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第31話 禁忌を正す者

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 海岸沿いを進めばありがたいことに食料に困らない。この何ヶ月かずっと魚料理ばかりだが、元々島で暮らしていた彼らはさほど苦にもなっていない様子。むしろ南のヒューマランダムより北にあるこの地域の方が魚介類は美味いと思っているくらいだ。
 砂浜で焚き火をたき、そこで貝と魚を焼きながら5人が円を描いて座っている。お互い談話して穏やかな空気だが、頃合いを見てイーサンが口を開いた。

「おぇら2人にまだ話してないことがある」

 昼間の戦闘中のことだろう。

「あのザコどもと戦ってる時、身体ごと意識が引っ張られそうになった瞬間あったろ」
「うん」

 アメリアは頷き、ルーカスが問う。

「大足の中に引きずり込まれるかと思った。僕はすぐ近くにいたから、ひどい目眩で気を失いそうになるところだったよ。あれは何?」

 イライジャとミアが少し俯き、それを横目で確認したイーサンが続ける。

「あれは解除魔法で、周囲にいる生物の体内にあるビオコントラクトに干渉した状態だ。オレがアンロックしたから、オレを中心とした他の全員が魔法の影響を受けてああなった」

解除魔法アンロックスペル? 初めて聞いた」
「オーバードーズ。エイジャーたちが使うスペルだ」
「エイジャーって?」
「オレたちみたいなヤツらのことさ」

 アメリアはよく分かっておらず、ルーカスは混乱している様子。

「えーと、つまり、イーサンと、イライジャと、ミア?」
「あー……だから」

 イーサンは困った様子で頭を掻いた後、イライジャの肩を叩いた。

「あとは頼んだ!」
「また!?」
「こういうの苦手なんだよオレは! 知ってんだろ!」

 イライジャはミアに視線を送ったが、彼女もまた激しく首を横に振っている。
 いつものことながら、貧乏くじを引くのはイライジャだ。言葉を選んで少し伏せ目がちに視線を泳がせた後、観念したように目をつむる。

「ニュートラルエクィリブリアムについては、ドヴェルグの加工屋から聞いたのですよね?」
「中立の均衡でしょ? 世界協定で定められてる、ビオコントラクトに干渉しないっていう法律……あっ!?」

 アメリアはそこまで言ってようやく気がついた。 

「ビオコントラクトに干渉しちゃいけないんだよね!?」

 イーサンが苦笑いしながら頷く。

「イーサン、今、解除魔法で干渉したって言わなかった!?」
「言った」
「ダメじゃん!!」

 アメリアが興奮していたので、ミアがすかさずそこに入り込む。

「アメリア落ち着いて。まずはイライジャの話を聞いて」

 アメリアはそれを受け、鼻から息を盛大に吐き出すとルーカスの隣に座り直す。
 イライジャが話し始めた。

「この話をしないで済むのならと思っていたのですが……どうやら無理なようですね、イーサン」
「ふん、魔物の話が出た時から、土台隠し通すのは無理な話なんだよ」

 その通りだと、イライジャもミアも分かっている。ただ、それを話してしまうと、この若い2人が同じ道に入ってしまいそうで、年寄り連中はそれが恐ろしくて遠ざけていたのだ。

「長い話になりますが……イーサンの話に辿り着くまでに必要なことなので聞いて下さいね」

 アメリアとルーカスが見守る中、イライジャは静かに言葉を紡ぎ始めた。

「かつての大戦で、最も重要なことは相手を殺めることではありませんでした。魔族は寿命がなく、力も強く魔力も膨大です。いざそれを倒したところで、体内にあるビオコントラクトはその場に留まってしまいます。それを仲間の魔族が取り込み、更に力をつけていく。1個体が莫大な力を身につけてしまえば、それを討伐するために更に強い騎士たちを送り込まなくてはならない。人よりも魔族は数倍も強い。現実問題でその非効率的を繰り返すわけにはいかず、かつての王朝と他種族の王たちは、ニュートラルエクィリブリアムの例外を作り出すことにしました」
「中立の均衡の……例外?」
「そう。魔族のビオコントラクトに干渉し、それを自らの体内に取り込む。禁忌を合法で破る者たちを設けたのです」
「それがイーサンの言ってた、エイジャー?」
「そうだ」

