上 下
19 / 73

第19話 輝ける航路

しおりを挟む

 夜も夜。日の出まで数時間はあるだろう深夜。焚き火が炊かれ、漁に出発する男たちが浜辺に集まった。イライジャが浜に祝福を捧げ終わるまで村人たちはそれを見つめ、指を組み、身を寄せ合う。

「この村の人々に、末永く福音がもたらされますように……」

 何かが目に見えて変わるわけではないが、確実にそこに結界が貼られると、イライジャは一息ついて男たちに頷いた。
 儀式が終わると、一人、また一人と中型の漁船に乗り込んでいき、適度な間隔を開けて船は暗闇の海へと吸い込まれてゆく。

「では我々もこれで」
「世話になったな」

 良くしてくれた家族に礼を言い、イーサンたちもまた漁船に乗り込んだ。

 日の光のない海は冷たく、底冷えする船内でじっとしているのは中々辛いものがある。お互い身を寄せ合って暖をとると、昨晩手をつないで逃げてきた道中を思い出してしまう。口には出さなかったが、各々皆思っているだろう。あれよりはましだと。

 海の上に集まる光はお互いの位置を知らす。そのうち光はどんどんと大きくなり、さまざまな位置で揺れ動いた。漁が始まったのだろうが男たちは声を出さない。魚が逃げてしまうのだろう。光だけで合図を渡し、滑るように網を海へと投げてゆく。漁船の上で働く男たちは泥臭いというか水浸しというか、かなりの力仕事で黙々と動き回っている。それらも含め、光の中でその光景を何時間と見ているうち、ある意味漁がとてもファンタジーに思えてきた。

 何時間それを見続けていたか分からないが、水平線に白い線が広がってゆく。暗闇からの解放。周囲に色がつき始め、ずっとそこにあったはずの世界が、まるで今生まれたかのように光を受けて輝き始める。
 一緒に船に乗っていた男は世話になった家族の旦那さんだ。彼は遠目で隣村の船を探し、手を振って近づいていく。

「おーい、こいつらをお前んトコの漁村に連れて行ってやってくれ」

 声を出しているところを見ると、もう漁は終わっているのだろう。彼は木札を見せてしばらく何かやり取りしていたようだが、2、3頷いてからこちらに戻ってきた。

「じゃあな。気をつけて行けよ」
「色々ありがとうございました。貴方もお元気で」

 ミアが慎み深く礼を言い、品良く会釈をする。
 一同は隣の船に移ると手を振り、距離が離れていく恩人達の漁船をいつまでも見つめていた。
 次の漁村に移動するまでしばらく船に揺られることになる。各々眠そうな目をこすりつつ船に積まれている木の箱に腰掛け始めると、徐にイーサンがルーカスに話しかけた。

「おぇはこの先どうすんだ」

 その言葉にアメリアが振り返る。昨晩のやり取りは誰にも話していない。
 ルーカスは少々かしこまったように答えた。

「貴方たちについて行こうと思っている」

 イライジャとミアが息を呑み、お互い顔色を窺って口元に笑みをつけた。

「その槍じゃダメだな。ヤツらに傷一つつけらんねぇ」
「イーサン……!」

 イーサンの辛口批評にイライジャからの止めが入ろうとした時、ミアがそれを制した。彼女を見れば、イーサンの様子をじっと見つめている。

「だから、おぇの武器を何とかなんとかしなくちゃなんねぇな。アメリア、おぇもだぞ」

 続いた言葉に、ミア以外の全員が目を見開いた。

「全く……回りくどい言い方して。本当、クソジジイですわよね」

 ミアの皮肉たっぷりの言い回しに、イーサンはふんと鼻で返事をし、そのまま甲板にごろりと横になって寝てしまった。

「え……」

 宙ぶらりんとなったルーカスが困っている様子なので、良識人のイライジャが言ってやる。

「貴方が一緒に来てくれて嬉しいです、ルーカス」

 その言葉にアメリアは嬉しそうに微笑み、白い歯を見せた。
 ミアが念を押す。

「でも危険な旅なのよ。本当にいいの? どういうことか分かってる?」
「うん。アメリアと一緒に行動している時、デコイと情報のやり取りをしたんだ。その時、大体の事は察したから」

