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78 これが始めて出したオフセット同人誌だ!
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9時30分までにサークル受付を済ませ、鈴はホッとしてスペースに戻ってきた。卓上は慧の手によってチラシが綺麗に片付けられ、椅子が降ろされた状態になっている。
「おかいりー」
「これで販売が許されたってことだよね?」
「そうです」
何気なくスマホの中にいるつくも神に話しかけ、ハッとしてスペース内にいる大地に視線を向ける。
「……大チャン、今、何か聞こえた?」
「む? 何がだ? 気にしていなかった」
鈴は慧の肩を抱いて後ろを向く。
「つくものこと、藤原クンに言った方がよくね?」
「だねぃ……。でも何て言うの?」
「身体が弱くてコミケに来られない人、っていう設定でいこうって話になったじゃん」
「ノノノ、そうじゃなくて。つくもさん、藤原クンにはAIっていう設定で会わせちゃってるよ?」
「あっ、そうだった」
行き当たりばったりで行動するので、つじつま合わせがちょいちょい起こる。そこでつくも神が話に割って入った。
「こうしましょう。小生はプログラマーで、AIを作った本人だということにすれば、接点がありますし、話が通りやすいかと」
「ソレダ」
鈴と慧は頷き、徐に立ち振り返ると大地の前にスマホを出す。
「ふ……藤原クン! この人、藤原クンがパソコン直してくれた時、お礼言ってたAIのプログラマーさんなの!」
大地のぼんやり霞む視界の中、スマホらしき四角の中に、人物らしき揺らめきが見える。
「なに? いるのか、そこに」
「う……うん」
「訳あって参加できないから、スマホで実況してるんだ」
「ほお……」
パソオタの大地が興味を示してスマホに顔を近づけてくるのを、鈴が笑いながら遠ざける。
「藤原大地だ。あなたの作ったAIと会話をしたことがある」
突然大地がそう語りかけたので、中で聞いていたつくも神は驚いた。視線が揺れ、照れくさそうに笑みを漏らす。
「あ……お、おはよう、ございます。つくもと申します……」
「あれは非常に興味深いプログラムだった。穏やかで、情が入り交じった……何とも言えない、そう、機械とは思えないもので感銘を受けた」
「そうですか……あ、ありがとうございます」
つくも神念願の藤原大地と直接会話がコミケの地で現実となったわけだが、何ともぎこちない。
その会話を放置したまま、鈴は机の上にスマホを置く。
「サトちゃん、本の中身……見た?」
「んにゃ」
「見るけ」
「お、おう」
いよいよ、苦労の結晶とご対面する時がやってきた。
箱を開けると紙袋に丁寧に包まれた冊子がチラッと見える。1冊を手に取ると、すぐ下に同じ表紙が見える。その下にも、その下にもだ。PP加工の光った表紙は自分の顔が写りそうで、真新しい本は指を切るぞと粋がっているようにさえ見える。
「はひぃ……わしの絵、印刷されてる……!」
中を開くと、コピーではないインク色がしっとりと紙に落ち着いて見えた。
「わ、私の書いた文字……そのまま本になってる……」
当たり前なのだが、その当たり前が形となった姿を見ると、時間に比例した労力が一気に感動となって押し寄せてくるのだ。
大地はスペースの中からその2人の光景を見つめていたが、残念なことに眼鏡がなくてよく見えない。だが、ぼんやり霞む視界の中からでも、2人が嬉しそうにキラキラと輝いているのは分かった。
「おい、お前たちのピンチとやらを何とかしてやるから、その本を僕にも読ませろ」
それを聞いた鈴と慧は咄嗟に本を背後に隠して一言。
「ダメに決まってんじゃん!!」
「腐女子の秘密を見ようとか、パンピーが言っていいセリフじゃないよぉ!?」
「よからぬ内容か」
「違うし! ギャグだし!」
「だったら別にいいだろう」
「そういう問題じゃないのお!」
オタク同士なら、ルールというか暗黙の了解を心得ているが、そういったことを全く把握していないパンピー男子に腐女子の手がけた同人冊子を見せるのは勇気がいる。そりゃあ当然断るだろう。
「僕の家の女はみんな腐女子だ、そこまで無知でもないと思うが?」
「なまじちょっと知ってるからタチ悪いんだ、お前の場合……」
大地は少し残念そうに溜め息を逃し、鞄の中から紙袋を取りだした。
「杏花梨から預かってきた。合同誌だそうだ」
「ダンディアンソロ!?」
「やったああ!!」
中を覗くと、お菓子と他の本も見える。
「ぎぇぇ……!! これは筧ぽんた様の新刊っ……!!」
「頂いちゃっていいの!?」
「いいんじゃないか? 僕はただ、お前たちに渡してくれとだけ言われた」
「神……」
感涙しながらぎゅっとそれを胸に抱きかかえ、ハッと我に返る。
「わしらの本も、献上せねばならぬのでは」
「ハッ……」
新刊の交換、それは腐れフレンズ同士の醍醐味でもある。お互いの性癖を押しつけ合う行為、布教、名刺代わり、感謝、貢ぎ物、そういった意味合いも含まれているため、色々と便利なのだ。
「ま……まあな、わしらの原稿はもう、アンソロ寄稿で杏花梨さんに見られてるし」
「だねぃ……芸風はもう知られている」
そう言いながら、スペースの上に新刊を2種類並べ、大地に視線を送る。
「開くなよ」
「見ていいのは表紙だけだ」
「眼鏡がないから何も見えん」
「イエ~イ」
「ラッキ~」
「というか、僕は今視界が悪くて販売の役に立たないぞ。何に呼ばれたか教えろ」
