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75 サークル入場口の混乱
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逆ピラミッドを目に入れ、2人は大きく息をついた。
「ついたぁ……!」
ここまで来ればもう何とでもなる。
サークル入場にしても一足早い時間帯、いつも一般入場でやってくる2人は周囲の人通りが少ないのに感動してもいた。入り口前の広場から続く長蛇の列は、石畳の階段の下から国際展示場駅まで続き、蛇行をしながら人を増やしているが、まだまだ余裕が見えてこれからといったところ。
電車から降りてさほど経っていないというのもあるが、寒さはそれほど感じない。肉の壁が周囲を取り囲んでいるせいか、それとも暖冬のせいか、いずれにせよ今日はそれがありがたい。
少し前にサークル入場口が見え始めると、鈴は鞄の中から青封筒を取り出し、震える指でサークルチケットを2枚抜き出した。
「これを落としたら終わり……」
「ヒュッ……」
片方の1枚を慧に渡し、サークル列の最後尾に並ぶ。
上目遣いで周囲のオタクたちを眺めつつ、1歩1歩ゆっくり前へ進んでいると、自分たちの1つ前にいた青年が突然大きな動作で駆け出した。
その瞬間、女性スタッフの大声が鼓膜を劈く。
「その人止めてーッ!! 不正入場!! チケット持ってない!!」
青年は前にいた女性2人をなぎ倒し、人と人の隙間に身体を押し込みながらも逃げようとしたが、程なくして周囲にいた男性陣に取り囲まれて押さえつけられた。
あまりにも唐突なことで何が起きたか2人は分からず、ニヤニヤと口元をほころばせて身体を捻らせるその青年を時が止まったように見ていたが、ハッとして自分たちのチケットを確認する。
場は一時騒然となったが、すぐに元の時間へと戻っていく。受付のスタッフにチケットを渡し、列がバラけた辺りでやっと息をついた。
「イベント入場って、こんなに緊張したっけ……!?」
「ひいぃ……人混みこわいよぉ~!」
お互い身を寄せてガクブルしていると、スマホが振動してつくも神が呼びかける。
「通路の真ん中で足を止めてはいけません。他の方の通行の邪魔になってしまいます。速やかに移動してください」
「ど……どっち行けばいいの」
「コスプレ更衣室は会議棟です。西館の方に向かってください」
言う通り右に折れると、次から次へ訪れる人の波に流されてもう止まれない。エスカレーターに乗って上へと運ばれる。
8時30分、更衣室前到着。
「……すぐ目の前の駅からここに来るまで30分もかかったの……?」
天井の高いだだっ広いホールにパーテーションが幾つも置いてあり、右と左で男女の区別がつけて囲われている。
初めて見る景色にどこを見ていいか混乱していると、聞き慣れた声が2人を呼んだ。
「鈴さん! 慧さん!」
条件反射で振り返れば、そこに杏花梨らしき人物が見え、知った顔に出会えて一気に安堵する。
「うわん! 杏花梨しゃぁん……!」
「おはようございます!」
「おはざます! こんな近くにいたのに、全然分かりませんでしたぁ……!」
「いつもの汚いオタク着じゃないですからね、今日は!」
確かに、バッチリメイクまでして気合いが入っている。
周囲にいる何名かがこちらに挨拶をしてきたので、この人達は今回クラモ併せをするメンバーだと気が付いた。
「おっおっおっはようござま……す!」
「今日はよろしくです~」
テンパってる16ちゃいを穏やかに包み込むパイセンオタクたち。杏花梨が持っていた大きな荷物の中から、白い2袋を鈴と慧に手渡した。
「お二人はサークルの用意があるでしょうから、先に着替えてスペースに向かってください。併せの時間は午後になって人が落ち着いてきてからです。大体13時目安と思っていてください」
「はっ……はヒ」
「先に着替えるチームは、一緒に入って二人に教えてあげてくれますか」
何人かが声を掛け合い、杏花梨と別れて女子更衣室に向かった。
入口でちぇんじなる冊子を購入する。一緒に入ってくれたお姉さんに、これが通行証となるからなくさないようにと教えてもらった。
「コミケで表現する側……なくしちゃダメな物が多すぎやしないか……?」
「着替えてるうちにどっかやっちゃいそうだよぉ」
ガクブルしていたが、女子更衣室の中に入った時はもう9時に近い。急がなくてはサークル入場時間が終わってしまう。
「9時30分でエントランスが一時閉鎖になったはず」
「やばい。とにかく着替えて、パーツはスペース持って行ってつけよう」
大慌てでコスチュームを身につけ、お先にと更衣室を退出する。
「杏花梨さん! 先にスペース行きます!」
「了解です! 13時付近で連絡入れますので!」
「ラジャーッ!」
あんなに朝早く出たのに、もう時間がない。どのシーンでもゆっくりなど1度もしていないのに、時間が足りない!
