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43 溶ける時間
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さっそく原稿に取りかかり始めた鈴と慧。空いた時間にこつこつと筆を進めたが、オタクの先輩から教わったノウハウを意識しながらなので出だしは遅かった。
鈴は買った中古の板タブレットを机に置き、モニター前で画面を凝視する。
「改めて思ったけど、私めちゃくちゃな描き方してたんだなあ」
今まではノド方向など考えもしなかった。真ん中にコマを置いて、両端にフキダシを持ってきて、白い用紙いっぱいに描いていた。今は閉じ側で左右を考えながら漫画のネームを切っている。こうなってくると、絵を魅せる、コマ割りを効果的に使うという思考が働き、そこで悩んだりもするのでそれだけ時間が加算されていく。
今日は慧が来ていない。あの小柄な体格でも部屋にいない分広く感じてしまい、落ち着かない様子でつくも神が聞いてきた。
「慧さんはどうされましたか?」
「お互い原稿やるから、今日は来ないよー」
それはそうかと思い、つくも神は言ってやる。
「鈴さんがネームを切り終えるまで、小生は箱に戻っております」
「あ、助かるかも。お話考えてる時に話しかけられると描きにくいし」
「慧さんは小説ですからね、その状態をずっと継続していなければならない。書き終えるまでこちらに来られないのでは」
「んにゃー、息抜きとかで来るよ。ご飯一緒に食べたりするだろうし」
「本当に仲がよろしいですね」
「幼馴染みだもんー」
そのやりとりも何度目だろう。つくも神は微笑みながら光の線となって箱に戻ると、中から鈴の描く絵を黙って眺めていた。
「やべ……フキダシはなるべくノド側じゃない方がいいんだった」
鈴がそう独りごち、ペン先が左右に揺れる。
「うーん……何かバランス悪いな……」
真剣に試行錯誤する様は、『絵を描いているだけ』の行動に美しさを付与する。漫画の1ページ、そこに絵が置かれているのを見る人は、そのコマを1秒で通り抜けるだろう。もっと早いかもしれない。0コンマ何秒の通り道、描き手はただひたすらこの1コマに入念する。読み手に対する片思いのような感覚でそれを仕上げ、延々と次のコマへそれを伝達させてゆき、終わるまで繰り返す。
気が付けば1時間2時間はあっという間に溶け、時計を見ればタイムスリップしたような感覚に陥る。
「えっ! もうこんな時間!? やばい! お風呂入ってない!」
慌てた鈴は立ち上がり、保存もしないまま部屋を出て階段を駆け下りていった。
つくも神はその原稿を保存してやり、軽く溜め息をつく。
「デジタルに慣れていないせいで、『適度に保存しながら進める』という鉄則を全然やろうとしませんね……」
いつか手痛い目にあうぞと思い、バックアップの設定を変更してやる。ハイスペックマシンなので多めの設定でも大丈夫だろう。やった作業全てが一瞬にして消し飛ぶ方が痛いに決まっている。
「慧さんは平気でしょうか……。次いらした時、お二人に念を押してあげないと」
AIにはできない気配り対応。鈴と慧が知らぬ間に、つくも神は彼女達の望んでいることをやってあげていた。
翌日の朝、木曜日。
登校前、いつものように玄関の前で待ち合わせをする鈴と慧。お互い顔を合わせてにこやかに挨拶をする。
「おはよーん」
「ういーすぅ」
「筋肉痛はどう? 良くなった?」
「もう平気~。治らなかったら今日の体育の時間死んでたよぉ」
そんな会話をしながら学校に向けて歩き始める二人。
「原稿はどう?」
「うん。いつも使ってる投稿サイトを調べたらね、印刷所と連携してたから、そこを使うことにしたよ。テンプレートもいっぱいあるから、目で見て読みやすいと思う設定にできるし」
「もう書き始めた?」
「ちょっとだけ。でもまだ分かんない。変えるかも。鈴ちゃは?」
「私もペイントソフトに印刷所ごとの原稿用紙のテンプレあったから、苦労しないで描き始められたよ。ちょっとネーム切り始めた」
「ギャグ?」
「うん。それしか描けねえ。慧は?」
「私はほのぼの日常~」
「ウヒッ! 早く読みたい!」
「ねっ!」
更に翌日の朝、金曜日。
早朝、玄関前で待ち合わせて学校へ向かう。
「はよー」
「おはよん」
「どう? 順調?」
「うん、2000文字くらい書けた」
「よく分からん数字でござる」
「4時間くらいの量としたら、ホイミ・ベホイミ・ベホマだと、ベホイミ」
「すごいじゃん」
「鈴ちゃはどお?」
「5ページくらいのネームはでけた。でも何か、ノドを気にしてたら構図が分からなくなってきて、ネタとして微妙になっちった」
「ウンコ描いてないんですか」
「描いてない。まだ早いと思って」
「それじゃねぃ」
「それか」
そのまた更に翌日の朝、土曜日。
今日はお休みだ。昼ご飯を一緒に食べようという話になり、鈴の部屋に弁当箱を持った慧がやってきた。
「こんにちは慧さん。調子はどうですか?」
「つくもさんこんにちはー! 朝からめっちゃ書いてるよ! 今6000文字くらいいってる」
「おおっ、順調のようですね。それならあっという間にノルマが終わりそうです」
「早く書けたら鈴ちゃの原稿手伝ってあげれるよぉ」
「友よ」
「鈴ちゃはどうなった? ギャグ面白くなった?」
「描いてるうちに本当に面白いのか疑問になって、ウンコの迷宮に落ちている」
