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89 たかが家に帰るだけなのに必死
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来たルートを遡って帰るわけだが、周囲にいるすし詰めオタクも鈴と慧同様に口数が少ない。朝の電車内の喧騒が信じられないほど、色々とやり終えて皆が寡黙になっている。
山の手までオタクは目について回ったが、都心に近づくにつれてパンピーが増え、もう彼らの姿は分からない。あんな強烈な個性があるのに、その存在感が薄くなって分からなくなるという謎現象。ローカル線あたりに散らばっていくと、もう自分の他にオタクはいないと思われる。
埼玉の奥地に帰るには3時間程度必要で、世界一つおいだろう池袋線まで来て鈴と慧はホームの電光掲示板を仰ぎ見て言った。
「……最寄りまで立って行くのはむり」
「むり……自分の体重が痛い……」
疲れ切っている2人を何とか歩かせていたのはつくも神で、体力の乏しい状態を考えて適切な助言を与えてやる。
「1本遅らせて座りましょう」
おそらく座ったらこの2人は爆睡してしまうのは見てわかるので、乗り換えのない急行のホームへと誘導する。
電車がきて、無事座れたが、そこで記憶が途切れた。
次に目を開いたのは、つくも神のおはようコールを耳にした時だ。
「起きて下さい、そろそろ到着しますよ」
「んあ……ああ~……オーウェン様のまた聞き逃した……」
「違いますよ、しっかりして下さい。まだコミケの帰りで電車の中ですよ」
寝ぼけている鈴をたたき起こし、横でつぶれている慧のスマホに着信を送って目を覚まさせる。
「うお……むり……」
「がんばって、降りないと終点に連れて行かれますよ」
窓の空は薄暗くなってきている。ここで折り返しまで持って行かれたらシャレにならんと、2人は脚に力を込めて立ち上がる。1時間ちょっと寝たので体力はちょっと戻ったが、いくら若くても足裏に受けたダメージまでは治せない。
「足の裏痛え~!」
悲鳴を上げながら最寄り駅に降りたのを確認して、つくも神がホッと息をつく。
「ここまでくればもう心配ないですね。さあ、もう少しです。がんばって歩きましょう」
「家まで遠いよお~……」
「田舎つらい……」
「行きはこんなに重く感じなかったのに……荷物増えてねえか?」
「杏花梨さんの本と、わしらの本しか増えてないはず……」
そこでいいキーワードを出したおかげで、脳がカッと覚醒した。
「そうだ、筧ぽんた神絵師の本があるんだった……!」
「本買ってないと思ってたけど、鈴ちゃの本もあるじゃん!」
「そうか! 慧の超大作……うおおおお」
「本がある!!」
「帰って読むぞおお!!」
戦利品の大切み。最後の力を振り絞って小田舎の道を家に向かって歩み始めたが、寂れた商店街からご飯時の良い香りが漂ってくると、それに鼻面を撫でられて空腹なのに気がついて足を止めた。
「お腹減った……」
思えば、ほぼ深夜にカップラーメン、昼におむすびしか食べていない。普段運動もしてない上に、コミケの用意でこの数ヶ月大して休息も取っていない。そりゃあ体力ゲージもカツカツになろう。
「ご自宅に戻れば、お母上が作って下さるのでは?」
「何時に戻ってくるか分からなかったから、そのあたり言ってないや……」
「今日ばかりは絶対風呂に入らないと死ぬじゃん……? その後に家族と一緒にご飯とか……」
「むり。考えただけでストレスマッハ」
そう。もうHPもSPも余裕がない時に、そんな『普通のこと』ができるはずもないのである。こういう状態に陥ってる時は、作業として一連の流れをこなして、泥のようにオフトゥンで眠るしかできないのだ。
サークルさんが打ち上げと称してイベント帰りにみんなでご飯を食べに行く行為、あれは『こんなクタクタなのに自分で飯作りたくねえ』という思いも込められており、経費に含まれて妥当な回復手段の一つなので、ただ愉しいだけのものでもないのである。しかし、場合によっては、ストレスがピークになってしまって振り切れると、食事も交流もしたくなくなってしまい、そのまま帰宅というパターンもあるので、必要な時が自分の体力と精神力によって変化するというのも憶えておかねばならない。イベント帰りに友達と約束をしたが、体力がなくなってつらいだけになってしまった……なんてことのないように、うまく調節が必要なのだ。
つくも神はその状態の2人を鑑みて、助言を与える。
「とりあえず空腹を満たす名目で、1コインの食事を持ち帰ってはどうでしょう。テイクアウトであれば部屋で食べられますし。栄養価の高いバランスの良い物は、また日を改めてお母上に作っていただくということにすれば、後ろめたさもないでしょうし」
「ソレダ」
とはいえ、小田舎の駅前にある店も限られている。
「しょっぱいもの食べたい!」