 ルーカスの問いにイーサンは頷いたが、アメリアが首を捻った。

「でも待って……? ビオコントラクトって、人が取り込むと若返っちゃうんでしょう? エイジャーって役割が生まれたところで、そんなこと続けてたら、いつかは戦える人がいなくなっちゃうじゃない。どんどん幼くなっていって、最後にはみんな赤ちゃんになっちゃうわ」
「そう。魔族の魔力は強い。当然ビオコントラクトも人間の数倍ある。とても人間だけでは抗えません。だからニュートラルエクィリブリアムを定める他の種族達も大戦に参加し、様々な種族が魔族討伐に乗り出したのです」

 ミアが言う。

「人間がビオコントラクトを取り込むと若返るけれど、他の種族はニュートラルが変化すると別の影響が現れるわ。それを利用して、こちら側は有利に戦闘を進めたの」

 そこまで聞いていたイーサンが続ける。

「力と体力のあるドワーフが硬化して盾となり、俊敏と魔力の高いエルフが好戦的になって攻撃に加わる。そして人間が最もビオコントラクトの循環がよい『老い』という放出を担い、若返りつつ魔族の魔力を少なくしていったんだ」

 再びミアが加える。

「でも、かつての時代、人間界を治めていた王とその騎士団でも、中々状況を進展させることができなかったの。人数が足りず、若返りが過ぎてしまったのね。それで、国は野良で傭兵を雇うことにしたの」
「……その中に、イーサンたちがいたってこと?」
「そうだ。オレたちはオーバードーズしながら、何十年と魔物を倒して、奴等を追い詰めて根絶やしにした。……そう思ってた」

 だが実際は違った。魔物の残党は世界中に散らばり、隠れ住み、小さな勢力を作って人間界に入り込んで悪さをしていたわけだ。
 そこまで過去を振り返ったところで、イライジャが続く。

「先日、船で年齢の話をしていましたよね。あまりはっきりと言えなかったのは、そういう理由からなのです。我々は先の大戦で禁忌を破って戦いましたから、体内年齢が分からなくなっている。自分たちが今何歳なのか把握できていない。魔物の強さによってビオコントラクトの濃度が違うため、この3人の中で一番年上の私が実は一番下かもしれないし、イーサンが最も歳を取っているかもしれない。でもそれは誰も分からない。そんなあやふやな状態だったからです」

 アメリアは感心したが、再び首を傾げる。

「どうして私達にそれを黙ってたの? 禁忌を破ったって言ってもあくまで合法だったのに……別にみんなを軽蔑したりはしないよ?」

 イーサンがそれに答えたが、彼はとてもやるせない様子だ。

「英雄だの勇者だの言ってるが、御法度である禁忌を破って戦う大罪人だ。戦争がおきれば国はエイジャーとして認めるが、とどのつまり同じこった」

 ルーカスがそのイーサンに問うた。

「あいつらはイーサンのことを『アンチエイジャー』って言ってたけど、エイジャーとは違うの?」

 イーサンはそこで舌打ちを1つ。

「おぇは本当に耳ざといヤツだな」
「ええ!? ごめん」
「頭に『アンチ』って付いてるだろ、察しろよ」
「つまり……?」

 若い2人に、イライジャが説明をしてやる。

「国の許可もなく禁忌を破って若返りを求めた者は、『アンチエイジャー禁忌を犯す者』とされ、違法者として処罰されます。我々人間からも、他種族からも、世界中から忌み嫌われる」

 ことを把握して神妙な顔をするルーカスの横で、あまりよく分かっていないアメリアにイーサンは言ってやる。

「オレがさっき使った解除魔法。あれでオレはアンチエイジャーになったんだよ」
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