「いえ、そこに座っていてくださるだけでいいので」
「守り神なので」
両隣の圧を大地がいることにより跳ね返しているのだが、当人はそれを知るよしもなかった。
「おかいりー」
「これで販売が許されたってことだよね?」
「そうです」
何気なくスマホの中にいるつくも神に話しかけ、ハッとしてスペース内にいる大地に視線を向ける。
「……大チャン、今、何か聞こえた?」
「む? 何がだ? 気にしていなかった」
鈴は慧の肩を抱いて後ろを向く。
「つくものこと、藤原クンに言った方がよくね?」
「だねぃ……。でも何て言うの?」
「身体が弱くてコミケに来られない人、っていう設定でいこうって話になったじゃん」
「ノノノ、そうじゃなくて。つくもさん、藤原クンにはAIっていう設定で会わせちゃってるよ?」
「あっ、そうだった」
行き当たりばったりで行動するので、つじつま合わせがちょいちょい起こる。そこでつくも神が話に割って入った。
「こうしましょう。小生はプログラマーで、AIを作った本人だということにすれば、接点がありますし、話が通りやすいかと」
「ソレダ」
鈴と慧は頷き、徐に立ち振り返ると大地の前にスマホを出す。
「ふ……藤原クン! この人、藤原クンがパソコン直してくれた時、お礼言ってたAIのプログラマーさんなの!」
大地のぼんやり霞む視界の中、スマホらしき四角の中に、人物らしき揺らめきが見える。
「なに? いるのか、そこに」
「う……うん」
「訳あって参加できないから、スマホで実況してるんだ」
「ほお……」
パソオタの大地が興味を示してスマホに顔を近づけてくるのを、鈴が笑いながら遠ざける。
「藤原大地だ。あなたの作ったAIと会話をしたことがある」
突然大地がそう語りかけたので、中で聞いていたつくも神は驚いた。視線が揺れ、照れくさそうに笑みを漏らす。
「あ……お、おはよう、ございます。つくもと申します……」
「あれは非常に興味深いプログラムだった。穏やかで、情が入り交じった……何とも言えない、そう、機械とは思えないもので感銘を受けた」
「そうですか……あ、ありがとうございます」
つくも神念願の藤原大地と直接会話がコミケの地で現実となったわけだが、何ともぎこちない。
その会話を放置したまま、鈴は机の上にスマホを置く。
「サトちゃん、本の中身……見た?」
「んにゃ」
「見るけ」
「お、おう」
いよいよ、苦労の結晶とご対面する時がやってきた。
箱を開けると紙袋に丁寧に包まれた冊子がチラッと見える。1冊を手に取ると、すぐ下に同じ表紙が見える。その下にも、その下にもだ。PP加工の光った表紙は自分の顔が写りそうで、真新しい本は指を切るぞと粋がっているようにさえ見える。
「はひぃ……わしの絵、印刷されてる……!」
中を開くと、コピーではないインク色がしっとりと紙に落ち着いて見えた。
「わ、私の書いた文字……そのまま本になってる……」
当たり前なのだが、その当たり前が形となった姿を見ると、時間に比例した労力が一気に感動となって押し寄せてくるのだ。
大地はスペースの中からその2人の光景を見つめていたが、残念なことに眼鏡がなくてよく見えない。だが、ぼんやり霞む視界の中からでも、2人が嬉しそうにキラキラと輝いているのは分かった。
「おい、お前たちのピンチとやらを何とかしてやるから、その本を僕にも読ませろ」
それを聞いた鈴と慧は咄嗟に本を背後に隠して一言。
「ダメに決まってんじゃん!!」
「腐女子の秘密を見ようとか、パンピーが言っていいセリフじゃないよぉ!?」
「よからぬ内容か」
「違うし! ギャグだし!」
「だったら別にいいだろう」
「そういう問題じゃないのお!」
オタク同士なら、ルールというか暗黙の了解を心得ているが、そういったことを全く把握していないパンピー男子に腐女子の手がけた同人冊子を見せるのは勇気がいる。そりゃあ当然断るだろう。
「僕の家の女はみんな腐女子だ、そこまで無知でもないと思うが?」
「なまじちょっと知ってるからタチ悪いんだ、お前の場合……」
大地は少し残念そうに溜め息を逃し、鞄の中から紙袋を取りだした。
「杏花梨から預かってきた。合同誌だそうだ」
「ダンディアンソロ!?」
「やったああ!!」
中を覗くと、お菓子と他の本も見える。
「ぎぇぇ……!! これは筧ぽんた様の新刊っ……!!」
「頂いちゃっていいの!?」
「いいんじゃないか? 僕はただ、お前たちに渡してくれとだけ言われた」
「神……」
感涙しながらぎゅっとそれを胸に抱きかかえ、ハッと我に返る。
「わしらの本も、献上せねばならぬのでは」
「ハッ……」
新刊の交換、それは腐れフレンズ同士の醍醐味でもある。お互いの性癖を押しつけ合う行為、布教、名刺代わり、感謝、貢ぎ物、そういった意味合いも含まれているため、色々と便利なのだ。
「ま……まあな、わしらの原稿はもう、アンソロ寄稿で杏花梨さんに見られてるし」
「だねぃ……芸風はもう知られている」
そう言いながら、スペースの上に新刊を2種類並べ、大地に視線を送る。
「開くなよ」
「見ていいのは表紙だけだ」
「眼鏡がないから何も見えん」
「イエ~イ」
「ラッキ~」
「というか、僕は今視界が悪くて販売の役に立たないぞ。何に呼ばれたか教えろ」
「いえ、そこに座っていてくださるだけでいいので」
「守り神なので」
両隣の圧を大地がいることにより跳ね返しているのだが、当人はそれを知るよしもなかった。
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