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第9話 暗黙の了解
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ジーナの店にある隠し扉の上では、アメリアが膝を抱えてうたた寝をしていた。慣れない長旅で船に揺られ、港に着いた後には休む暇もなく走り回り、不特定多数の柄悪い男達に追われるストレス。状況を整理したいにも考える暇も与えられず、若いが故に彼女自身もギリギリであったのだろう。
階段の下りる音に目が覚め、寝ていた自分に叱咤して扉の方を振り返る。
「ルーカス?」
床の入り口から顔を出したのは、店の女将であるジーナだ。
「ルークはまだ戻ってないわ」
そう言い、大きなジョッキを床に置く。
「ごめんね、お客さんが中々引いてくれなくて。サンドイッチだけで喉渇いたでしょ? レモンとミントのジュースよ、サッパリするから飲んで」
それをありがたく頂き、一気に飲み干す。フレッシュな果実が身体の中を潤し、疲労感が背中からスルスルと抜けていくようだ。
「とっても美味しい! ありがとうございます」
ジーナは赤い唇で月なりに笑い、ヒラヒラと手の指を振って戻ろうとしたところをアメリアに止められた。
「あのっ」
アメリアを見れば、何やら思い詰めた様子。
「どうして私を助けてくれるんですか?」
「どうしてって……ルークが連れてきたからね」
答えのような、答えになっていないような。
「ジーナさんも、スカラッティの仲間……なの?」
ジーナは一瞬目が丸くなり、大きな赤い口を開けて笑った。
「あっはっはっはっ! アタシがマテオの仲間? よしてよ! ゴロツキどもを相手に商売もしてるけど、この辺りの商売人はそうじゃないとやっていけないから、みんなお客さんってだけよ」
何ともたくましい話だ。
「ここは中立区って言って、ここで抗争を起こしちゃいけない取り決めがあるの。先々代、もっと前からのボスの取り決めだから、今のボスであっても、絶対守らないとこの町にいられない。だからこの店には、スカラッティの奴らも、ゴンザレスの奴らも、両方酒を飲みに来るのよ。この周辺はどの店もみんなそう」
「でも、ルークをかくまってくれてたのは何故?」
「ンー」
ジーナは階段の入り口に肘を乗せた。
「あの子はスカラッティ一家にいるけど、中立の子なのよ」
アメリアが首を傾げたのを見て、ジーナは話し始めた。
「あの子がまだ小さい頃、10代前半だったんじゃないかな。どっかから船でさらわれて来てね。この町の港で働かされててさ」
それでこの付近では見かけない、金髪翡翠の瞳なのだと気がついた。
「ポイントオブソードのゴロツキどもは、本っ当ロクでもないけど、ファミリーに対しては義があるからね、子供を使った商売は許さないんだよ。人さらいの町になるのは奴らの商売にも影響でるから、マテオが船員を脅して引き取ったってわけ」
さらわれて船で労働させられるのと、ゴロツキに引き取られて仲間にされるの、どちらが良かったかと言えば、どっちもどっちだ。
「だからじゃない? ルークがアナタを助けようとしてるのって」
アメリアはハッと息を呑む。
「中立区の商人は、どっちの勢力にも手を貸しちゃいけないことになってるの。でもそういう事情で、商売人の間では、ルークは暗黙の了解ってカンジ。これが、アタシがルークをかくまった理由。納得してくれた?」
「うん……」
その時、下の階で裏手の扉が開く音が聞こえた。
「あ、戻ってきたみたい。じゃあね」
「ジーナさん」
思わず呼び止め。
「ありがとう」
ジーナはいつもの、赤い唇を月のように上向きにして微笑み、階段を下りていった。
入れ替わり、ルーカスが顔を出す。
「会えたよ」
「良かった……! それで?」
ルーカスは上の階に上がり、床の扉を静かに閉めてから、アメリアの近くに胡座をかいて座った。
「まず最初に言っておきたいんだけど、デコイは、料金内のことしか喋ってくれない。オーケー?」
「分かってる。どこまで聞けたのか教えて」
