました。今お二方が確認中です」
「イーサン様とルーカス様はまだお戻りになっておりません。サムエレもまだです」
ルチアとアメリアは机上に乗った遺物、ニュートラルグレイターを前にする。イライジャが遺物をなぞりながら口を開いた。
「長年大分手荒に扱われてきたようで、少し挙動がおかしくなってますね……」
「動くのですか」
ルチアの質問にミアが答える。
「反応はするわ。途切れ途切れだけれど。多分これは、表面のスペルが削れちゃってるせいね」
「壊れてるの?」
アメリアは心配してそう尋ねたが、ミアは首を横に振る。
「希少鉱物の塊に魔法をかけて作ったものだから壊れはしないわ。分かりやすく言えばエネルギー不足といったところかしら」
ルチアが尋ねる。
「エネルギー源は?」
背後からイーサンの声が聞こえた。
「ビオコントラクト」
振り返れば、共に戻ってきたルーカスがその後ろから手を振っている。
「ただいまー。上で聞いたよ、遺物回収できたんだってね。そこに置いてあるそれ?」
ルーカスはアメリアの横に立ち、机の上を覗き込む。
「そう。ニュートラルグレイター」
「ただの平たい石だね?」
「おまけに、ちょっと調子悪いみたい」
話を戻し、ルチアが申し出た。
「私の吸収したビオコントラクトを使って、動作確認をするようなことはできるのでしょうか?」
イライジャが頷いた。
「ふむ、そうですね。少量入れてどうなるか確認した方が早い。やってみましょう」
ミアは机から離れると、皆に距離をとるように指示を出す。
「みんな下がって。近寄るとオーバードーズされちゃいましてよ」
それを聞いたアメリアが驚いた。
「この水鏡が生物をオーバードーズするんだ?」
「原理としてね。正確に言うと、オーバードーズするのは生物側だけど、鏡で跳ね返されるから効果が逆転するの」
「なるっほど」
ミアが机に置いてあった水差しからニュートラルグレイターの平らな面に水を流し込み、用意は完了。
「普通にニュートラルグレイターに向かってオーバードーズするだけで大丈夫です」
イライジャがルチアにやり方を教え、彼女は遺物に掌を向けて静かに息を吐く。
「Unlock-overdose」
解除魔法のロックが外れると、例の引き寄せが始まる。周囲にいる者達は一瞬身体を揺らされ、それに抗うように軸を立て直す。何度経験しても慣れそうにない違和感。その中に身を置きながらニュートラルグレイターを見ていると、水面の波紋から徐々に青白いエネルギー体のような物が形を成してきた。
「あれは……?」
目の前の光に目を奪われながらアメリアが問うと、ミアがそれに答えた。
「ビオコントラクト。普通の状態だったら絶対お目にかかることがないから、かなり貴重な光景よ」
それは水鏡に薄く敷かれた水が立てる波紋の中心から、1粒ずつ水滴のように途切れて上へと浮かんでいく。徐々に大きくなっていく光の球によって青白く室内が照らされていく光景は幻想的で、ため息が漏れそうだった。
「すごくきれい……」
「『命』そのものですもの」
ルチアがオーバードーズをやめて息をつくと、引き寄せが止まって身体が軽くなる。卓上に置かれたニュートラルグレイターのすぐ上に浮かぶ掌サイズの光を皆が見つめている中、イライジャとミアが遺物のスペルを覗き込む。
「うん……修復すれば読めるようにはなりますね」
「古代ランダマン言語みたい。エルフが魔法をかけたみたいだけど、呪文自体は人間のもののようね……」
「問題は、この鉱物を彫ったのがドヴェルグであるということ」
「私たちじゃ傷一つつけられないわね……」
アメリアが横から顔を出す。
「ドワーフなら、コメツィエラアンボスにビョルグがいるじゃない」
「行って戻ってる時間がないわ。馬で飛ばしても片道2週間はかかりましてよ」
「そっか……」
机にへばりついていたイライジャが身を起こす。
「大丈夫です。何とか我々2人がスペルの繋ぎを補えるよう善処できるかと。不安定なままなのは仕方がない。動くだけでもありがたいと思わないと。まずは時間を優先しなくては」
ルチアに確認しようと視線を移すと、そこには30代半ばあたりの年齢になっている彼女が立っていた。
「あっ……!」
ルーカスの驚いた声で視線が流れ、ルチア自身も自らを反射物に映して驚きの声を発した。
「これは……」
「おいくつであったのかは存じ上げませんが、ニュートラルグレイターが貴方に蓄積しすぎたビオコントラクトを吸収してくれた証拠です」
「喜ばしい老いです。これで仲間達を元に戻してやれる……」
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