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第13話 針の一刺し

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 ルーカスが使う鉄の槍は仕込み槍で、幾重にも重なった筒がしなりをもたらす。中が空洞なので強度には欠けるが、そのしなりを利用すれば投擲や鞭のように相手を叩きのめすことも可能だ。

「さっきはよくもやってくれたな!? お前ら二人なら余裕だよ!!」

 そう言い、おしおきだと言わんばかりに槍をしならせ尻に一発。ギャッと悲鳴を上げて尻を押さえた舎弟の一人は、数歩下がって落とした剣を手に取った。
 槍は突き刺すこともできるが、ルーカスは殺傷力の高いその手段を選ばない。棒を中心に身をかわし、しなりを持って敵を叩きのめす。
 高飛びのように飛び上がり一気に近距離へ間合いを詰めて背後に回り、かと思えば瞬時に棒で身体を押し出し遠距離に回る。その時相手は二度も振り返っているわけで、体軸がブレた隙を作って足払いで転がす。

「もらい!!」

 倒れたところを追い打ちで仕留めるといった寸法だ。ルーカスの槍術はトリッキーで、敵を混乱させるのが得意なのだ。
 ルーカスが立ち回る、その目の前。植木鉢に助けられたイーサンだが、年寄りに尻餅は大けがの元。腰と背中を痛めて立ち上がれずにいた。

「いででで……チクショウめ……」
「イーサン!! ムリをしないで!! そのままじっとして!!」

 イライジャが遠くからそう宥めたが、逆効果だ。

「うるせえ! ヒーラーはヘイト取るから黙って隠れてろ!!」

 行くに行けず、イライジャは気を揉んでいる真っ最中。

「ああ……若い頃なら、敵の攻撃をかいくぐり、滑り込んで回復に走ってたのに……」

 目の前で地場魔法を使っているミアも、そろそろ限界のようだ。

「イ、イライジャ……何とか、逃げられないの……? 魔力は溢れる程あるけど、もう……身体がついていかないわ……」

 ヴェスパジアーノを追う高熱も、すでに追いつかずに遅れている。これではアメリアが危険だ。
 植木鉢に尻がハマったままのイーサンがミアに叫ぶ。

「ババア!! でかいの一発撃ち込めよ!!」
「無茶言わないでって言ってるでしょ!!  魔法を放てても、身体がついて行かないわよ!! 封神具アーティファクトもないのに、若い頃と同じ状況で一撃放ってごらんなさい、骨から内臓から四方に飛び散りましてよ!!」
「おぇは魔法使いだろ!! 魔術師は年齢と共に魔力が上がるってのがセオリーじゃねぇかよ!!」
「だから老いた魔法使いは、その莫大なエネルギーを制御するのに大枚叩いて高価な杖を持ってるのよ!!」
「ちょっとちょっとちょっと!! 今ケンカしてる場合じゃないでしょお!?」

 イライジャが止めに入るが、このままではラチがあかない。老人達がお互い言い争っている間、若人二人は奮闘中だ。
 ルーカスは槍を頭上で回し、その勢いを背中に渡して腰で支え、しなりを高めて舎弟の片方を思い切りはじき飛ばす。

「邪魔だ!!」

 舎弟は粘り強く、足を回した遠心力で立ち上がると、湾曲した刀を振ってルーカスをこれ以上先に進ませまいとしている。

「アメリア!! ……くそっ!!」

 そこから少し離れた位置でアメリアはヴェスパジアーノのヘイトを一身に受け、乱撃を寸で避けている最中であった。
 巨漢は足元の高熱が外れるようになり、動きが安定してきている。一方、アメリアは大した武術の経験もなく、子供の頃からイーサンに叩き込まれた護身術を駆使して、ただひたすら必死に攻撃を避けるので精一杯。重いスカートが足元にからみつき、幾度ももつれそうになってはそれを蹴り上げる。このままでは勝負にならず、何れアメリアは一撃を食らうか、捕まえられてしまうだろう。

「小娘がぁ!! チョコマカと……」

 巨漢の一撃は石畳を砕き、その衝撃でアメリアははじき飛ばされると地面に放り出された。

「きゃあ!!」

 黄色い悲鳴でイーサンは振り返り、路地に倒れるアメリアの姿を目に入れる。

「アメリア!!」

 ヴェスパジアーノが笑っているのを見て大きく憤るが、がっちり植木鉢に尻がハマって動くことができない。

「おい!! クソが!! 優男1人に3人がかりの次は、小娘1人殴り飛ばして優越感か!!」
「アー?」

 イーサンの挑発がヴェスパジアーノに届いた。
 遠くで様子を見ていたイライジャとミアも息を呑む。イーサンがアメリアから意識を離そうとしているのは分かる。止めたいが、止めればアメリアが追い詰められるこの状況に、ただ息を呑んで状況を見守るしかできなかった。

