90 / 97
90 家に着いてからオフトゥンまでの速度
しおりを挟む
周囲は暗くなり、小田舎の道路は人気がなくなってくる。その頃になると何となく危機感も出てくるので、痛む足裏に耐えて黙々と歩いていた。買ったジャンクフードをできるだけ冷まさないようにしたいのもあったが、食べ物の香りに釣られた獣が飛び出してきたとか、この体力の時にシャレならんので、そういった意味でもサッサカ歩く。
ようやくお互いの家の前に辿り着くと、へとへとになった様子で健闘をたたえ合った。
「ついたあー」
「おつかれちゃんだよお-」
「ひいー、もう早く寝たい」
「心臓止まるから、色々と話したいことはまた明日にしよ」
「うん、またねー」
そう言って別れ、ドアを開けて靴を脱ぐなり、荷物を廊下に置いて風呂場へ直行。首から下げていたケースの中から、つくも神が慌ててそれを止める。
「ちょっと鈴さん! 小生がいるのを忘れずに!」
つくも神が近くにいるのに慣れすぎて、鈴はそのまま洋服を脱ごうとして手を止める。ポイとドアの隙間から荷物の上に放り投げられ、バンとドアが閉められた。
待つこと10分。ドアが開く。
「早くないです!?」
「表面の汚物コーティングが洗い流されればいい……」
コミケ帰りのサークルはそのくらい必死なのだ。とりあえず汗と埃と菌はこれで何とかなっただろうからして、また明日以降に期待でヨシ。むしろこの状態で風呂に入ったその精神力を褒め称えよ。
風呂から上がった娘の気配で、奥から鈴母が顔を出す。
「おかえり、楽しかった?」
「ただいまー、死ぬほど疲れたあ」
「ご飯買ってきたの?」
「うん。もう流し込んで寝る」
娘のげっそりした様子を見て鈴母は察したのだろう、手短にそれだけで終えてやるとキッチンに戻ってくれた。
タオルを身体に巻いたままのとんでもない恰好で、荷物を抱きかかえて部屋に戻ると、床に鞄を置いてクロゼットから新しい部屋着を引っ張り出す。それに着替えていると、背後でパソコンのスリープが解除されて起動音が響き始めた。
「ああ……窮屈だった」
そんなつくも神を放置して、鈴がジャンクフードの入ったビニールを開けると、ほんのり暖かさが底に残った、湿気でしなびている紙袋が顔を出す。
「ぬおおおお……ごはんーっ!」
中身のソレにかぶりつき、むさぼり食う。美味しいとかどうでもいい、とにかく栄養を身体が求めている。
「ちゃんと噛んでます……?」
「むん」
「次回はもう少し食事に気をつけましょう。これじゃ身体へ負担がかかりすぎていけません」
「むん」
サークルをやる上で栄養の大切さを再確認したところで、ジュースを飲み干した鈴が炭酸にゲップをする。
「寝る……!」
言うやベッドに沈み込むと、全てが完了した達成感と開放感に身体が言った。『オフトゥン最高』と。
「うああーっ……終わったぁ……」
その一言を最後に、気絶するように鈴は眠りについた。
家に到着してからのスピード感たるや、3倍速の動画のようであった。つくも神はそれを見届け、苦笑いするように微笑むのである。
「おやすみなさい。本当……お疲れ様でした」
これで、ようやく長い長いコミケの一日が終わったということになるのだ。
泥のように眠るとはまさにこのことである。原稿で徹夜続きの時とはまた別の、身体を動かしまくった後の泥だ。夢なんか当然見ない。
早朝、いつも学校に行く時間に、オーウェン様のおはようコールが起動する。
『寒いな……布団から出たくないようだが、起きなくていいのか? 今日は休んでいいならそのままにしておくが、やることがあるなら起きた方がいいんじゃないのか? おい、聞いてるか』
が、当然鈴は眠ったままだ。冬休みなのにタイマーを解除しないまま寝てしまったのだろうと分かるので、つくも神も起こそうとはせずそのまま寝かせてやる。
鈴が起きたのは31日の午後。目が覚めた瞬間、体中に疲労が残っているのを感じたが、前日は一日中動き回っていたので、体内の血液とリンパ液の循環はよくなっており、運動不足で蓄積したオタクの老廃物がすっかりきれいに流されて、体調が良いんだか悪いんだか分からない状態で思い切り伸びをする。休みだという強みがストレスをどこかへやってくれているので、そのままベッドの上で仰向けになってじっとしていた。
