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93 コミケはみんな『参加者さん』
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「人と会うと気疲れするのは分かるけど、サークルの気疲れってハンパなくてビビりました」
「あー、ね。でもこういうのは仕方ないですよねえ」
「バイトの接客とは全然違うのですよねぃ」
「接客は接客だけど、コミケの場合はなんかちょっと違いますよね……」
そこで杏花梨が計算を止めて顔を上げる。
「ウチの古の貴腐人が教えてくれたんですが、コミケに本を買いに来る人達のことを絶対に『お客さん』と呼んだらだめですよって言ってました」
「んん?」
「『参加者さん』って呼びなさいと」
つくも神もその話に入り込む。
「コミケについて検索している時、そういった話にヒットすることがありました。年齢が上の方は特にも気をつけていらっしゃるみたいでしたね」
「ですです。伝説になったオタク神話時代は、全てが『参加者さん』だったと。前に貴腐人が言ってた、昔は同人誌を出すのにとんでもないお金がかかったっていう話を憶えてますか? 活動を続けるために必要なのは情熱だったので、同じくコミケも情熱をやりとりする場所でしたから、そこに『客』という概念を持ち込むのはやめましょう、みたいなかんじだったそうです」
「正しくは、その概念を持ち込むと、文化的に続けられなかったという方だろうな」
大地の言葉に、つくも神が同意する。
「作家が定着する前に商売の形を作ってしまうと、後でそこに建つのは商業になってしまいますからね。今の形にはなってなかったでしょう」
杏花梨は続けた。
「今はコミケも大分商業化されてますが、初期に生まれたその意識は残っていると思いますよ。お祭りとなっている部分は、それが根本的にあって、根付いていたからだと思います」
つくも神もそこに辿り着いていた。明治に生まれた同人作家の情熱と、鈴と慧や、杏花梨たちが持っている熱は、商売人ではなく、作家のそれだと。
「だから気疲れが、仕事の時と違うのかな~とか」
「相手に好印象を与えるための笑顔は、仕事で使う笑顔とは違いますからね。使っている気が違うのは確かかと」
つくも神の言葉に大地が理解を示す。
「なるほど。個人の心から生まれているものなら、確かに消費は激しいだろうな」
「でも、一人一人がそうやって、自分たちのいる場所を作っていく……それこそが創作文化を継続させるのに大切な行動なのかなと思います。情熱のある人達が作るものには、魂が宿りますからね」
「……みんな何の話しとるんじゃ」
「全然わかんねぃ……」
鈴と慧には少し難しい話かもしれない。まあ、少しずつ理解していけばよいのだ。大地はそんな二人に半ば呆れていたが、認める部分もあるのでため息交じりに言ってやる。
「お前達は脳天気だが、情熱だけはあるという話だ。それが疲労感を生み出すのだろうという結論に、今達したところだ」
「ほー」
砕いてもらってもよく分かってない。
そこで個室のドアがノックされる。
「お料理お持ちしましたーっ」
バイトの娘さんがふすまを開け、ワゴンから料理が運ばれてきたのを見るなり、鈴と慧は手を合わせて喜ぶ。
「キエーッ、まかない以外のお料理―っ!」
「憧れの海鮮鍋ですかーっ!」
「おすしもあるよお!」
ほぼバイトの延長のごとく、テーブルにお料理を並べに入る二人を見ながら、杏花梨がさっさと会計を続ける。
「すみません、急いでやっちゃうので、セッティングよろしく!」
「ほいさっさ!」
急にバイトモードに切り替わる2人に、つくも神は苦笑い。
「おや? お茶が5人分あるぞ……?」
「あ、1つはつくもさん用です。何もないのも何か寂しいかなと思って」
「え、お心遣いありがとうございます」
「ほい、じゃあこれスマホの前に置いとくねぃ」
立てかけたスマホの前にお茶を置くのも妙な光景に見えるが、まあ気持ちということで。
お鍋は煮るのに時間がかかるので、火をつけて待っている間にお寿司をつまむことに。
「とりあえず先に乾杯しましょう」
「わあい!」
無論、みんなノンアルコールである。
「カンパーイ!」
「おつかれさまでしたあ!」
熱々のお茶なので流し込めず、口をすぼめてちょっぴり飲む。
「まだ本、読めてないのですよねえ」
「ははっ、私もです。イベント帰りはクタクタで、フロ入ってそのままベッドで気絶になっちゃいますからね」
「読みたい、今ここで読みたい」
「わかる」
「お腹いっぱいになって、個室でゴロゴロしながら、みんなと一緒に同人誌読みたい」
「なにそのステキ空間」
「大ちゃんもいていいのよ」
「断る」
「つくもはいつも一緒に遊んでくれるよー」
「原稿ばかりだったので、遊んだかと言われると……どうですかね?」
「いいなあー、大地はオタク嫌いのパンピーだから、つきあってもくれない」
「藤原クンもパソコンの本とか出してみたら?」
「コミケにパソコンの本があるのか?」
「あるんちゃう?」
「実用書とか、教育関係の本はあるよ」
「評論とかもあるよねぃ」
「ほおー、意外だな」
「つくもさんが文学出して、藤原クンが実用書出して、合同スペースとるのは?」
「ええっ?」
「つくもさん文学なんですか? 渋い……!」
「何でお前らは僕をオタクにしようとしてくるんだ?」
