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第28話 オーバードーズ

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 アメリアめがけて残りの4人が襲い掛かろうとしているところを、ルーカスが仕込み槍で横に薙ぎ払う。当然ヘイトはルーカスに向かうわけで。

「1対4はないだろう!?」
「うるせえ死ね!!」

 慌てて後方に飛び退き、槍の先端を相手に向けたまま必死に距離をとる。相手が4人では攻撃する隙も作れず、あっという間に追い詰められると大足の横腹に背を打ち付けた。
 するとワゴンの中からイーサンが応戦しようと身を乗り出し、近くにいた敵の頭上に巨大なかぼちゃを殴り落とす。かぼちゃは無残に飛び散り見事に割れたが、敵の頭は割れもせず。代わりに増したヘイトがやんちゃな年寄りに向いた。

「何しやがんだこのクソジジイ!!」
「やるか、このヒヨッコ!!」

 慌てたイライジャに引き寄せられ、ワゴンの中に手荒に座らせられた。

「やるかじゃないだろう!? 年齢を考えて下さいよ!!」
「あのくらいの雑魚1匹ぐらいなら、オレらだってどうにかできんだろう!! あの2人に5人相手はキツすぎる!!」

 ミアがワゴンの扉を杖で固定し、細い腕でそれを支えている。

「何とかしないと! 確かにあの2人には人数が多すぎるわ!! このままじゃやられてしまう!」

 イライジャは憤り、ワゴンの中に何か役に立つようなものがないかと見回した。するとその時、横の小窓から偽漁師の腕が伸び、彼のケープを握りしめる。かと思えば勢いよく引き、そのまま腕を首に回して羽交い締めにしようとしてきたではないか。

「うあっ……!!」
「イライジャ!!」

 ミアの悲鳴に咄嗟にイーサンが反応したのはさすがと言えよう。老いてもかつての感覚は身体を動かし、男の太い腕に掴みかかる。が、いかんせん、老いているのだ。力を入れども指先は滑り、細くなった筋肉では相手の腕を緩めることすらできそうにない。みるみる友が目の前で蒼白になっていく様を目に入れ、イーサンは悲鳴にも似た声で憤りを吐き出す。

「クソがぁぁーッ!!」

 その瞬間、少し横にある木箱の上に、果物ナイフの刺さったココナツが目に映る。やるべきかやるべきではないか、理想は後者であったが、現実は前者の方だ。すかさずナイフを手に取るイーサンを見てミアは全身に鳥肌をたてたが、彼が何を考えているか分かっても、長きに渡る竹馬の友が事切れようかという目前で、彼女にそれを止めることはできなかった。
 イーサンはココナツから果物ナイフを引き抜き、手慣れた様子で回転させて方向を変えると、まるで刃先が自らの意思で吸い込んでいくかのような自然さで、イライジャの首を絞める男の腕にそれを突き立てた。

Unlock-overdoseアンロック-オーバードーズ!!」

 イーサンが何かの呪文スペルを叫ぶと、突然大気の流れが変わる。目に見えて分かるものではなく、だが確実にイーサンに向かって身体が吸い込まれそうになる感覚に耐え、大足の外にいたアメリアとルーカスは目眩を起こしそうになりながらも足を踏ん張った。

「……何!?」

 エルフの森から吹く西からの風、海から吹き上げる東からの風、それとはまた別に、アメリアの赤毛が大足の方に先端を向けている。それは紛れもなく『吸い込まれている』という感覚。
 その風に動揺していたのはアメリアとルーカスだけではない。周囲で2人を取り囲む人の皮を被った魔物たちもまた、酷く動揺して攻撃の手を止めている。
 この隙を逃すわけにはいかない。アメリアは至近距離にいる1体めがけて拳を繰り出すと、相手の右脇腹に斜めからナックルダスターを食い込ませ、力いっぱい振り抜いた。

「ギャッ!!」

 男の口からは、人の声ではない、得体の知れない何かの悲鳴が鋭く漏れる。

「ルーカス!!」

 アメリアが1体仕留めたところで、ルーカスは己が何かに引っ張られていたのに気が付き、懸命に目眩を振り切った。大足の横腹に背をつけ、槍を横に構えて男たちを押しやったまま、そのうちの1体をアメリアの方向に蹴り飛ばす。

「パス!!」
「オーケー!!」

 残り4体。
 ルーカスのすぐ横、その少し上で大足の小窓から中のイライジャの首を締め上げている男が小気味悪く暴れている。中で何が起きているのかは気になっていたが、複数を相手にしているルーカスはそれを確認している余裕がない。

「2体ならイケちゃうぜ!?」
「くそっ、どうなってんだ!!」

 アメリアとルーカスは、大足の中で3人の老勇者が男1体を押さえ込んでくれていると思い込んでいた。しかし実際は、中で奇妙なことが起きていた。イーサンがスペルを唱えた後、男の体内でビオコントラクトがニュートラルな状態から急激に変異したのだ。腕に突き立てられたナイフの傷から詠唱した人物へとそのエネルギー物質は吸収され、詠唱者……すなわちイーサンのビオコントラクトに移り変わって彼の肉体を若返らせていた。

「チッ! 本当にザコだな、全然変わんねぇじゃねえか!」
「お前……! アンチエイジャーか!!」

 そう叫んだ男の皮膚はたるみ、乾いてしわがれ、ハムのように張り詰めていた筋肉は細くなり、急激に重力に伸ばされた目元から本体の魔族の身体が露出している。
 イーサンが刺したナイフに力を込めて押しやった。

「その手ぇ、放しやがれ!!」
「ギャッ!!」

 ビオコントラクトを吸われた魔物は悲鳴を上げ、羽交い締めていたイライジャの首から腕を放し、大足の小窓から外へとずり落ちて行く。

「イライジャ!!」

 傍で見ていたミアが床に倒れ込むイライジャに駆け寄り、その顔を泣き出しそうな表情で覗き込む。イライジャは大きく咳き込んだ後、胸を激しく上下させ、喉を押さえて呼吸を整えながらイーサンに言った。

「ハアッ……ハアッ……何て、馬鹿なことを……ゴホッ……」
「言われると思ったよ」

 イーサンは半ば諦めた口調で投げやりにそう返し、床に伏せるイライジャを抱き起こす。ミアはその2人のやり取りにたまらず泣き出し、両手で口元を覆ってその場に腰を抜かした。
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