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79 冬コミのスペース内は極寒
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本の種類は2種類しかない。しかも合同誌なので、販売するのは1セットだけだ。用意という用意もほとんどなく、卓上にドンドンとそれを載せてほぼ完了。
「値札とか持ってくれば良かった」
「そんな余裕なかったから、すっかり忘れてたねぃ……」
販売ブースに行けば値札になるようなものは売っているが、使える金がない状況なのでそれは却下。スペースに置いてあったチラシから適当に綺麗な紙を千木って値札にする。
「次回は綺麗なの作ってこよう」
椅子に腰掛けていた大地が腕を組んで言った。
「それで設営は終わりか?」
「う……うん。他に何をすれば良いのか、初めてなのでよく分からないのであった」
「杏花梨はポケットのついた敷き布にポスター、釣り銭入れに計算機、チラシや配布プレゼントなんかを用意しているが」
「それは大手さんがすることだもんー! わしら初参加でそんなことできねえよ」
「お金ギリギリで何も使えないの」
「そんなことになってまでも出したいものなのか、同人誌とやらは」
「こればかりは、出してみないと分からない世界なのですよ」
大地は『ふぅん』と一言、足も組む。
「ちょっと、サークルスペースは狭いんだから、そんなでかい図体でコスプレしてのさばらないでよ」
「だがオーウェン様っぽくてイイ」
「サトちゃん、これ藤原大地」
「クッ……!! これだからコスプレってやつは……!! 俺たちヤバイ領域に足ツッコんでしまったのでは……!?」
その2人を見て大地が言う。
「お前たちのそのカッコ、何のキャラだ?」
「クランケモーテル読んでる?」
「杏花梨が毎週ダッシュを買ってくるから、それを見せてもらってるが」
「サニーとショーって分かる?」
「全然違うじゃないか」
「まだパーツつけてないの」
「だったら早く用意しろ、10時30分にアーリー入場が始まるぞ」
卓上のスマホを手に取ると、時計の文字盤の後ろから困ったつくも神の顔が見えた。
大地がスペース内にいることにより、つくも神に制限がかかってしまっている。しかし大地がいることにより両隣の悪鬼から守られているため、杏花梨の元へ返すわけにもいかない。
鈴とつくも神はお互い視線を合わせ、何かいい方法がないか考えていると、慧が声をかけてきた。
「鈴ちゃ、今何時?」
「ん、9時55分」
「あと30分か……」
「杏花梨はいつも開始前に食事を済ませている。お前たちも食べた方がいいんじゃないか」
「え……でもそれ、杏花梨さんは大手だからだよ。わしらは初参加だし、ご飯食べる時間なんて腐るほどあると思うし」
「このジャンルは人気ジャンルなんだろ? あらゆるパターンを装丁して動くべきじゃないのか」
「さす大地ってカンジのセリフキタ」
「朝食べたのは何時だ」
「3時30分くらい」
「だったら食べておけ」
緊張感で腹は減っていないが、それもそうかとその提案を受け入れることに。
黙々とコスプレのパーツを洋服に貼り付けながら、持ってきたおむすびにかじりついていると、慧がぽつりと言った。
「さ……寒っ……」
冬の冷気でキンキンに冷えたおむすびが胃に入ると、身体の芯から凍えてくる。これはおむすびというより氷の塊だ。持ってきたお茶も時間と共に冷え切っているので、流し込んだところで温まらない。それに加えてスペース内でじっとしているのも拍車をかけてきた。
「コミケは『トイレが最大手』という言葉が存在するのですよ……やばいのでは」
館によっては、トイレに行くためスペースを出たら30分以上戻れない。若い膀胱のうちはまだ何とかなるが、年を食ったオタクに長蛇の列は死と沽券に直結する。
ガクブル震えながら、パーツを取り付けようとコスプレの袋を開いた時、ズルリと音を立てて大きな物体が滑るように落下した。2人ともそれに視線を奪われたが、落ちたカイロの30個パックを見た瞬間、歓喜に声を上げる。
「ああああ……さす杏花梨……!!」
「使い捨てカイロー!!」
コスプレは薄着であったり厚着であったり、環境的に厳しい衣装もある。それでなくとも、冬コミのサークルにカイロは必須アイテムなのだ。背中に2枚、腰に2枚、腹に1枚、両足首で2枚、足裏ホッカイロ2枚を貼って快適な時もある。いくら何でもそんなまさかと思うだろうが、サークル内でじっとしていると血流が悪くなり、海の近くの底冷えも相成ってそのくらい寒い時もあったりするのだ。
