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88 家に帰るまでがコミケ
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更衣室から出て、つくも神を救出する。もらった首下げケースが便利だったので、鈴はそのままそれを首に提げた。
「つくも、着替え終わったよー」
「トイレもいったー」
スマホの画面が揺れて動き、横からつくも神が顔を出す。こちらもアバターから着替え終わり、いつものぼんやりした色の袴姿に戻っている。
「あとやり残したことはありませんか」
「うーん」
「更衣室の忘れ物は2人でチェックしたから多分大丈夫」
「あ」
鈴がハッとして口を開く。
「夏コミの申込書……」
「ハッ」
コミケのシステムとして、次回申込みをする場合、現地であるコミケで次回申込書セットを購入するか、通販で取り寄せるという方法がある。ただ、デジタル化が進んでネットから申込みできるようにもなった。
「ど……どうしよう。夏コミも出たい? サトちゃん……」
「そりゃあ出たい! ……けど」
この数ヶ月の怒濤の苦労を思い出し、8ヶ月も後のことを今即座に考えないといかんのかと考えると、責任感が芽生えてしまった今の2人は戸惑ってしまう。これがちょっと前の何も考えてない頃であれば、ほいほい申込書セットを買って帰っていたに違いない。
「8月つーたら、7月締め切り。夏休み前か……期末試験あるじゃんな」
「つか、わしら高2になってるよ……?」
その様子を見ていたつくも神が安堵して言った。
「あと7ヶ月もあります。お二人とも一度経験したので、計画の立て方はもう分かっているでしょう? 春休みに藤原でバイトもできますし、今日の売上も次に回せます。今回ほど怒濤の連続ではないはずですよ」
「とって平気かなあ?」
「今回全てクリアしたのですよ? 本も出して、コスプレもして、やりたいことを全部やったのです。何か漏れが1つでもありましたか?」
「な……ない、かな?」
「ありませんよ。全部できたのです。ちゃんとかどうかは怪しいですが、予定していたことは、全部やったのですよ。それがどれだけすごいことか、考えてみてください」
目標を立てたことに向けて、全速力で突っ走ったのだ。1つのことをするのに、これだけの苦労が必要で、それを全部クリアしたのだから、もう鈴と慧は自信を持って自分たちで行動していいのだ。
大勢が帰宅準備を始めているのが、人の流れで分かる。更衣室へ向かう流れ、ビッグサイトから出て行く流れ、精根尽き果てながらも満足した彼らの表情を見ていると、きっと自分たちも同じ顔をしているのだろうなと思う。
「……買って帰ろう」
「だねぃ」
「夏コミの申込みはまだ大分後だけど、その頃にはもうちょっと予定が見やすくなってるだろうし」
「うんうん。つか、オタ活しかやってないから、わしらの予定なんてオタ活しかないし!」
「それだ!」
「真実!」
「買っちゃえ買っちゃえ!」
「祭りじゃあ~!」
その足で準備会ブースに行こうとしたが、ここから一番近いのが西館だと気が付いた。
「ちょっと待て」
「西館に行くには……」
エスカレーターで下りて、折れて、エスカレーターで下りて、西館の中に入る。
「戻ってくるには……」
でかいエレベーターに乗って上へ上へ、そして更衣室前の通路を抜けてエスカレーターへ……。
「むり!!」
「もう足の裏ぺちゃんこで、痛くて歩けない!!」
そう。会場はビッグサイトだが、コミケになると混雑解消のためにあっちこっちへ移動させられまくるので、通常イベントの何倍も距離を歩く羽目になり、座る場所も休憩所も人口に対してほぼないに等しいので、帰る頃には足が死んでしまうのだ。
ネットの世界をすいすい渡り歩けるつくも神が苦笑いして言った。
「ではWeb申込みにしましょう。オンライン専用申込書セットは無料でダウンロードできるようですし、何より便利ですしね」
「そうしよう」
「ネット最高」
「つくも最高」
「フヒッ」
「ミスのチェックはしてあげますが、入力はご自分でやらないと」
「わかってまィす」
一歩を出すごとに響く足の裏で、家路へと進み始めた。
「んじゃ帰りますかー」
「あーん、コミケ終わっちゃった……」
「結局どこも回れなかったねー……」
「つくもさんに文学サークル見せてあげるって言ってたのに」
「残念ですが、また夏の楽しみになりましたし」
「ちょっとずつ慣れてくれば、サークル参加してても本を買いに出れるようになるはずだもんね」
「今回は初めてだったから、しかたなし!」
ビッグサイトから野外に出ると、高台から駅に向かって大勢の人が川のように流れているのが見渡せる。
「ああー……コミケ終わっちゃった……」
二度目。多分しばらく言ってる、この喪失感。