身体を痛めつけたい時に食べるジャンクフードに吸い込まれるようにして入り、各々セットで適当な物を購入。家まで歩くと結構な距離があるので確実に冷めるが、もうとにかく、そういうこと言っていられないのだ。本当、心臓止まるっつーの。
山の手までオタクは目について回ったが、都心に近づくにつれてパンピーが増え、もう彼らの姿は分からない。あんな強烈な個性があるのに、その存在感が薄くなって分からなくなるという謎現象。ローカル線あたりに散らばっていくと、もう自分の他にオタクはいないと思われる。
埼玉の奥地に帰るには3時間程度必要で、世界一つおいだろう池袋線まで来て鈴と慧はホームの電光掲示板を仰ぎ見て言った。
「……最寄りまで立って行くのはむり」
「むり……自分の体重が痛い……」
疲れ切っている2人を何とか歩かせていたのはつくも神で、体力の乏しい状態を考えて適切な助言を与えてやる。
「1本遅らせて座りましょう」
おそらく座ったらこの2人は爆睡してしまうのは見てわかるので、乗り換えのない急行のホームへと誘導する。
電車がきて、無事座れたが、そこで記憶が途切れた。
次に目を開いたのは、つくも神のおはようコールを耳にした時だ。
「起きて下さい、そろそろ到着しますよ」
「んあ……ああ~……オーウェン様のまた聞き逃した……」
「違いますよ、しっかりして下さい。まだコミケの帰りで電車の中ですよ」
寝ぼけている鈴をたたき起こし、横でつぶれている慧のスマホに着信を送って目を覚まさせる。
「うお……むり……」
「がんばって、降りないと終点に連れて行かれますよ」
窓の空は薄暗くなってきている。ここで折り返しまで持って行かれたらシャレにならんと、2人は脚に力を込めて立ち上がる。1時間ちょっと寝たので体力はちょっと戻ったが、いくら若くても足裏に受けたダメージまでは治せない。
「足の裏痛え~!」
悲鳴を上げながら最寄り駅に降りたのを確認して、つくも神がホッと息をつく。
「ここまでくればもう心配ないですね。さあ、もう少しです。がんばって歩きましょう」
「家まで遠いよお~……」
「田舎つらい……」
「行きはこんなに重く感じなかったのに……荷物増えてねえか?」
「杏花梨さんの本と、わしらの本しか増えてないはず……」
そこでいいキーワードを出したおかげで、脳がカッと覚醒した。
「そうだ、筧ぽんた神絵師の本があるんだった……!」
「本買ってないと思ってたけど、鈴ちゃの本もあるじゃん!」
「そうか! 慧の超大作……うおおおお」
「本がある!!」
「帰って読むぞおお!!」
戦利品の大切み。最後の力を振り絞って小田舎の道を家に向かって歩み始めたが、寂れた商店街からご飯時の良い香りが漂ってくると、それに鼻面を撫でられて空腹なのに気がついて足を止めた。
「お腹減った……」
思えば、ほぼ深夜にカップラーメン、昼におむすびしか食べていない。普段運動もしてない上に、コミケの用意でこの数ヶ月大して休息も取っていない。そりゃあ体力ゲージもカツカツになろう。
「ご自宅に戻れば、お母上が作って下さるのでは?」
「何時に戻ってくるか分からなかったから、そのあたり言ってないや……」
「今日ばかりは絶対風呂に入らないと死ぬじゃん……? その後に家族と一緒にご飯とか……」
「むり。考えただけでストレスマッハ」
そう。もうHPもSPも余裕がない時に、そんな『普通のこと』ができるはずもないのである。こういう状態に陥ってる時は、作業として一連の流れをこなして、泥のようにオフトゥンで眠るしかできないのだ。
サークルさんが打ち上げと称してイベント帰りにみんなでご飯を食べに行く行為、あれは『こんなクタクタなのに自分で飯作りたくねえ』という思いも込められており、経費に含まれて妥当な回復手段の一つなので、ただ愉しいだけのものでもないのである。しかし、場合によっては、ストレスがピークになってしまって振り切れると、食事も交流もしたくなくなってしまい、そのまま帰宅というパターンもあるので、必要な時が自分の体力と精神力によって変化するというのも憶えておかねばならない。イベント帰りに友達と約束をしたが、体力がなくなってつらいだけになってしまった……なんてことのないように、うまく調節が必要なのだ。
つくも神はその状態の2人を鑑みて、助言を与える。
「とりあえず空腹を満たす名目で、1コインの食事を持ち帰ってはどうでしょう。テイクアウトであれば部屋で食べられますし。栄養価の高いバランスの良い物は、また日を改めてお母上に作っていただくということにすれば、後ろめたさもないでしょうし」
「ソレダ」
とはいえ、小田舎の駅前にある店も限られている。
「しょっぱいもの食べたい!」
身体を痛めつけたい時に食べるジャンクフードに吸い込まれるようにして入り、各々セットで適当な物を購入。家まで歩くと結構な距離があるので確実に冷めるが、もうとにかく、そういうこと言っていられないのだ。本当、心臓止まるっつーの。
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