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77 同人誌の単価
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現在のサークル受付は巡回式ではなくなったらしい。参加登録見本誌提出用封筒に必要事項を書き込み、そこに見本誌である提出物を入れ、受付のポストに投函という流れになっている。
鈴がそれを書き込みながら、手を止めた。
「……本の、単、価……?」
そうだ、すっかり忘れていた。そんなものがあった。鈴は慧に顔を向ける。
「サトちゃん……いくらにしたい?」
「エッ……そ、そんなことを私にお聞きになる?」
2人は勢いよく鈴のスマホに飛びついた。画面の中に見えるつくも神に頼ろうとした時、そこに見慣れないような、よく知ってるような3Dアバターが動いているのが見え、思わず吹き出す。
「ブッ……!!」
その瞬間、スペース内にいた大地におかしな目を向けられる。
「どうした」
「い、いやっ、別に……」
それからうずくまってスマホ画面を再度確認した2人は、小声でつくも神に詰め寄った。
「身体どうしたっ……!?」
「アバターを作ってデスクトップに配置しました。よく似ているでしょう? これなら藤原大地さんに見られてもおかしいと思われません。ボイスチャットのアプリもダウンロードしてきたので、声も出せますよ」
「お前……令和に慣れきったな」
「もし杏花梨さんに、一緒に集合写真を……と言われたら困りますからね。先手を打たせてもらいました」
「そっか、写らないんだねぃ?」
「おそらく。それにほら、藤原大地さんは今、眼鏡をかけておらず、よく見えていないので、誤魔化せるかと」
「な~るへそ!」
そこで鈴が素に戻る。
「いやそうじゃねえ! それはいったん置いといて! 本の単価! わしら決めてなかったじゃん!」
「いくらくらいにすればいいの?」
つくも神も、言われて初めて気が付いたようで。
「ああ、そういえばそうですね……! 少々お待ちください。今検索してまいりますので……」
「早く早く、サークル受付終わっちゃうよぉ」
一昔前の藤原女将の時代だと、コミケ会場でネット検索などできなかった。電話も通じなかったくらいなので、携帯電話は時計代わりだったとか。それに嘆いて絶望したオタクたちを見て、携帯電話の会社たちが立ち上がったのだ。それからコミケにアンテナを背負った人々が闊歩するようになり、電話もメールも届くようになりましたよという、日本オタク昔話。
「大体……1コイン以内が多いようですね。装丁とページ数にもよりますが、平均500円以下といったところです」
「じゃ、じゃあ500円にしよう」
「待ってください。少部数のオフセット印刷は単価が高くなってしまいます。しかも今回、3割増しで印刷していますよ」
「単価? 単価で販売するの?」
「それが普通です。商品になるものは、経費を引いたものを割って単価を出して、儲けがどれくらい出るかを想定して販売するものです」
「なん……だと」
他にどうやって売るつもりだったんだ、この2人は。
「4万の印刷代で、単価はいくら?」
「800円です。3割じゃなければ560円だったのですが……」
「すげえ高いじゃん!」
「そりゃまあ、3割増しのオフセットで50部ですからね。単価も高くなります」
「そのあたりの助言はなかったよぉ!?」
「今回は『始めに憧れを全部詰め込む』のが前提で活動しているのかと思っていましたから。本の単価は二の次で、気にしていませんでした」
「頼むよつくもぉお!」
初参加の無難な路線は、コピーかオンデマンドあたりだろうと思う。
「500円にすると、単価が800円なので、300円のマイナス利益です」
「でも待って……私たち合同誌だから、2冊セットだよ……?」
「1,600円ですね」
「高すぎる!」
「大手さんの本じゃあるまいし、そんなの誰も買ってくれないよぉ!!」
「1,000円は超えたくない!」
「でも、販売する時、かなり楽かと思いますよ、1,000円」
「そうじゃねんだ! 俺たちの本に1,000円出せるかという話の方だ!」
サークル前でかがみながらスマホを見て白熱している2人に、スペース内の大地が声をかける。
「まだか。もうすぐ30分になるぞ」
「ぐぬぅ……!」
決めなければ、サークル受付が間に合わない。
「2冊セットで800円だ……」
単価800円のマイナス利益。
「いくらなんでもそれは……。次の活動に支障が出てしまいますよ」
「次は次で考える! 今回は自責も含めてこれじゃい!」
半泣きの2人だが、このあたりは今後の慣れだろう。バイトを経験して金銭のやりとりは身につけているのだ、働くことの大変さも身にしみて分かっただろうし、対価の重みも把握しただろう。あとは、自分が手がけた作品を正当に評価して、それに適正価格をつける。単価を考え、マイナスにならないように活動をする。このあたりをしっかり考えながら組み込み、締め切りを逆算して、身の丈の本を作ることが大事だ。
