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64 アンソロ寄稿完了
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12月第二週、月曜日。
期末テストが2日続く。
慧が登校してきたが、風邪をひいていたわりには、ひいた後の方がツヤテカに見える。
「むっちゃ休めたわ……」
「くっ……風邪引くのがこんなに羨ましいとは……!」
「風邪ひいてる間に一気に追い上げて、アンソロは安泰でございます」
「何だよー、私もうつしてもらって休めば良かったなー」
よく考えろ鈴、お前は漫画だ。絵は寝ながら描けないのだ、風邪をひいたら全てが終わる。アホに感謝してこつこつ進める他に術がないのだ。
「鈴ちゃアンソロの方、間に合いそう?」
「うん、そっちは平気。自分の原稿より優先してやってた」
テストの方はというと、大地のヤマが結構ヒットしていた。60%に毛が生えた程度であったが、前回より勝率は良い。満遍なく学ぶのが成功の秘訣というのは分かるが、彼女達2人の目標は『追試と補習から逃れる』なので、手応えのある感触に鈴と慧は勝ち誇った。
「自由だァァ!!」
「勝ったぞぉぉ!!」
後は親に怒られるだけで期末テストは任務完了だ。
12月第二週、水曜日。
ダンディアンソロジーの締め切り日。
バイトから帰宅して風呂に入ると、すでに9時をまわっていた。
ここのところずっと部屋で夕飯を食べていたので、鈴母が温めてくれたご飯をお盆に載せて2階に上がる。
つくも神がおかずを見ながら目を細めた。
「今日もおいしそうですね」
「電気ってどんな味?」
「食べているという感覚はありません。早い話、充電ですからね」
「便利じゃのう~。オタクにはそっちの方が羨ましいわ……」
確かに、空腹にならなければ食べなくて済む。食べなくて済むのであれば、消化に体力を奪われず、睡魔も襲ってこない。何より食べる時間が惜しいとかいう。
食事をしながら原稿をいじるのは行儀が悪いのだが、そんなことを言っている余裕がない。鈴はお米を一口押し込んだ後、漫画制作ツールを開いてペンを握る。
「まだ手を入れるのですか?」
「一回見直してからじゃないと怖くて渡せないよお」
睡眠不足の上、疲労困憊。何度見直しても生まれてくる誤字脱字も怖ければ、さっきまで見ていたはずの場所にトーン抜け……なんてこともしょっちゅうアリで恐ろしい。
30分程度手直しをしてから、もう大丈夫だろうと梱包作業に入る。
「統合してから……圧縮」
「メールにお名前とペンネームもお忘れなく」
「ペンネーム知られちゃうのか……何だか恥ずかしいな」
筧ぽんたと杏花梨が別人のような感覚を、杏花梨もこちらに対して持つのだろう。
そうしてメール添付でアンソロを寄稿し、ここも任務完了。
「はーっ……1つ終わったぁ……」
大きく息をつき、お箸とお茶碗を取ってご飯に集中し始める。せっかく温めてもらったおかずはすでに冷えてしまったが致し方ない。もう少し頑張れば、普通の時間に温かいご飯が食べられるのだ。
「あと締め切りまで何日ー?」
「13日です。ですが、25日の午前9時までに印刷所に入れていないとならないので、実質12日になるかと」
「土日が4回か……」
鞄からペットボトルの残りを取り出し、それを一気飲みする。その様子を見る限り、微妙なところなのだろうとつくも神は察してやる。
「私からの提案として、全ページを平坦に進めておくのをおすすめします。最悪トーンはなくても何とかなるでしょうし、ベタまで入っていれば見栄えは保てるかと」
「そっか……その方向で切り替えてやるか……」
「もう白紙のページはないですから、本として出そうと思えば出せる状態ではあります」
「うん。そうだね……。あとは完成度を高めるって感じで頑張れば良いんだから、真っ白の頃より全然楽かも……」
モチベーションの上げ方も分かってきた様子。嘆いていても進まないというのを無意識のうちに悟り、解決する方法を模索して実行するようになってきている。
つくも神は鈴の心が大きくなったのを実感して、目頭が潤んだ。数ヶ月前出会った時、この少女は子供から脱皮する前だったのに。今は自分のやりたいことのために働き、目標を持ち、考え、実行する力を備えてきている。
鼻をすすったつくも神に鈴は振り返り、眉間にシワを寄せた。
「え、何で泣いてるの」
「何だかもう、立派な大人に見えてきて……」
「こんだけグダグタ続きな私が立派な大人に見えるとか、ぽんこつすぎねえかお前」
大人になって振り返った時、どこが人生のターニングポイントになったかきっと分かるだろう。今はまだ、子供から脱皮して、ふにゃふにゃな身体でやっと立ち上がったばかりだ。つくも神の言葉の意味が分からなくても無理はない。
その後、シュポッという例の音が。
「杏花梨さんからだ。原稿届いたお知らせかな?」
アプリを開くと怒濤のお礼が流れてきた。
「うおおお!? す、すごいトチ狂ってる……!」
「よ、喜んでくれたようですね……」