ポケットのスマホを取り出し、今何時かを確認する。
「つくも、更衣室出たよ」
「走らないで。でも急がないと東館に行けなくなってしまいます」
「今移動してる」
周囲からひしひしと感じる緊張感。それは刻一刻と増していく。西館のエスカレーターに乗り込んでじっとしているだけなのに、もう心臓はドキドキと小うるさい。慧が大きく憤りを空に逃した。
「一般の時はこんなハラハラしなかったのに……」
「サークル大変すぎる……」
まだ何も始まっていないのに、二人はもうイッパイイッパイに近い。
東館の入口が見えてきた。混雑で人、人、人以外が天井しか見えない。何だか途方もなくスペースが遠く感じる。
「あと10分しかないよぉ」
「進まないぃ」
「ついたぁ……!」
ここまで来ればもう何とでもなる。
サークル入場にしても一足早い時間帯、いつも一般入場でやってくる2人は周囲の人通りが少ないのに感動してもいた。入り口前の広場から続く長蛇の列は、石畳の階段の下から国際展示場駅まで続き、蛇行をしながら人を増やしているが、まだまだ余裕が見えてこれからといったところ。
電車から降りてさほど経っていないというのもあるが、寒さはそれほど感じない。肉の壁が周囲を取り囲んでいるせいか、それとも暖冬のせいか、いずれにせよ今日はそれがありがたい。
少し前にサークル入場口が見え始めると、鈴は鞄の中から青封筒を取り出し、震える指でサークルチケットを2枚抜き出した。
「これを落としたら終わり……」
「ヒュッ……」
片方の1枚を慧に渡し、サークル列の最後尾に並ぶ。
上目遣いで周囲のオタクたちを眺めつつ、1歩1歩ゆっくり前へ進んでいると、自分たちの1つ前にいた青年が突然大きな動作で駆け出した。
その瞬間、女性スタッフの大声が鼓膜を劈く。
「その人止めてーッ!! 不正入場!! チケット持ってない!!」
青年は前にいた女性2人をなぎ倒し、人と人の隙間に身体を押し込みながらも逃げようとしたが、程なくして周囲にいた男性陣に取り囲まれて押さえつけられた。
あまりにも唐突なことで何が起きたか2人は分からず、ニヤニヤと口元をほころばせて身体を捻らせるその青年を時が止まったように見ていたが、ハッとして自分たちのチケットを確認する。
場は一時騒然となったが、すぐに元の時間へと戻っていく。受付のスタッフにチケットを渡し、列がバラけた辺りでやっと息をついた。
「イベント入場って、こんなに緊張したっけ……!?」
「ひいぃ……人混みこわいよぉ~!」
お互い身を寄せてガクブルしていると、スマホが振動してつくも神が呼びかける。
「通路の真ん中で足を止めてはいけません。他の方の通行の邪魔になってしまいます。速やかに移動してください」
「ど……どっち行けばいいの」
「コスプレ更衣室は会議棟です。西館の方に向かってください」
言う通り右に折れると、次から次へ訪れる人の波に流されてもう止まれない。エスカレーターに乗って上へと運ばれる。
8時30分、更衣室前到着。
「……すぐ目の前の駅からここに来るまで30分もかかったの……?」
天井の高いだだっ広いホールにパーテーションが幾つも置いてあり、右と左で男女の区別がつけて囲われている。
初めて見る景色にどこを見ていいか混乱していると、聞き慣れた声が2人を呼んだ。
「鈴さん! 慧さん!」
条件反射で振り返れば、そこに杏花梨らしき人物が見え、知った顔に出会えて一気に安堵する。
「うわん! 杏花梨しゃぁん……!」
「おはようございます!」
「おはざます! こんな近くにいたのに、全然分かりませんでしたぁ……!」
「いつもの汚いオタク着じゃないですからね、今日は!」
確かに、バッチリメイクまでして気合いが入っている。
周囲にいる何名かがこちらに挨拶をしてきたので、この人達は今回クラモ併せをするメンバーだと気が付いた。
「おっおっおっはようござま……す!」
「今日はよろしくです~」
テンパってる16ちゃいを穏やかに包み込むパイセンオタクたち。杏花梨が持っていた大きな荷物の中から、白い2袋を鈴と慧に手渡した。
「お二人はサークルの用意があるでしょうから、先に着替えてスペースに向かってください。併せの時間は午後になって人が落ち着いてきてからです。大体13時目安と思っていてください」
「はっ……はヒ」
「先に着替えるチームは、一緒に入って二人に教えてあげてくれますか」
何人かが声を掛け合い、杏花梨と別れて女子更衣室に向かった。
入口でちぇんじなる冊子を購入する。一緒に入ってくれたお姉さんに、これが通行証となるからなくさないようにと教えてもらった。
「コミケで表現する側……なくしちゃダメな物が多すぎやしないか……?」
「着替えてるうちにどっかやっちゃいそうだよぉ」
ガクブルしていたが、女子更衣室の中に入った時はもう9時に近い。急がなくてはサークル入場時間が終わってしまう。
「9時30分でエントランスが一時閉鎖になったはず」
「やばい。とにかく着替えて、パーツはスペース持って行ってつけよう」
大慌てでコスチュームを身につけ、お先にと更衣室を退出する。
「杏花梨さん! 先にスペース行きます!」
「了解です! 13時付近で連絡入れますので!」
「ラジャーッ!」
あんなに朝早く出たのに、もう時間がない。どのシーンでもゆっくりなど1度もしていないのに、時間が足りない!
ポケットのスマホを取り出し、今何時かを確認する。
「つくも、更衣室出たよ」
「走らないで。でも急がないと東館に行けなくなってしまいます」
「今移動してる」
周囲からひしひしと感じる緊張感。それは刻一刻と増していく。西館のエスカレーターに乗り込んでじっとしているだけなのに、もう心臓はドキドキと小うるさい。慧が大きく憤りを空に逃した。
「一般の時はこんなハラハラしなかったのに……」
「サークル大変すぎる……」
まだ何も始まっていないのに、二人はもうイッパイイッパイに近い。
東館の入口が見えてきた。混雑で人、人、人以外が天井しか見えない。何だか途方もなくスペースが遠く感じる。
「あと10分しかないよぉ」
「進まないぃ」
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