もしそうなったら、大地にもつくも神が見える日が来るのかもしれない。そう思うと、誘いたくなるのだろう。
この個室内に溢れる感情を総称すると、『友達』になるのだ。
「あー、ね。でもこういうのは仕方ないですよねえ」
「バイトの接客とは全然違うのですよねぃ」
「接客は接客だけど、コミケの場合はなんかちょっと違いますよね……」
そこで杏花梨が計算を止めて顔を上げる。
「ウチの古の貴腐人が教えてくれたんですが、コミケに本を買いに来る人達のことを絶対に『お客さん』と呼んだらだめですよって言ってました」
「んん?」
「『参加者さん』って呼びなさいと」
つくも神もその話に入り込む。
「コミケについて検索している時、そういった話にヒットすることがありました。年齢が上の方は特にも気をつけていらっしゃるみたいでしたね」
「ですです。伝説になったオタク神話時代は、全てが『参加者さん』だったと。前に貴腐人が言ってた、昔は同人誌を出すのにとんでもないお金がかかったっていう話を憶えてますか? 活動を続けるために必要なのは情熱だったので、同じくコミケも情熱をやりとりする場所でしたから、そこに『客』という概念を持ち込むのはやめましょう、みたいなかんじだったそうです」
「正しくは、その概念を持ち込むと、文化的に続けられなかったという方だろうな」
大地の言葉に、つくも神が同意する。
「作家が定着する前に商売の形を作ってしまうと、後でそこに建つのは商業になってしまいますからね。今の形にはなってなかったでしょう」
杏花梨は続けた。
「今はコミケも大分商業化されてますが、初期に生まれたその意識は残っていると思いますよ。お祭りとなっている部分は、それが根本的にあって、根付いていたからだと思います」
つくも神もそこに辿り着いていた。明治に生まれた同人作家の情熱と、鈴と慧や、杏花梨たちが持っている熱は、商売人ではなく、作家のそれだと。
「だから気疲れが、仕事の時と違うのかな~とか」
「相手に好印象を与えるための笑顔は、仕事で使う笑顔とは違いますからね。使っている気が違うのは確かかと」
つくも神の言葉に大地が理解を示す。
「なるほど。個人の心から生まれているものなら、確かに消費は激しいだろうな」
「でも、一人一人がそうやって、自分たちのいる場所を作っていく……それこそが創作文化を継続させるのに大切な行動なのかなと思います。情熱のある人達が作るものには、魂が宿りますからね」
「……みんな何の話しとるんじゃ」
「全然わかんねぃ……」
鈴と慧には少し難しい話かもしれない。まあ、少しずつ理解していけばよいのだ。大地はそんな二人に半ば呆れていたが、認める部分もあるのでため息交じりに言ってやる。
「お前達は脳天気だが、情熱だけはあるという話だ。それが疲労感を生み出すのだろうという結論に、今達したところだ」
「ほー」
砕いてもらってもよく分かってない。
そこで個室のドアがノックされる。
「お料理お持ちしましたーっ」
バイトの娘さんがふすまを開け、ワゴンから料理が運ばれてきたのを見るなり、鈴と慧は手を合わせて喜ぶ。
「キエーッ、まかない以外のお料理―っ!」
「憧れの海鮮鍋ですかーっ!」
「おすしもあるよお!」
ほぼバイトの延長のごとく、テーブルにお料理を並べに入る二人を見ながら、杏花梨がさっさと会計を続ける。
「すみません、急いでやっちゃうので、セッティングよろしく!」
「ほいさっさ!」
急にバイトモードに切り替わる2人に、つくも神は苦笑い。
「おや? お茶が5人分あるぞ……?」
「あ、1つはつくもさん用です。何もないのも何か寂しいかなと思って」
「え、お心遣いありがとうございます」
「ほい、じゃあこれスマホの前に置いとくねぃ」
立てかけたスマホの前にお茶を置くのも妙な光景に見えるが、まあ気持ちということで。
お鍋は煮るのに時間がかかるので、火をつけて待っている間にお寿司をつまむことに。
「とりあえず先に乾杯しましょう」
「わあい!」
無論、みんなノンアルコールである。
「カンパーイ!」
「おつかれさまでしたあ!」
熱々のお茶なので流し込めず、口をすぼめてちょっぴり飲む。
「まだ本、読めてないのですよねえ」
「ははっ、私もです。イベント帰りはクタクタで、フロ入ってそのままベッドで気絶になっちゃいますからね」
「読みたい、今ここで読みたい」
「わかる」
「お腹いっぱいになって、個室でゴロゴロしながら、みんなと一緒に同人誌読みたい」
「なにそのステキ空間」
「大ちゃんもいていいのよ」
「断る」
「つくもはいつも一緒に遊んでくれるよー」
「原稿ばかりだったので、遊んだかと言われると……どうですかね?」
「いいなあー、大地はオタク嫌いのパンピーだから、つきあってもくれない」
「藤原クンもパソコンの本とか出してみたら?」
「コミケにパソコンの本があるのか?」
「あるんちゃう?」
「実用書とか、教育関係の本はあるよ」
「評論とかもあるよねぃ」
「ほおー、意外だな」
「つくもさんが文学出して、藤原クンが実用書出して、合同スペースとるのは?」
「ええっ?」
「つくもさん文学なんですか? 渋い……!」
「何でお前らは僕をオタクにしようとしてくるんだ?」
もしそうなったら、大地にもつくも神が見える日が来るのかもしれない。そう思うと、誘いたくなるのだろう。
この個室内に溢れる感情を総称すると、『友達』になるのだ。
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