とりあえずこれで値段は決定したので、サークル受付はギリギリクリアとなった。
鈴がそれを書き込みながら、手を止めた。
「……本の、単、価……?」
そうだ、すっかり忘れていた。そんなものがあった。鈴は慧に顔を向ける。
「サトちゃん……いくらにしたい?」
「エッ……そ、そんなことを私にお聞きになる?」
2人は勢いよく鈴のスマホに飛びついた。画面の中に見えるつくも神に頼ろうとした時、そこに見慣れないような、よく知ってるような3Dアバターが動いているのが見え、思わず吹き出す。
「ブッ……!!」
その瞬間、スペース内にいた大地におかしな目を向けられる。
「どうした」
「い、いやっ、別に……」
それからうずくまってスマホ画面を再度確認した2人は、小声でつくも神に詰め寄った。
「身体どうしたっ……!?」
「アバターを作ってデスクトップに配置しました。よく似ているでしょう? これなら藤原大地さんに見られてもおかしいと思われません。ボイスチャットのアプリもダウンロードしてきたので、声も出せますよ」
「お前……令和に慣れきったな」
「もし杏花梨さんに、一緒に集合写真を……と言われたら困りますからね。先手を打たせてもらいました」
「そっか、写らないんだねぃ?」
「おそらく。それにほら、藤原大地さんは今、眼鏡をかけておらず、よく見えていないので、誤魔化せるかと」
「な~るへそ!」
そこで鈴が素に戻る。
「いやそうじゃねえ! それはいったん置いといて! 本の単価! わしら決めてなかったじゃん!」
「いくらくらいにすればいいの?」
つくも神も、言われて初めて気が付いたようで。
「ああ、そういえばそうですね……! 少々お待ちください。今検索してまいりますので……」
「早く早く、サークル受付終わっちゃうよぉ」
一昔前の藤原女将の時代だと、コミケ会場でネット検索などできなかった。電話も通じなかったくらいなので、携帯電話は時計代わりだったとか。それに嘆いて絶望したオタクたちを見て、携帯電話の会社たちが立ち上がったのだ。それからコミケにアンテナを背負った人々が闊歩するようになり、電話もメールも届くようになりましたよという、日本オタク昔話。
「大体……1コイン以内が多いようですね。装丁とページ数にもよりますが、平均500円以下といったところです」
「じゃ、じゃあ500円にしよう」
「待ってください。少部数のオフセット印刷は単価が高くなってしまいます。しかも今回、3割増しで印刷していますよ」
「単価? 単価で販売するの?」
「それが普通です。商品になるものは、経費を引いたものを割って単価を出して、儲けがどれくらい出るかを想定して販売するものです」
「なん……だと」
他にどうやって売るつもりだったんだ、この2人は。
「4万の印刷代で、単価はいくら?」
「800円です。3割じゃなければ560円だったのですが……」
「すげえ高いじゃん!」
「そりゃまあ、3割増しのオフセットで50部ですからね。単価も高くなります」
「そのあたりの助言はなかったよぉ!?」
「今回は『始めに憧れを全部詰め込む』のが前提で活動しているのかと思っていましたから。本の単価は二の次で、気にしていませんでした」
「頼むよつくもぉお!」
初参加の無難な路線は、コピーかオンデマンドあたりだろうと思う。
「500円にすると、単価が800円なので、300円のマイナス利益です」
「でも待って……私たち合同誌だから、2冊セットだよ……?」
「1,600円ですね」
「高すぎる!」
「大手さんの本じゃあるまいし、そんなの誰も買ってくれないよぉ!!」
「1,000円は超えたくない!」
「でも、販売する時、かなり楽かと思いますよ、1,000円」
「そうじゃねんだ! 俺たちの本に1,000円出せるかという話の方だ!」
サークル前でかがみながらスマホを見て白熱している2人に、スペース内の大地が声をかける。
「まだか。もうすぐ30分になるぞ」
「ぐぬぅ……!」
決めなければ、サークル受付が間に合わない。
「2冊セットで800円だ……」
単価800円のマイナス利益。
「いくらなんでもそれは……。次の活動に支障が出てしまいますよ」
「次は次で考える! 今回は自責も含めてこれじゃい!」
半泣きの2人だが、このあたりは今後の慣れだろう。バイトを経験して金銭のやりとりは身につけているのだ、働くことの大変さも身にしみて分かっただろうし、対価の重みも把握しただろう。あとは、自分が手がけた作品を正当に評価して、それに適正価格をつける。単価を考え、マイナスにならないように活動をする。このあたりをしっかり考えながら組み込み、締め切りを逆算して、身の丈の本を作ることが大事だ。
とりあえずこれで値段は決定したので、サークル受付はギリギリクリアとなった。
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