「ウンコでも救えないなんて……」
「何かデジタルだと画面が綺麗すぎて、面白さが分からなくなってるんだよう」
「あーっ、何か分かるかもソレ」
鈴は買った中古の板タブレットを机に置き、モニター前で画面を凝視する。
「改めて思ったけど、私めちゃくちゃな描き方してたんだなあ」
今まではノド方向など考えもしなかった。真ん中にコマを置いて、両端にフキダシを持ってきて、白い用紙いっぱいに描いていた。今は閉じ側で左右を考えながら漫画のネームを切っている。こうなってくると、絵を魅せる、コマ割りを効果的に使うという思考が働き、そこで悩んだりもするのでそれだけ時間が加算されていく。
今日は慧が来ていない。あの小柄な体格でも部屋にいない分広く感じてしまい、落ち着かない様子でつくも神が聞いてきた。
「慧さんはどうされましたか?」
「お互い原稿やるから、今日は来ないよー」
それはそうかと思い、つくも神は言ってやる。
「鈴さんがネームを切り終えるまで、小生は箱に戻っております」
「あ、助かるかも。お話考えてる時に話しかけられると描きにくいし」
「慧さんは小説ですからね、その状態をずっと継続していなければならない。書き終えるまでこちらに来られないのでは」
「んにゃー、息抜きとかで来るよ。ご飯一緒に食べたりするだろうし」
「本当に仲がよろしいですね」
「幼馴染みだもんー」
そのやりとりも何度目だろう。つくも神は微笑みながら光の線となって箱に戻ると、中から鈴の描く絵を黙って眺めていた。
「やべ……フキダシはなるべくノド側じゃない方がいいんだった」
鈴がそう独りごち、ペン先が左右に揺れる。
「うーん……何かバランス悪いな……」
真剣に試行錯誤する様は、『絵を描いているだけ』の行動に美しさを付与する。漫画の1ページ、そこに絵が置かれているのを見る人は、そのコマを1秒で通り抜けるだろう。もっと早いかもしれない。0コンマ何秒の通り道、描き手はただひたすらこの1コマに入念する。読み手に対する片思いのような感覚でそれを仕上げ、延々と次のコマへそれを伝達させてゆき、終わるまで繰り返す。
気が付けば1時間2時間はあっという間に溶け、時計を見ればタイムスリップしたような感覚に陥る。
「えっ! もうこんな時間!? やばい! お風呂入ってない!」
慌てた鈴は立ち上がり、保存もしないまま部屋を出て階段を駆け下りていった。
つくも神はその原稿を保存してやり、軽く溜め息をつく。
「デジタルに慣れていないせいで、『適度に保存しながら進める』という鉄則を全然やろうとしませんね……」
いつか手痛い目にあうぞと思い、バックアップの設定を変更してやる。ハイスペックマシンなので多めの設定でも大丈夫だろう。やった作業全てが一瞬にして消し飛ぶ方が痛いに決まっている。
「慧さんは平気でしょうか……。次いらした時、お二人に念を押してあげないと」
AIにはできない気配り対応。鈴と慧が知らぬ間に、つくも神は彼女達の望んでいることをやってあげていた。
翌日の朝、木曜日。
登校前、いつものように玄関の前で待ち合わせをする鈴と慧。お互い顔を合わせてにこやかに挨拶をする。
「おはよーん」
「ういーすぅ」
「筋肉痛はどう? 良くなった?」
「もう平気~。治らなかったら今日の体育の時間死んでたよぉ」
そんな会話をしながら学校に向けて歩き始める二人。
「原稿はどう?」
「うん。いつも使ってる投稿サイトを調べたらね、印刷所と連携してたから、そこを使うことにしたよ。テンプレートもいっぱいあるから、目で見て読みやすいと思う設定にできるし」
「もう書き始めた?」
「ちょっとだけ。でもまだ分かんない。変えるかも。鈴ちゃは?」
「私もペイントソフトに印刷所ごとの原稿用紙のテンプレあったから、苦労しないで描き始められたよ。ちょっとネーム切り始めた」
「ギャグ?」
「うん。それしか描けねえ。慧は?」
「私はほのぼの日常~」
「ウヒッ! 早く読みたい!」
「ねっ!」
更に翌日の朝、金曜日。
早朝、玄関前で待ち合わせて学校へ向かう。
「はよー」
「おはよん」
「どう? 順調?」
「うん、2000文字くらい書けた」
「よく分からん数字でござる」
「4時間くらいの量としたら、ホイミ・ベホイミ・ベホマだと、ベホイミ」
「すごいじゃん」
「鈴ちゃはどお?」
「5ページくらいのネームはでけた。でも何か、ノドを気にしてたら構図が分からなくなってきて、ネタとして微妙になっちった」
「ウンコ描いてないんですか」
「描いてない。まだ早いと思って」
「それじゃねぃ」
「それか」
そのまた更に翌日の朝、土曜日。
今日はお休みだ。昼ご飯を一緒に食べようという話になり、鈴の部屋に弁当箱を持った慧がやってきた。
「こんにちは慧さん。調子はどうですか?」
「つくもさんこんにちはー! 朝からめっちゃ書いてるよ! 今6000文字くらいいってる」
「おおっ、順調のようですね。それならあっという間にノルマが終わりそうです」
「早く書けたら鈴ちゃの原稿手伝ってあげれるよぉ」
「友よ」
「鈴ちゃはどうなった? ギャグ面白くなった?」
「描いてるうちに本当に面白いのか疑問になって、ウンコの迷宮に落ちている」
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「あーっ、何か分かるかもソレ」
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