こうしてまたもや杏花梨に救われた形となった。持つべき者は頼れるオタクパイセンなのだ。
「値札とか持ってくれば良かった」
「そんな余裕なかったから、すっかり忘れてたねぃ……」
販売ブースに行けば値札になるようなものは売っているが、使える金がない状況なのでそれは却下。スペースに置いてあったチラシから適当に綺麗な紙を千木って値札にする。
「次回は綺麗なの作ってこよう」
椅子に腰掛けていた大地が腕を組んで言った。
「それで設営は終わりか?」
「う……うん。他に何をすれば良いのか、初めてなのでよく分からないのであった」
「杏花梨はポケットのついた敷き布にポスター、釣り銭入れに計算機、チラシや配布プレゼントなんかを用意しているが」
「それは大手さんがすることだもんー! わしら初参加でそんなことできねえよ」
「お金ギリギリで何も使えないの」
「そんなことになってまでも出したいものなのか、同人誌とやらは」
「こればかりは、出してみないと分からない世界なのですよ」
大地は『ふぅん』と一言、足も組む。
「ちょっと、サークルスペースは狭いんだから、そんなでかい図体でコスプレしてのさばらないでよ」
「だがオーウェン様っぽくてイイ」
「サトちゃん、これ藤原大地」
「クッ……!! これだからコスプレってやつは……!! 俺たちヤバイ領域に足ツッコんでしまったのでは……!?」
その2人を見て大地が言う。
「お前たちのそのカッコ、何のキャラだ?」
「クランケモーテル読んでる?」
「杏花梨が毎週ダッシュを買ってくるから、それを見せてもらってるが」
「サニーとショーって分かる?」
「全然違うじゃないか」
「まだパーツつけてないの」
「だったら早く用意しろ、10時30分にアーリー入場が始まるぞ」
卓上のスマホを手に取ると、時計の文字盤の後ろから困ったつくも神の顔が見えた。
大地がスペース内にいることにより、つくも神に制限がかかってしまっている。しかし大地がいることにより両隣の悪鬼から守られているため、杏花梨の元へ返すわけにもいかない。
鈴とつくも神はお互い視線を合わせ、何かいい方法がないか考えていると、慧が声をかけてきた。
「鈴ちゃ、今何時?」
「ん、9時55分」
「あと30分か……」
「杏花梨はいつも開始前に食事を済ませている。お前たちも食べた方がいいんじゃないか」
「え……でもそれ、杏花梨さんは大手だからだよ。わしらは初参加だし、ご飯食べる時間なんて腐るほどあると思うし」
「このジャンルは人気ジャンルなんだろ? あらゆるパターンを装丁して動くべきじゃないのか」
「さす大地ってカンジのセリフキタ」
「朝食べたのは何時だ」
「3時30分くらい」
「だったら食べておけ」
緊張感で腹は減っていないが、それもそうかとその提案を受け入れることに。
黙々とコスプレのパーツを洋服に貼り付けながら、持ってきたおむすびにかじりついていると、慧がぽつりと言った。
「さ……寒っ……」
冬の冷気でキンキンに冷えたおむすびが胃に入ると、身体の芯から凍えてくる。これはおむすびというより氷の塊だ。持ってきたお茶も時間と共に冷え切っているので、流し込んだところで温まらない。それに加えてスペース内でじっとしているのも拍車をかけてきた。
「コミケは『トイレが最大手』という言葉が存在するのですよ……やばいのでは」
館によっては、トイレに行くためスペースを出たら30分以上戻れない。若い膀胱のうちはまだ何とかなるが、年を食ったオタクに長蛇の列は死と沽券に直結する。
ガクブル震えながら、パーツを取り付けようとコスプレの袋を開いた時、ズルリと音を立てて大きな物体が滑るように落下した。2人ともそれに視線を奪われたが、落ちたカイロの30個パックを見た瞬間、歓喜に声を上げる。
「ああああ……さす杏花梨……!!」
「使い捨てカイロー!!」
コスプレは薄着であったり厚着であったり、環境的に厳しい衣装もある。それでなくとも、冬コミのサークルにカイロは必須アイテムなのだ。背中に2枚、腰に2枚、腹に1枚、両足首で2枚、足裏ホッカイロ2枚を貼って快適な時もある。いくら何でもそんなまさかと思うだろうが、サークル内でじっとしていると血流が悪くなり、海の近くの底冷えも相成ってそのくらい寒い時もあったりするのだ。
こうしてまたもや杏花梨に救われた形となった。持つべき者は頼れるオタクパイセンなのだ。
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