「クロウマークスワイバーンに、王国の騎士団が集まっているらしい。結構な数が駆り出されて、ドラゴンの死骸の周辺を探索させられてるって話だ」
「それで、ドラゴンが見つかったポイントは?」
「それが、僕には教えてくれないんだよね。これを依頼人に持って行けって」
そう言い、ルーカスはカマルから手渡された本をアメリアに渡す。
「……Schrodinger's War」
「それを見せれば分かるって言われて、追い返されたよ」
デコイは100年前の戦いを提示してきた。関係ないルーカスを巻き込まないように仕組まれた暗号だろうことはアメリアにも分かる。情報屋が注意して扱う情報だ、質問の答えは『確定』なのだろう。
「大変……早く戻らなくちゃ」
「欲しい情報は取れたってことでいい?」
「多分。私じゃハッキリ分からないけど、この本を見せたら分かる人が病院で待ってる」
「病院?」
「仲間が船旅で衰弱してしまって……みんなそこにいるの」
ルーカスは眉にシワを寄せて首を捻る。
「田舎の子なのに、随分虚弱なんだな?」
「みんなお年寄りなのよ、大変なことがおきるかもしれないって、無茶して島から出てきちゃったの……!」
これはルーカスも予想していなかった。まさか年寄りの付き添いで年若い娘が旅をしているとは。
「そこかしこに組織の奴らがいるよ。避けて通れる場所を進まなきゃムリだ」
「案内してくれる?」
「モチロン。どの病院に戻ればいい?」
「港の近くにある、水色の壁の……」
「オケ、行こう」
二人は立ち上がり窓に進む。窓の外はすでにオレンジ色に暮れていた。
「ジーナさんにお別れを言わないと」
「大丈夫、僕が言っておくよ」
窓を開け、身を乗り出して屋根の上へ下りると、二人の体重で瓦がこすれ、軽い音がカタリと鳴った。
「西日ならオレンジの屋根は好都合だ」
誰かが上を向いても、低い太陽光を受けて目を反らす。
「こっち」
一つ屋根を飛び越えてアメリアに手を差し伸べたルーカスだが、彼女の足元は階段の町で暮らした自分より確かな運びの様子。見事な足さばきで屋根の隙間を飛び越える彼女を見て、思わず口笛を吹いた。
「こりゃ、組織のヤツらが怪しむのもムリはないね……」
アメリアが不思議そうな表情で振り向いたので、ルーカスは肩をすくめてその後を追った。
階段の下りる音に目が覚め、寝ていた自分に叱咤して扉の方を振り返る。
「ルーカス?」
床の入り口から顔を出したのは、店の女将であるジーナだ。
「ルークはまだ戻ってないわ」
そう言い、大きなジョッキを床に置く。
「ごめんね、お客さんが中々引いてくれなくて。サンドイッチだけで喉渇いたでしょ? レモンとミントのジュースよ、サッパリするから飲んで」
それをありがたく頂き、一気に飲み干す。フレッシュな果実が身体の中を潤し、疲労感が背中からスルスルと抜けていくようだ。
「とっても美味しい! ありがとうございます」
ジーナは赤い唇で月なりに笑い、ヒラヒラと手の指を振って戻ろうとしたところをアメリアに止められた。
「あのっ」
アメリアを見れば、何やら思い詰めた様子。
「どうして私を助けてくれるんですか?」
「どうしてって……ルークが連れてきたからね」
答えのような、答えになっていないような。
「ジーナさんも、スカラッティの仲間……なの?」
ジーナは一瞬目が丸くなり、大きな赤い口を開けて笑った。
「あっはっはっはっ! アタシがマテオの仲間? よしてよ! ゴロツキどもを相手に商売もしてるけど、この辺りの商売人はそうじゃないとやっていけないから、みんなお客さんってだけよ」
何ともたくましい話だ。
「ここは中立区って言って、ここで抗争を起こしちゃいけない取り決めがあるの。先々代、もっと前からのボスの取り決めだから、今のボスであっても、絶対守らないとこの町にいられない。だからこの店には、スカラッティの奴らも、ゴンザレスの奴らも、両方酒を飲みに来るのよ。この周辺はどの店もみんなそう」
「でも、ルークをかくまってくれてたのは何故?」
「ンー」
ジーナは階段の入り口に肘を乗せた。