「電車座れるかなあ」
終わったと思ったら一気に押し寄せてくる疲労感に口数が少なくなり、黙々としてただ足を前に進めた。
「つくも、着替え終わったよー」
「トイレもいったー」
スマホの画面が揺れて動き、横からつくも神が顔を出す。こちらもアバターから着替え終わり、いつものぼんやりした色の袴姿に戻っている。
「あとやり残したことはありませんか」
「うーん」
「更衣室の忘れ物は2人でチェックしたから多分大丈夫」
「あ」
鈴がハッとして口を開く。
「夏コミの申込書……」
「ハッ」
コミケのシステムとして、次回申込みをする場合、現地であるコミケで次回申込書セットを購入するか、通販で取り寄せるという方法がある。ただ、デジタル化が進んでネットから申込みできるようにもなった。
「ど……どうしよう。夏コミも出たい? サトちゃん……」
「そりゃあ出たい! ……けど」
この数ヶ月の怒濤の苦労を思い出し、8ヶ月も後のことを今即座に考えないといかんのかと考えると、責任感が芽生えてしまった今の2人は戸惑ってしまう。これがちょっと前の何も考えてない頃であれば、ほいほい申込書セットを買って帰っていたに違いない。
「8月つーたら、7月締め切り。夏休み前か……期末試験あるじゃんな」
「つか、わしら高2になってるよ……?」
その様子を見ていたつくも神が安堵して言った。
「あと7ヶ月もあります。お二人とも一度経験したので、計画の立て方はもう分かっているでしょう? 春休みに藤原でバイトもできますし、今日の売上も次に回せます。今回ほど怒濤の連続ではないはずですよ」
「とって平気かなあ?」
「今回全てクリアしたのですよ? 本も出して、コスプレもして、やりたいことを全部やったのです。何か漏れが1つでもありましたか?」
「な……ない、かな?」
「ありませんよ。全部できたのです。ちゃんとかどうかは怪しいですが、予定していたことは、全部やったのですよ。それがどれだけすごいことか、考えてみてください」
目標を立てたことに向けて、全速力で突っ走ったのだ。1つのことをするのに、これだけの苦労が必要で、それを全部クリアしたのだから、もう鈴と慧は自信を持って自分たちで行動していいのだ。
大勢が帰宅準備を始めているのが、人の流れで分かる。更衣室へ向かう流れ、ビッグサイトから出て行く流れ、精根尽き果てながらも満足した彼らの表情を見ていると、きっと自分たちも同じ顔をしているのだろうなと思う。
「……買って帰ろう」
「だねぃ」
「夏コミの申込みはまだ大分後だけど、その頃にはもうちょっと予定が見やすくなってるだろうし」
「うんうん。つか、オタ活しかやってないから、わしらの予定なんてオタ活しかないし!」
「それだ!」
「真実!」
「買っちゃえ買っちゃえ!」
「祭りじゃあ~!」
その足で準備会ブースに行こうとしたが、ここから一番近いのが西館だと気が付いた。
「ちょっと待て」
「西館に行くには……」
エスカレーターで下りて、折れて、エスカレーターで下りて、西館の中に入る。
「戻ってくるには……」
でかいエレベーターに乗って上へ上へ、そして更衣室前の通路を抜けてエスカレーターへ……。
「むり!!」
「もう足の裏ぺちゃんこで、痛くて歩けない!!」
そう。会場はビッグサイトだが、コミケになると混雑解消のためにあっちこっちへ移動させられまくるので、通常イベントの何倍も距離を歩く羽目になり、座る場所も休憩所も人口に対してほぼないに等しいので、帰る頃には足が死んでしまうのだ。
ネットの世界をすいすい渡り歩けるつくも神が苦笑いして言った。
「ではWeb申込みにしましょう。オンライン専用申込書セットは無料でダウンロードできるようですし、何より便利ですしね」
「そうしよう」
「ネット最高」
「つくも最高」
「フヒッ」
「ミスのチェックはしてあげますが、入力はご自分でやらないと」
「わかってまィす」
一歩を出すごとに響く足の裏で、家路へと進み始めた。
「んじゃ帰りますかー」
「あーん、コミケ終わっちゃった……」
「結局どこも回れなかったねー……」
「つくもさんに文学サークル見せてあげるって言ってたのに」
「残念ですが、また夏の楽しみになりましたし」
「ちょっとずつ慣れてくれば、サークル参加してても本を買いに出れるようになるはずだもんね」
「今回は初めてだったから、しかたなし!」
ビッグサイトから野外に出ると、高台から駅に向かって大勢の人が川のように流れているのが見渡せる。
「ああー……コミケ終わっちゃった……」
二度目。多分しばらく言ってる、この喪失感。
「電車座れるかなあ」
終わったと思ったら一気に押し寄せてくる疲労感に口数が少なくなり、黙々としてただ足を前に進めた。
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