 ふと、ヴェスパジアーノの表情が変わる。

「ア……? ジジイ、お前の顔……どこかで見たことあんな……?」

 大柄な身体がゆっくりイーサンに向き直る。

「どこかで……」

 何か遠い昔を思い出すように目を細めている巨漢を睨み付け、イーサンは鼻で笑った後に口元に不敵な笑みをつけた。

「ゴロツキもおとぎ草子なんざ読むのかよ」

 ヴェスパジアーノが目を見開き、大きく口を開けて息を吸い込んだ。

「お前……そうだ、思いだした。思いだした」

 巨漢の後ろで倒れていたアメリアが身動きしたのを見て、イーサンは内心安堵し、更に挑発を重ねる。

「どうした、サインでも欲しいってか? 何なら、おぇのボスにも書いてやろうか?」
「ハッハッハッ!! そいつぁいい!!」

 ヴェスパジアーノは笑い、大きな手を握りしめて拳を固めた。

「マテオ・スカラッティも、ホルヘ・ゴンザレスも……まだこの町にいるぜ?」

 その言葉に、イーサンと、イライジャとミアの時が止まった。どういうことだ? その疑問が他の意識を奪った時、ヴェスパジアーノがイーサンに襲いかかる。

「やめて!!」

 アメリアは叫び、石畳の上に落ちていたジョッキを咄嗟に手に取り立ち上がった。走りながら鉄の持ち手を指に深く食い込ませ、力一杯握りしめてから、身体ごとヴェスパジアーノの後頭部目がけてそれを一気に振り抜く。

「グアッ!?」

 鈍い音が響き、木製のジョッキは四方に割れて飛び散ったが、鉄の握り手がアメリアの拳に残り、それはまるで拳鍔ナックルダスターさながらの武器となる。
 彼女は足を開き軸を中心に構え直してから、腕を戻す勢いで跳ね上がる重いスカートの裾を手に取り、思い切りそれを短く引き裂いた。

「小娘ええ!!」

 ヴェスパジアーノが振り向きざま裏拳を食らわせようとしたのを後ろに退いて避け、アメリアは1歩2歩、左右に揺れて距離を取る。再びヴェスパジアーノが両手を広げて掴みかかってくるのを頭一つすくめて避け、1歩2歩揺れて退いた。
 アメリアは小さく口ずさむ。

「イチ、ニ、イチ、ニ……」

 1歩を出すと、蜂のような素早さで左の拳をヴェスパジアーノが構える右腕に当てに行く。素早く脇に戻しながら2で下がり、1で打つ。素早く脇に戻しながら2で下がり、1で打つ。
 相手の攻撃をひらりひらりと避けながら、アメリアは同じ場所を執拗に当て続け、疲労でブレた右腕の隙間からねじり込み、強烈な一撃をヴェスパジアーノの顎にお見舞いした。
 ジョッキの持ち手は巨漢の骨に食らい込み、まるで振り抜けと指示したように細腕のアメリアを助けて重力から逃れていく。渾身の力を込めて思い切り振り抜いたアメリアは、体勢を崩してそのまま身体ごとヴェスパジアーノに突撃し、膝をぐらつかせた巨漢を押し倒して石畳の上へ転がり落ちた。

「やったあああ!! いいぞアメリア!!」

 イーサンの張り裂けんばかりに喜ぶ声でアメリアは正気に戻り、慌てて巨漢から距離をおく。

「はあっ……はあっ……」
「よくやったああ!! さすがオレが見込んだだけのフットワーク足さばき!!」

 すると、突然ヴェスパジアーノが倒れた付近の空間がねじ曲がり始め、ミアは悲鳴のような声を張り上げた。

「逃げて!! 異常な魔力が放出される!!」

 巨漢から漏れ出す妖気を目にし、一瞬で肌を撫でていく鳥肌が、これが『普通』ではないことを伝えている。ヴェスパジアーノの舎弟が狼狽えている隙に、ルーカスは槍を立ててイーサンの元へ飛び込んだ。

「手を!!」

 それを遠目に確認したアメリアは翻し、ヴェスパジアーノの身体から飛び退いた。
 瞬間、膨らんだ黒い妖気は破裂し、散った煙がそのまま中心に向かって渦を巻いて吸収されていく。倒れていたヴェスパジアーノはゆっくり起き上がり、その煙をじわじわと吸い込み始める。
 それは次第に巨漢の身体を黒く染め始め、角を伸ばし、羽根を伸ばし、かぎ爪を伸ばした後、皆が唖然と見守る中、太った魔物と化した。
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