「つくもー、おきてるー?」
ようやくお互いの家の前に辿り着くと、へとへとになった様子で健闘をたたえ合った。
「ついたあー」
「おつかれちゃんだよお-」
「ひいー、もう早く寝たい」
「心臓止まるから、色々と話したいことはまた明日にしよ」
「うん、またねー」
そう言って別れ、ドアを開けて靴を脱ぐなり、荷物を廊下に置いて風呂場へ直行。首から下げていたケースの中から、つくも神が慌ててそれを止める。
「ちょっと鈴さん! 小生がいるのを忘れずに!」
つくも神が近くにいるのに慣れすぎて、鈴はそのまま洋服を脱ごうとして手を止める。ポイとドアの隙間から荷物の上に放り投げられ、バンとドアが閉められた。
待つこと10分。ドアが開く。
「早くないです!?」
「表面の汚物コーティングが洗い流されればいい……」
コミケ帰りのサークルはそのくらい必死なのだ。とりあえず汗と埃と菌はこれで何とかなっただろうからして、また明日以降に期待でヨシ。むしろこの状態で風呂に入ったその精神力を褒め称えよ。
風呂から上がった娘の気配で、奥から鈴母が顔を出す。
「おかえり、楽しかった?」
「ただいまー、死ぬほど疲れたあ」
「ご飯買ってきたの?」
「うん。もう流し込んで寝る」
娘のげっそりした様子を見て鈴母は察したのだろう、手短にそれだけで終えてやるとキッチンに戻ってくれた。
タオルを身体に巻いたままのとんでもない恰好で、荷物を抱きかかえて部屋に戻ると、床に鞄を置いてクロゼットから新しい部屋着を引っ張り出す。それに着替えていると、背後でパソコンのスリープが解除されて起動音が響き始めた。
「ああ……窮屈だった」
そんなつくも神を放置して、鈴がジャンクフードの入ったビニールを開けると、ほんのり暖かさが底に残った、湿気でしなびている紙袋が顔を出す。
「ぬおおおお……ごはんーっ!」
中身のソレにかぶりつき、むさぼり食う。美味しいとかどうでもいい、とにかく栄養を身体が求めている。
「ちゃんと噛んでます……?」
「むん」
「次回はもう少し食事に気をつけましょう。これじゃ身体へ負担がかかりすぎていけません」
「むん」
サークルをやる上で栄養の大切さを再確認したところで、ジュースを飲み干した鈴が炭酸にゲップをする。
「寝る……!」
言うやベッドに沈み込むと、全てが完了した達成感と開放感に身体が言った。『オフトゥン最高』と。
「うああーっ……終わったぁ……」
その一言を最後に、気絶するように鈴は眠りについた。
家に到着してからのスピード感たるや、3倍速の動画のようであった。つくも神はそれを見届け、苦笑いするように微笑むのである。
「おやすみなさい。本当……お疲れ様でした」
これで、ようやく長い長いコミケの一日が終わったということになるのだ。
泥のように眠るとはまさにこのことである。原稿で徹夜続きの時とはまた別の、身体を動かしまくった後の泥だ。夢なんか当然見ない。
早朝、いつも学校に行く時間に、オーウェン様のおはようコールが起動する。
『寒いな……布団から出たくないようだが、起きなくていいのか? 今日は休んでいいならそのままにしておくが、やることがあるなら起きた方がいいんじゃないのか? おい、聞いてるか』
が、当然鈴は眠ったままだ。冬休みなのにタイマーを解除しないまま寝てしまったのだろうと分かるので、つくも神も起こそうとはせずそのまま寝かせてやる。
鈴が起きたのは31日の午後。目が覚めた瞬間、体中に疲労が残っているのを感じたが、前日は一日中動き回っていたので、体内の血液とリンパ液の循環はよくなっており、運動不足で蓄積したオタクの老廃物がすっかりきれいに流されて、体調が良いんだか悪いんだか分からない状態で思い切り伸びをする。休みだという強みがストレスをどこかへやってくれているので、そのままベッドの上で仰向けになってじっとしていた。
「つくもー、おきてるー?」
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
能力実験者になったので思う存分趣味(注おもらし)に注ぎ込みたいと思います
砂糖味醂
大衆娯楽
能力実験者に抜擢された、綾川優
すごい能力ばかりだが、優が使ったのは、おもらしを見るため!
