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第27話 エルヴァルドコラレ
しおりを挟む海岸沿いも大分南に進み、森との境目が近くなってきた。すぐ近くでは海から潮の香りが舞い上がり、その反対から森の香りが風に乗ってやってくる。その周辺は何故か酔ってしまいそうな空気が漂い、たくさんの昆虫たちが羽を揺らして飛んでいるのが見えた。どうやらイライジャはその香りがお気に召したらしく、何とも心地よさそうな表情で目をつむって深呼吸をしている。
「何だよ、エルフみてぇなマネしやがって」
「本当だ」
イーサンの冷やかしをイライジャが愉しそうに笑っていたので、アメリアとルーカスは不思議と過去の1シーンを垣間見た気持ちになった。
魔力を帯びた物を探すのが得意なのは、やはり魔法に精通する者。特別魔力の高いミアが何かに反応している。
「この一帯、ものすごい濃度の高いエーテルが漂ってますわ。あまり嗅いでいると酔ってしまいますわよ。とりわけ、向こうから激しい流れを感じます」
「オケ。怪しい場所から行ってみよう。もしかしてお目当ての物があるかもしれない」
ルーカスがペダルを漕ぎ始めると間もなく、岩場の向こうで漁をしている人間が見えてきた。
「こんな場所で何捕ってんだ?」
イーサンが目を細めつつ大足の横についている小窓の中から外を窺っていると、向こうもこちらに気がついて手を止めた。
「あんたら、こんな所に何しにきた?」
「道にでも迷ったのかい?」
人間だけではない。場所が場所ということなのだろう、よく見ればエルフも中に混じっている。
「こんにちはーっ! 私たち珊瑚を探してて……」
アメリアがそこまで言うと、横にいたルーカスがそれを制した。
「何よ?」
「いや……チンピラの頃の杵柄がちょっと……」
「何よそんな杵柄、早く捨てちゃいなさいよ」
漁師達は5人いて、皆が立ち上がりこちらを向いてきた。
「珊瑚が欲しいのかい? でもこれは特産品だから、外から来た人達にはあげられないよ」
「えっ! 何とかして譲ってもらうことはできませんか?」
大足の中にいたイーサンがミアに目配せをする。それにあわせ、イライジャが荷台に横にしておいた杖に手をかけた。
「ムリだねえ、これはこの地方だと特別な品物だから」
「い、いくらだったら買えますか……?」
「あー、これは普通の人達には買えないアイテムなんだよ」
「王宮御用達でね。一般には出回ってないんだ」
「そんな……」
「すみませんねえ。だから諦めて町に戻って下さい」
「ちなみに、何に使うつもりだったのですか?」
アメリアもさすがにそれは言えないと悟ったのだろう、口ごもるとルーカスに視線をやった。
「おかしいな。ここに来たら珊瑚が取れるって聞いたのに。貴方たちほんとに漁師?」
5人の漁師はお互い顔を見合わせ、その疑問を投げかけるルーカスに問い返す。
「どういう意味だい?」
「密漁……っていう意味」
そこで漁師たちは『ああ』と納得し、鼻で笑った。
「そもそも君たちさ、何でこの珊瑚が欲しいわけ」
「他の珊瑚じゃだめなの?」
「この珊瑚が欲しいんですよ」
「普通の珊瑚と変わらないよ。ここにこだわらなくてもいいんじゃないかい」
「ここの珊瑚じゃないとダメなんですよ」
「ああ、もう、めんどくせえな」
相手の口からその一言がポロリと漏れた瞬間、緊張が走る。
「やっちまうか」
「ああ、やっぱりだ」
ルーカスは舌打ちし、ペダルを踏む足に力を込める。すると背後のワゴンからイーサンの声が彼を止めた。
「バカ、エルヴァルドコラレがここにあるのに退いてどうすんだよ! やっちまえ!」
これがかつての勇者だからたまったものではない。イーサンの言葉を耳にした相手の5人は顔を歪める。
「何でお前らがそれを知ってんだァ?」
「何者だお前ら!?」
すると突然眩いばかりの光がワゴンの中から溢れ、周囲を白く染めると目の前に現を露わにした。5人の体の輪郭にもう1つの幻影が浮かび上がり、人ではない何かを映し出す。イライジャが大足のワゴンから身を乗り出し、前の二輪を操る2人に叫んだ。
「奴らは魔物です! エルヴァルドコラレがこの世に存在すると都合が悪いのですよ! だからああして珊瑚を集め、秘密裏に廃棄してようとしている!」
「良いから早く行け!」
イーサンがそう2人にけしかけたが、2人ともペダルを踏んだまま躊躇している。
「で、でも! 武器がないよ! 今持ってるやつじゃ倒せないってビョルグが……!」
ミアがイーサンの上から身を乗り出す。
「この周辺の風! 奴らはエルヴァルドコラレを作るこのエーテルの風を嫌ってる! これを帯びてる今なら耐魔武器と同じ影響で戦えるはず!」
「何ごちゃごちゃ言ってんだァ!?」
5人のうち2人がアメリアとルーカスに襲いかかり、手にした鉤爪を上から鋭く振りかざす。
「ちょっと! 何すんのよ!」
慌ててアメリアは飛び退き、ルーカスは二輪に乗ったまま器用に足で相手の手を振り払った。
アメリアは腰のナックルダスターに拳を入れ、ぎゅと音を立ててそれを力強く握る。軽くステップを踏みつつ構えてから相手を睨みつけた。
「何か大したことなさそう?」
ルーカスがその言葉に笑う。
「本職のヴェスパジアーノと比べるからそう見えるだけだって」
大足の中からイーサンが声を張り上げる。
「格下でも、人間だと思って相手してると痛い目見んぞ!」
アメリアが大足から少し距離を取り、背後にルーカスを構えて聞いた。
「ルーカス、何人行けそう?」
「まあ中距離だから2人は止められるかなー」
「分かった。3人お願い」
「オーイ!? 聞いてた!?」
ルーカスに無茶ぶりしたアメリアは一歩大きく踏み出し、先頭にいた敵めがけ間合いを一気に詰める。一瞬しゃがみ、その勢いで拳を相手の顔をめがけて振り出し、力任せに振り抜いた。その瞬間イーサンが憤るように叱りつける。
「ちっげーよ下手くそ! もっと小さく攻撃しろ!」
そのセリフが終わる直前、相手の肘がアメリアの肩口にめり込んだ。
「きゃあ!!」
幸い身長差があったおかげでそこまで深く食らわなかったが、最初の一撃を思わず交わされ、アメリアは動揺して足元が疎かになる。
「イチ、ニ!! イチ、ニ!! だ!!」
小さな頃から事ある毎にイーサンはアメリアにそう教えてきた。ヴェスパジアーノと戦うまでそれがどういうことなのか分からなかったが、イーサンはアメリアが生きていけるよう、ずっと護身術を教え込んでいたのだろう。それがこんなことで役に立つとは皮肉なものだ。
アメリアは一度肩を回し呼吸を整える。頭の中で1と2を延々と繰り返し、軽く顎を引く。
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