「あの子はスカラッティ一家にいるけど、中立の子なのよ」
アメリアが首を傾げたのを見て、ジーナは話し始めた。
「あの子がまだ小さい頃、10代前半だったんじゃないかな。どっかから船でさらわれて来てね。この町の港で働かされててさ」
それでこの付近では見かけない、金髪翡翠の瞳なのだと気がついた。
「ポイントオブソードのゴロツキどもは、本っ当ロクでもないけど、ファミリーに対しては義があるからね、子供を使った商売は許さないんだよ。人さらいの町になるのは奴らの商売にも影響でるから、マテオが船員を脅して引き取ったってわけ」
さらわれて船で労働させられるのと、ゴロツキに引き取られて仲間にされるの、どちらが良かったかと言えば、どっちもどっちだ。
「だからじゃない? ルークがアナタを助けようとしてるのって」
アメリアはハッと息を呑む。
「中立区の商人は、どっちの勢力にも手を貸しちゃいけないことになってるの。でもそういう事情で、商売人の間では、ルークは暗黙の了解ってカンジ。これが、アタシがルークをかくまった理由。納得してくれた?」
「うん……」
その時、下の階で裏手の扉が開く音が聞こえた。
「あ、戻ってきたみたい。じゃあね」
「ジーナさん」
思わず呼び止め。
「ありがとう」
ジーナはいつもの、赤い唇を月のように上向きにして微笑み、階段を下りていった。
入れ替わり、ルーカスが顔を出す。
「会えたよ」
「良かった……! それで?」
ルーカスは上の階に上がり、床の扉を静かに閉めてから、アメリアの近くに胡座をかいて座った。
「まず最初に言っておきたいんだけど、デコイは、料金内のことしか喋ってくれない。オーケー?」
「分かってる。どこまで聞けたのか教えて」
「クロウマークスワイバーンに、王国の騎士団が集まっているらしい。結構な数が駆り出されて、ドラゴンの死骸の周辺を探索させられてるって話だ」
「それで、ドラゴンが見つかったポイントは?」
「それが、僕には教えてくれないんだよね。これを依頼人に持って行けって」
そう言い、ルーカスはカマルから手渡された本をアメリアに渡す。
「……Schrodinger's War」
「それを見せれば分かるって言われて、追い返されたよ」
デコイは100年前の戦いを提示してきた。関係ないルーカスを巻き込まないように仕組まれた暗号だろうことはアメリアにも分かる。情報屋が注意して扱う情報だ、質問の答えは『確定』なのだろう。
「大変……早く戻らなくちゃ」
「欲しい情報は取れたってことでいい?」
「多分。私じゃハッキリ分からないけど、この本を見せたら分かる人が病院で待ってる」
「病院?」
「仲間が船旅で衰弱してしまって……みんなそこにいるの」
ルーカスは眉にシワを寄せて首を捻る。
「田舎の子なのに、随分虚弱なんだな?」
「みんなお年寄りなのよ、大変なことがおきるかもしれないって、無茶して島から出てきちゃったの……!」
これはルーカスも予想していなかった。まさか年寄りの付き添いで年若い娘が旅をしているとは。
「そこかしこに組織の奴らがいるよ。避けて通れる場所を進まなきゃムリだ」
「案内してくれる?」
「モチロン。どの病院に戻ればいい?」
「港の近くにある、水色の壁の……」
「オケ、行こう」
二人は立ち上がり窓に進む。窓の外はすでにオレンジ色に暮れていた。
「ジーナさんにお別れを言わないと」
「大丈夫、僕が言っておくよ」
窓を開け、身を乗り出して屋根の上へ下りると、二人の体重で瓦がこすれ、軽い音がカタリと鳴った。
「西日ならオレンジの屋根は好都合だ」
誰かが上を向いても、低い太陽光を受けて目を反らす。
「こっち」
一つ屋根を飛び越えてアメリアに手を差し伸べたルーカスだが、彼女の足元は階段の町で暮らした自分より確かな運びの様子。見事な足さばきで屋根の隙間を飛び越える彼女を見て、思わず口笛を吹いた。
「こりゃ、組織のヤツらが怪しむのもムリはないね……」
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