うまく行くのかどうなのか......
でも、実験者になったからには、自分の欲しい能力使わせてもらいます!
無自覚両片想いの鈍感アイドルが、ラブラブになるまでの話
タタミ
BL
アイドルグループ・ORCAに属する一原優成はある日、リーダーの藤守高嶺から衝撃的な指摘を受ける。
「優成、お前明樹のこと好きだろ」
高嶺曰く、優成は同じグループの中城明樹に恋をしているらしい。
メンバー全員に指摘されても到底受け入れられない優成だったが、ひょんなことから明樹とキスしたことでドキドキが止まらなくなり──!?
第三王子の夫は浮気をしています
杉本凪咲
恋愛
最近、夫の帰りが遅い。
結婚して二年が経つが、ろくに話さなくなってしまった。
私を心配した侍女は冗談半分に言う。
「もしかして浮気ですかね?」
これが全ての始まりだった。
近所の旦那に手を出す奥様・・・男好きの主婦がホストに通い出したが家に連れて来た男に唖然!
白崎アイド
大衆娯楽
近所に住んでいる主婦の恵美さんは、へいきで近所の旦那と遊んでしまう人。
でも、いろいろな人に手を出しまくっているのに、まったく平然な顔をしているのだから怖い。
そんな恵美さんが夜、タクシーで帰宅。
ちょうどその様子を見ていた私は、驚きの現実を目撃してしまい・・・
MAESTRO-K!
RU
キャラ文芸
-- BL風味なのにロマンス皆無なグダグダコメディ --
◯作品説明
登場人物は基本オトコのみ!
神楽坂でアナログレコードの中古買取販売をしている "MAESTRO神楽坂" は、赤レンガで作られたオンボロビルの一階にある。
五階はオーナーのペントハウス、途中階は賃貸アパート・メゾンマエストロ、ビルの名称は "キング・オブ・ロックンロール神楽坂" というトンデモハウスで展開する、グダグダのラブとラブじゃないコメディ。
ロマンスゼロ、価値観はかなり昭和、えげつない会話とグダグダの展開、ライトに読める一話完結です。
◯あらすじ
多聞蓮太郎は、MAESTRO神楽坂の雇われ店長であり、オーナーの東雲柊一と "友達以上恋人未満" の付き合いをしている。
ある日、多聞が店番をしていると、そこに路地で迷子になった天宮北斗というイケメンがやってくる。
何気なく道を教えた多聞。
そのあと、多聞が柊一と昼食を取っていると、北斗が道を戻ってきた。
北斗に馴れ馴れしく話しかける柊一、困惑顔の北斗。
だが、よくよく確かめたら、柊一の知り合いが北斗にそっくりだったのだ。
おまけに北斗は、柊一の義弟である敬一の幼馴染でもあった。
一方その頃、メゾンの住人である小熊から、屋内で幽霊を見たとの話が出てきて…。
◯この物語は
・登場する人物・団体・地名・名称は全てフィクションです。
・複数のサイトに重複投稿されています。
・扉絵などのイラストは、本人の許可を得てROKUさんの作品を使っています。
外部リンク:https://www.pixiv.net/users/15485895
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる