つくも神と腐れオタク

荒雲ニンザ

文字の大きさ
上 下
71 / 97

71 九十九の時間

しおりを挟む
 しばらく天井の染みを見つめていたが、むくりと起き上がってタンスを開けた。

「風呂はいろ……」

 つくも神はカーテンの向こう側を覗き込み、電気のついていない隣の部屋を見て言う。

「慧さんはまだ寝ているようですね」
「メッセージ入ったら、起きたって返事しといて」
「はい」

 便利だ、つくも神。

 階段を降りていくと、玄関に巨大な箱が置いてあるのに目を留める。縦はさほどでもないが、横が2メートルはありそうな、そんな大箱に緑と赤の包み紙が巻き付けてある。

「なんこれ!? またぱしょこん!?」

 その娘の声を聞き、奥から鈴母がやってきた。

「やっと起きてきた」
「ねえ、これ何入ってんの?」
「鈴のクリスマスプレゼントよ。昨日こんな目立つように玄関に置いといたのに、全然気づかないで上に行っちゃうんだもの、お父さん寂しがってたよ」
「えっ……昨日から置いてあったん?」

 今日は26日だ、丸一日ここに放置されていたのだろう。

「えーっ、マジ? 開けていいの?」
「鈴のよ」
「わーい、何だろう!」

 とってつけたような継ぎはぎの箱を崩していくと、中からメタリックブルーの自転車が顔を出す。

「ぎゃあああ! しゅてきぃぃ!」
「学校行くの楽になるねえ」
「えーっ……でも困る。チャリだと2ケツできないし……慧がいるからやっぱ歩きで通学しかない」

 鈴母はフフンと笑う。

「お母さんは抜かりないわよ。田辺さんのお母さんと結託して、慧ちゃんのクリスマスプレゼントも自転車にしてある」
「ママーッ!!」

 できるママ。

「やったあ! じゃあバイトもこれで行けるじゃん! 荷物も載せられるから楽になるし、めっちゃ嬉しいーっ! ありがとうお母さん!」
「お父さん帰ってきたら、お父さんにもお礼言ってあげてね」
「うん!」

 そう言えば、つくも神が壊れた時に鈴父に八つ当たりしてしまったなと思い、ちょっと反省の心を持った。


 風呂から上がってくると、つくも神がモニタを前に何やら映し出しているようだった。

「先程慧さんからメッセージがありました。クリスマスプレゼントはもうもらったかと聞いてらっしゃったので、鈴さんは入浴中だとだけお伝えしてあります」
「もらったよ! 自転車! 慧ももらってるはず~」
「おお、それはよかった。自転車なら色々と便利に使えますね」
「うむ、オタクと自転車は相性が良い」

 ベッドに腰掛け、冷蔵庫から持ってきた麦茶を一飲みしてから一息をつく。

「原稿は終わったが、コスプレあわせのパーツを作らないといかんのか……」
「その前に印刷代を振り込みに行かないと。入金確認がとれないと印刷してもらえません」
「ああ、そっか」
「自転車もありますし、お試しがてら慧さんとコンビニまで行ってきては如何ですか?」
「イイネ。じゃあ慧に連絡入れといて」
「はい」

 便利だなつくも神。

 外出用の普段着に着替えていた時だ、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるつくも神に、鈴はふと妙な気持ちが湧いた。

「あのさ、ありがとね」

 突然湧いた衝動的な感情ではなく、昨日見た覚えていない夢によって引き起こされたその言葉は、つくも神を大いに驚かせた。モニタを見ていた彼は思わず彼女に振り返ったが、予想していなかった発言に返す言葉が思いつかない。その顔を見て鈴はバツが悪そうにする。

「なんか……つくもが来てから、いいことばっかりだった気がする。悪いことと言えば、つくもが壊れたくらいだったかなーとか」

 10代半ばで威勢のいい子が、この言葉を口にするのにどれだけ勇気がいったろう。つくも神はそれを思うと嬉しさ半分、いたたまれなさすら覚えた。だから微笑んで言ってやる。