大凡原稿で寝てない杏花梨のカンフル剤となったのだろう。頑張った甲斐があったと鈴はホッと胸をなで下ろし、不思議な感動が胸中に満ちるのを覚えた。
期末テストが2日続く。
慧が登校してきたが、風邪をひいていたわりには、ひいた後の方がツヤテカに見える。
「むっちゃ休めたわ……」
「くっ……風邪引くのがこんなに羨ましいとは……!」
「風邪ひいてる間に一気に追い上げて、アンソロは安泰でございます」
「何だよー、私もうつしてもらって休めば良かったなー」
よく考えろ鈴、お前は漫画だ。絵は寝ながら描けないのだ、風邪をひいたら全てが終わる。アホに感謝してこつこつ進める他に術がないのだ。
「鈴ちゃアンソロの方、間に合いそう?」
「うん、そっちは平気。自分の原稿より優先してやってた」
テストの方はというと、大地のヤマが結構ヒットしていた。60%に毛が生えた程度であったが、前回より勝率は良い。満遍なく学ぶのが成功の秘訣というのは分かるが、彼女達2人の目標は『追試と補習から逃れる』なので、手応えのある感触に鈴と慧は勝ち誇った。
「自由だァァ!!」
「勝ったぞぉぉ!!」
後は親に怒られるだけで期末テストは任務完了だ。
12月第二週、水曜日。
ダンディアンソロジーの締め切り日。
バイトから帰宅して風呂に入ると、すでに9時をまわっていた。
ここのところずっと部屋で夕飯を食べていたので、鈴母が温めてくれたご飯をお盆に載せて2階に上がる。
つくも神がおかずを見ながら目を細めた。
「今日もおいしそうですね」
「電気ってどんな味?」
「食べているという感覚はありません。早い話、充電ですからね」
「便利じゃのう~。オタクにはそっちの方が羨ましいわ……」
確かに、空腹にならなければ食べなくて済む。食べなくて済むのであれば、消化に体力を奪われず、睡魔も襲ってこない。何より食べる時間が惜しいとかいう。
食事をしながら原稿をいじるのは行儀が悪いのだが、そんなことを言っている余裕がない。鈴はお米を一口押し込んだ後、漫画制作ツールを開いてペンを握る。
「まだ手を入れるのですか?」
「一回見直してからじゃないと怖くて渡せないよお」
睡眠不足の上、疲労困憊。何度見直しても生まれてくる誤字脱字も怖ければ、さっきまで見ていたはずの場所にトーン抜け……なんてこともしょっちゅうアリで恐ろしい。
30分程度手直しをしてから、もう大丈夫だろうと梱包作業に入る。
「統合してから……圧縮」
「メールにお名前とペンネームもお忘れなく」
「ペンネーム知られちゃうのか……何だか恥ずかしいな」
筧ぽんたと杏花梨が別人のような感覚を、杏花梨もこちらに対して持つのだろう。
そうしてメール添付でアンソロを寄稿し、ここも任務完了。
「はーっ……1つ終わったぁ……」
大きく息をつき、お箸とお茶碗を取ってご飯に集中し始める。せっかく温めてもらったおかずはすでに冷えてしまったが致し方ない。もう少し頑張れば、普通の時間に温かいご飯が食べられるのだ。
「あと締め切りまで何日ー?」
「13日です。ですが、25日の午前9時までに印刷所に入れていないとならないので、実質12日になるかと」
「土日が4回か……」
鞄からペットボトルの残りを取り出し、それを一気飲みする。その様子を見る限り、微妙なところなのだろうとつくも神は察してやる。
「私からの提案として、全ページを平坦に進めておくのをおすすめします。最悪トーンはなくても何とかなるでしょうし、ベタまで入っていれば見栄えは保てるかと」
「そっか……その方向で切り替えてやるか……」
「もう白紙のページはないですから、本として出そうと思えば出せる状態ではあります」
「うん。そうだね……。あとは完成度を高めるって感じで頑張れば良いんだから、真っ白の頃より全然楽かも……」
モチベーションの上げ方も分かってきた様子。嘆いていても進まないというのを無意識のうちに悟り、解決する方法を模索して実行するようになってきている。
つくも神は鈴の心が大きくなったのを実感して、目頭が潤んだ。数ヶ月前出会った時、この少女は子供から脱皮する前だったのに。今は自分のやりたいことのために働き、目標を持ち、考え、実行する力を備えてきている。
鼻をすすったつくも神に鈴は振り返り、眉間にシワを寄せた。
「え、何で泣いてるの」
「何だかもう、立派な大人に見えてきて……」
「こんだけグダグタ続きな私が立派な大人に見えるとか、ぽんこつすぎねえかお前」
大人になって振り返った時、どこが人生のターニングポイントになったかきっと分かるだろう。今はまだ、子供から脱皮して、ふにゃふにゃな身体でやっと立ち上がったばかりだ。つくも神の言葉の意味が分からなくても無理はない。
その後、シュポッという例の音が。
「杏花梨さんからだ。原稿届いたお知らせかな?」
アプリを開くと怒濤のお礼が流れてきた。
「うおおお!? す、すごいトチ狂ってる……!」
「よ、喜んでくれたようですね……」
大凡原稿で寝てない杏花梨のカンフル剤となったのだろう。頑張った甲斐があったと鈴はホッと胸をなで下ろし、不思議な感動が胸中に満ちるのを覚えた。
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