 ルーカスは聡明だ。

「あんなことがあったのに、怖くないの?」

 ヴェスパジアーノが魔物に変化した一件であろう。彼は一度アメリアを振り返り、少し考えるようにして答えた。

「……怖いだなんて考えもしなかったな。ただ……『あの子を籠の鳥にしちゃダメだ』と思って、そればかり考えてた」

 ルーカスは誰かを自分と同じ境遇にしたくなかったのだろう。それがアメリアでなくても、彼は同じ行動をとったに違いない。
 控えめに聞いていたイライジャが口を開く。

「昔どこかでそんな話を聞いたような気がしますね、ミア」
「あら何のこと?」

 アメリアが目を輝かせて身を乗り出してきた。

「え、何その話? 聞きたいっ」
「何でもないの、もうおばあちゃんになっちゃったから忘れちゃったわ」
「私は覚えていますが」
「イライジャー……?」

 大魔道士に睨まれては、大聖者もこれ以上何も言えまい。

「えーっ! ナニナニ? 教えてイライジャ!」

 アメリアは聞きたかったが、ミアが彼を甲板の奥に押し込んでしまったので話はここで終わりだ。

 もうしばらく行けば次の漁村が見えてくるだろう。
 天気も良ければ波もよい。この先に待ち受けているものが多難なものだとは思えないほどに、船は穏やかな波を掻き分け順調に滑りゆく。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

追放勇者ガイウス

兜坂嵐
ファンタジー
「クズだから」 あまりに端的な理由で追放された勇者。 その勇者の旅路の果ては…?

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

おっさん商人、仲間を気ままに最強SSランクパーティーへ育てる

シンギョウ ガク
ファンタジー
※2019年7月下旬に第二巻発売しました。 ※12/11書籍化のため『Sランクパーティーから追放されたおっさん商人、真の仲間を気ままに最強SSランクハーレムパーティーへ育てる。』から『おっさん商人、仲間を気ままに最強SSランクパーティーへ育てる』に改題を実施しました。 ※第十一回アルファポリスファンタジー大賞において優秀賞を頂きました。 俺の名はグレイズ。 鳶色の眼と茶色い髪、ちょっとした無精ひげがワイルドさを醸し出す、四十路の(自称ワイルド系イケオジ)おっさん。 ジョブは商人だ。 そう、戦闘スキルを全く習得しない商人なんだ。おかげで戦えない俺はパーティーの雑用係。 だが、ステータスはMAX。これは呪いのせいだが、仲間には黙っていた。 そんな俺がメンバーと探索から戻ると、リーダーのムエルから『パーティー追放』を言い渡された。 理由は『巷で流行している』かららしい。 そんなこと言いつつ、次のメンバー候補が可愛い魔術士の子だって知ってるんだぜ。 まぁ、言い争っても仕方ないので、装備品全部返して、パーティーを脱退し、次の仲間を探して暇していた。 まぁ、ステータスMAXの力を以ってすれば、Sランク冒険者は余裕だが、あくまで俺は『商人』なんだ。前衛に立って戦うなんて野蛮なことはしたくない。 表向き戦力にならない『商人』の俺を受け入れてくれるメンバーを探していたが、火力重視の冒険者たちからは相手にされない。 そんな、ある日、冒険者ギルドでは流行している、『パーティー追放』の餌食になった問題児二人とひょんなことからパーティーを組むことになった。 一人は『武闘家』ファーマ。もう一人は『精霊術士』カーラ。ともになぜか上級職から始まっていて、成長できず仲間から追放された女冒険者だ。 俺はそんな追放された二人とともに冒険者パーティー『追放者《アウトキャスト》』を結成する。 その後、前のパーティーとのひと悶着があって、『魔術師』アウリースも参加することとなった。 本当は彼女らが成長し、他のパーティーに入れるまでの暫定パーティーのつもりだったが、俺の指導でメキメキと実力を伸ばしていき、いつの間にか『追放者《アウトキャスト》』が最強のハーレムパーティーと言われるSSランクを得るまでの話。

百合ゲーの悪女に転生したので破滅エンドを回避していたら、なぜかヒロインとのラブコメになっている。

白藍まこと
恋愛
 百合ゲー【Fleur de lis】  舞台は令嬢の集うヴェリテ女学院、そこは正しく男子禁制 乙女の花園。  まだ何者でもない主人公が、葛藤を抱く可憐なヒロイン達に寄り添っていく物語。  少女はかくあるべし、あたしの理想の世界がそこにはあった。  ただの一人を除いて。  ――楪柚稀(ゆずりは ゆずき)  彼女は、主人公とヒロインの間を切り裂くために登場する“悪女”だった。  あまりに登場回数が頻回で、セリフは辛辣そのもの。  最終的にはどのルートでも学院を追放されてしまうのだが、どうしても彼女だけは好きになれなかった。  そんなあたしが目を覚ますと、楪柚稀に転生していたのである。  うん、学院追放だけはマジで無理。  これは破滅エンドを回避しつつ、百合を見守るあたしの奮闘の物語……のはず。  ※他サイトでも掲載中です。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

処理中です...