「それすら、今となってはそう悪いことでもありますまい」
「ヘマの結果なのに?」

 よく分からず、鈴は首を傾げている。

 つくも神は、己が付喪神となった理由をずっと探し求めていた。生前の書生から転生したからには、何か重要な意味があるに違いないと思っていたのだ。
 それが間違えていると気が付いたのは、自身が物事を弁えていても、物語に変化はないのだと分かった時。
 それはそうかと思った。自分の生はもうここにないのだから、現を動かすことはできないのだと。
 では? だったら? 目の前にいるのは、この子だ。この子たちだった。
 そうして共に暮らすうち、長い長い九十九の時間をかけて、童の心に変化が訪れた。この子たちは、物の中に命を見いだすようになり、とうに亡い書生の命を物の中に見て、壊れて泣きもした。
 付喪神はその時……呪縛を昇華をさせ、帰依したのだろう。童が心変わりしたように、付喪神もまた良い憑き物に変化へんげをしたのだ。
 嵐の中で繰り返し押し寄せる荒波のような試練はもはや、豊かな心を育成するべくして与えられた恩恵でしかない。
 つくも神は、己がその『きっかけ』になるために遣わされた駒だったのだと悟った。

「つくも?」

 物思いにふけるつくも神に、鈴は幼さを残す大きな目で問いかける。
 若年の鈴には難しすぎる境地だ、説明しても理解はできまい。長い時間をかけて経験を積み、その末に自ら気づきを学んで開くしかない話だ。それまでは脳裏にこびり付いて離れない呪縛のようなものとなり、昇華される日をひたすら待つのみ……。

 シュポッ。

「あ、慧さん、用意できたそうですよ」

 話を切るようにつくも神がSNSのメッセージを伝えると、鈴は少し溜め息まじりに頷き、クロゼットからコートを引き出して給料と財布とスマホを手に取った。

「つくも、振込先転送しといて!」
「はい、いってらっしゃいませ」

 つくも神、便利だわあ~。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】もふもふ獣人転生

  *  
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。 ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。 本編完結しました! おまけをちょこちょこ更新しています。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

あやかし酒場と七人の王子たち ~珠子とあやかしグルメ百物語~

相田 彩太
キャラ文芸
東京の中心より西に外れた八王子、さらにその片隅に一軒のひなびた酒場がある。 「酒処 七王子」 そこは一見、普通の酒場であるが、霊感の鋭い人は気づくであろう。 そこが人ならざるモノがあつまる怪異酒場である事を。 これは酒場を切り盛りする7人の兄弟王子と、そこを訪れる奇怪なあやかしたち、そしてそこの料理人である人間の女の子の物語。 ◇◇◇◇ オムニバス形式で送る、”あやかし”とのトラブルを料理で解決する快刀乱麻で七転八倒の物語です。 基本的にコメディ路線、たまにシリアス。 小説家になろうでも掲載しています。

孤独な戦い(1)

Phlogiston
BL
おしっこを我慢する遊びに耽る少年のお話。

7億当てるまで、死ねません!

味噌村 幸太郎
大衆娯楽
キャッチコピー 「夢のマイホームのため、買い続けます!」 僕には、いや家族には大きな夢がある。 1、二階建ての一軒家が欲しい! 2、娘たちに(二人)に自室を用意したい! 3、奥さんがフルタイムで稼いでくれているから、緩やかな仕事(趣味のスイーツ作りとか)に変えて楽させてあげたい! 4、娘たちが毎日のように言うから、トイプードルが欲しい! だが、現実的に無理だ……。なぜなら、僕が無職だからだ! じゃあ、どうするか? 宝くじで7億を当てるしかない! 毎週、家族の夢を背負って、ロト7に300円をかける男の話である。 ※タイトル通り、キャリーオーバーで7億円当てるまで、完結しません。未完の可能性大。

近所の旦那に手を出す奥様・・・男好きの主婦がホストに通い出したが家に連れて来た男に唖然!

白崎アイド
大衆娯楽
近所に住んでいる主婦の恵美さんは、へいきで近所の旦那と遊んでしまう人。 でも、いろいろな人に手を出しまくっているのに、まったく平然な顔をしているのだから怖い。 そんな恵美さんが夜、タクシーで帰宅。 ちょうどその様子を見ていた私は、驚きの現実を目撃してしまい・・・

第三王子の夫は浮気をしています

杉本凪咲
恋愛
最近、夫の帰りが遅い。 結婚して二年が経つが、ろくに話さなくなってしまった。 私を心配した侍女は冗談半分に言う。 「もしかして浮気ですかね?」 これが全ての始まりだった。

おもらしの想い出

吉野のりこ
大衆娯楽
高校生にもなって、おもらし、そんな想い出の連続です。

処理中です...