つくも神と腐れオタク

荒雲ニンザ

文字の大きさ
上 下
88 / 97

88 家に帰るまでがコミケ

しおりを挟む
 更衣室から出て、つくも神を救出する。もらった首下げケースが便利だったので、鈴はそのままそれを首に提げた。

「つくも、着替え終わったよー」
「トイレもいったー」

 スマホの画面が揺れて動き、横からつくも神が顔を出す。こちらもアバターから着替え終わり、いつものぼんやりした色の袴姿に戻っている。

「あとやり残したことはありませんか」
「うーん」
「更衣室の忘れ物は2人でチェックしたから多分大丈夫」
「あ」

 鈴がハッとして口を開く。

「夏コミの申込書……」
「ハッ」

 コミケのシステムとして、次回申込みをする場合、現地であるコミケで次回申込書セットを購入するか、通販で取り寄せるという方法がある。ただ、デジタル化が進んでネットから申込みできるようにもなった。

「ど……どうしよう。夏コミも出たい? サトちゃん……」
「そりゃあ出たい! ……けど」

 この数ヶ月の怒濤の苦労を思い出し、8ヶ月も後のことを今即座に考えないといかんのかと考えると、責任感が芽生えてしまった今の2人は戸惑ってしまう。これがちょっと前の何も考えてない頃であれば、ほいほい申込書セットを買って帰っていたに違いない。

「8月つーたら、7月締め切り。夏休み前か……期末試験あるじゃんな」
「つか、わしら高2になってるよ……?」

 その様子を見ていたつくも神が安堵して言った。

「あと7ヶ月もあります。お二人とも一度経験したので、計画の立て方はもう分かっているでしょう? 春休みに藤原でバイトもできますし、今日の売上も次に回せます。今回ほど怒濤の連続ではないはずですよ」
「とって平気かなあ?」
「今回全てクリアしたのですよ? 本も出して、コスプレもして、やりたいことを全部やったのです。何か漏れが1つでもありましたか?」
「な……ない、かな?」
「ありませんよ。全部できたのです。ちゃんとかどうかは怪しいですが、予定していたことは、全部やったのですよ。それがどれだけすごいことか、考えてみてください」

 目標を立てたことに向けて、全速力で突っ走ったのだ。1つのことをするのに、これだけの苦労が必要で、それを全部クリアしたのだから、もう鈴と慧は自信を持って自分たちで行動していいのだ。

 大勢が帰宅準備を始めているのが、人の流れで分かる。更衣室へ向かう流れ、ビッグサイトから出て行く流れ、精根尽き果てながらも満足した彼らの表情を見ていると、きっと自分たちも同じ顔をしているのだろうなと思う。

「……買って帰ろう」
「だねぃ」
「夏コミの申込みはまだ大分後だけど、その頃にはもうちょっと予定が見やすくなってるだろうし」
「うんうん。つか、オタ活しかやってないから、わしらの予定なんてオタ活しかないし!」
「それだ!」
「真実!」
「買っちゃえ買っちゃえ!」
「祭りじゃあ~!」

 その足で準備会ブースに行こうとしたが、ここから一番近いのが西館だと気が付いた。

「ちょっと待て」
「西館に行くには……」

 エスカレーターで下りて、折れて、エスカレーターで下りて、西館の中に入る。

「戻ってくるには……」

 でかいエレベーターに乗って上へ上へ、そして更衣室前の通路を抜けてエスカレーターへ……。

「むり!!」
「もう足の裏ぺちゃんこで、痛くて歩けない!!」

 そう。会場はビッグサイトだが、コミケになると混雑解消のためにあっちこっちへ移動させられまくるので、通常イベントの何倍も距離を歩く羽目になり、座る場所も休憩所も人口に対してほぼないに等しいので、帰る頃には足が死んでしまうのだ。
 ネットの世界をすいすい渡り歩けるつくも神が苦笑いして言った。

「ではWeb申込みにしましょう。オンライン専用申込書セットは無料でダウンロードできるようですし、何より便利ですしね」
「そうしよう」
「ネット最高」
「つくも最高」
「フヒッ」
「ミスのチェックはしてあげますが、入力はご自分でやらないと」
「わかってまィす」

 一歩を出すごとに響く足の裏で、家路へと進み始めた。

「んじゃ帰りますかー」
「あーん、コミケ終わっちゃった……」
「結局どこも回れなかったねー……」
「つくもさんに文学サークル見せてあげるって言ってたのに」
「残念ですが、また夏の楽しみになりましたし」
「ちょっとずつ慣れてくれば、サークル参加してても本を買いに出れるようになるはずだもんね」
「今回は初めてだったから、しかたなし!」

 ビッグサイトから野外に出ると、高台から駅に向かって大勢の人が川のように流れているのが見渡せる。

「ああー……コミケ終わっちゃった……」

 二度目。多分しばらく言ってる、この喪失感。

「電車座れるかなあ」

 終わったと思ったら一気に押し寄せてくる疲労感に口数が少なくなり、黙々としてただ足を前に進めた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。 間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。 多分不具合だとおもう。 召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。 そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます ◇ 四巻が販売されました! 今日から四巻の範囲がレンタルとなります 書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます 追加場面もあります よろしくお願いします! 一応191話で終わりとなります 最後まで見ていただきありがとうございました コミカライズもスタートしています 毎月最初の金曜日に更新です お楽しみください!

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

処理中です...