つくも神と腐れオタク

荒雲ニンザ

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76 これが初めて取ったサークルスペースだ!

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 鈴と慧のスペースは東3ホール。ビッグサイトの東側の作りは、中央に巨大な通路があって、その両方に123と456の3館ずつホールが並んでおり、更に奥に行けば7と8ホールがある。3ホールは入口から見て右端で、中々遠い場所にあった。今回は色々な事情があった後で規模が縮小されていたが、1日10万人は来るだろうと予想されており、それにふさわしいサークル数が1ホール1ホールに詰め込まれている。

 東ホールに到着し、鈴は配置図を見ながら自分のスペースを探して歩いていた。

「東3……ウ15b」
「ここだ!」

 何てことはない、島中の机半分。特に真新しいわけでもなく、いつもイベントに来れば普通に見かけるその光景が、今日は違った。
 ここが、自分たちの、初めて借りた、販売ブース。
 申込みをした時点で使ったお金はお小遣いだったが、様々な苦難を経てここに辿り着いたその感慨深さは計り知れない。
 一気にワッとなった感情で視界は狭くなり、見える場所が少なくなって机の下に目が行った。

「新刊届いてる!」
「ヒューッ!!」

 直接搬入。カッコイイ響きである。この小さな箱の中に、自分たちが死ぬ思いで作った新刊が入っていると思うと、もういても立ってもいられない。
 そこでつくも神から叱咤が入る。

「両隣へのご挨拶を忘れていますよ!」

 その声でハッとして、鈴と慧は顔を上げた。
 礼に始まり、礼に終わる。これが古の貴腐人からオタク術を学んだ筧ぽんたから、更に受け継いだオタク本来の礼節。
 鈴と慧はお互い顔を合わせ、大きく頷いた。
 鈴は右隣のサークル、慧は左隣のサークルに頭を下げようとした時だ。

「おはようございます! 今日一日よろしくお願いしまアアアアアアアアギャアアア……!!」

 悲鳴にも似た声が2人の口から漏れ、そこで声が止まる。そこにいた人物の顔を見て、嫌な記憶が一気に蘇ってきた。

 右隣にいるのは、5人一組のあの意地悪サークル。
 左隣にいるのは、机を叩きまくるあの不穏サークル。
 見事その中央に挟まれたのが、今回の鈴と慧のサークルである。

 オ・ワ・ター! という声が脳内に響き渡り、石化すること数十秒。不穏サークルは小声で会釈してくれたが、5人一組サークルはこちらをチラリと見て鼻で笑い、例の如く感じの悪い様子でヒソヒソニヤニヤ何かを言い合い始めた。
 楽しいはずのコミケが、一瞬で恐ろしい場に変わった時、背後から声をかけられる。

「用意中に申し訳ない、東3ホール、ウの15b……『一泊三日』というサークルを探しているんだが……」

 聞き慣れた声に鋭く振り返り、そこにいる人物を目に入れる。

「藤原クン!?」
「どうしてここにいんの!?」

 何だかそのやりとり、前もやった気がするが、まあそれは置いておいて。

「む……その声は吉田と田辺か」

 その声の主は大地で、よく見れば眼鏡をかけていない。それ以前、コスプレをしていて誰だか分からない。

「オオオオオオオーウェン様のカッコしてやがるコイツ!!」
「どういうことなの藤原クン!?」
「説明するまでもなかろう……」
「アッ」

 お察し。この大地の憔悴しきった顔、お姉様に言われて派遣されて来たのですね。

「杏花梨が、お前たちのピンチだからと、手伝いにやらされた。何がピンチなんだ?」
「アアアアア……!!」

 さす杏花梨! さすぽんた! 事前購入したパンフレットからサークルをチェックして、両隣から受ける迫害を案じて大地を向かわせてくれたに違いない。まあ、今の大地は眼鏡をかけていないので、どうやら周囲で何がおきているのか分かっていない様子だが。

「眼鏡どうしたの?」
「オーウェンはつけてないから取れと言われた」
「コスプレさせられちゃったのねぃ……」
「当然交換条件だ」
「今回は何にしたの? わしら杏花梨さんにお返ししないとダメだろこの状況」
「1年生の間、通学するのに車で送らせる」
「鬼か」

 どう考えても、嫌がるパンピーを冬コミで手伝わせてコスプレさせる方が鬼である。

 そうこうしていると、鈴のスマホから必死のつくも神の声が聞こえてきた。

「鈴さん! サークル受付しないと!」
「ハッ! そうだった!」

 卓上に置かれたチラシの束を掘って行くと、コミックマーケット参加登録見本誌提出用封筒という文字が目に飛び込んだ。鈴がそれに必要事項を記入している間、慧は設営に入る。

「鈴ちゃ、私スペース片付けて用意する」
「あ、新刊1冊ずつ出してちょ」
「藤原クン、スペースの中に入ってて」
「む、視界が悪くてよく分からんのだ……」
「こち」

 島中は両端にしか入口がない。もしくは机の下から潜り込むしかなく、移動が大変なのだ。コスプレをしていると自由が制限されてしまうので、更に大変である。
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